
The Missing Cryptoqueenは最近読んだノンフィクション。架空の暗号通貨とMLM(マルチ商法)を組み合わせて2年ほどの間に3000億円以上を集め、司法の手が伸びてきそうなところで雲隠れした女性のRuja Ignatovaを追った本である。
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「嘘つき」に興味がある。特に嘘をつく必要がない場面でもなぜか嘘を着く、という病的な嘘つきの人たちは一体全体どういう心理で嘘をつくのかといういのが関心事。例えば、(当時かなり大手の)LotusのCEOだったのに、「孤児として育った」、「海兵隊でパイロットをしていた」、「テコンドー黒帯」、「Pepperdine大学Ph.D.」と嘘をついていたJeffrey Papows。以前書いたブログから引用すると
Lotusの前にはGEの子会社で働いていたのだが、ある日会社に目の周りにアザを作って登場「操縦訓練していた海兵隊の戦闘機がスピンした」と同僚に告げたり、その会社を辞めた後にわざわざ同僚に電話して「予備兵として操縦していた戦闘機が事故にあい(またか)、同僚が脱出に失敗して死んだ」と話したり。過去の知り合いに電話してまで嘘をつくとは奥深すぎる。(その同僚には、その後海兵隊からと称して「Mr Papowsをサポートしてくれてありがとう」という額が送られてきたそうだ。念が入っている。)
学歴詐称は仕事上役に立ったと思うが、それ以外は「そんな嘘をつかなくても」ということばかりなのがすごい。
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して、The Missing Cryptoqueenの主人公であるRujaは嘘付きではあるのだが、「つい自分に酔ってとんでもないことを語ってしまった」「無意味な嘘をついた」というエピソードがほとんどない点において「嘘つき」としてのレベルは低めな感じである。ただし詐欺師としては歴史に残るレベル。
彼女はドイツで育ったブルガリア人で、オクスフォード大学で法律を学び、別の大学でPhDも取り、マッキンゼーで働いていたこともある。ここまでは嘘ではなくちゃんと本人が努力して勝ち取った経歴である。(この華麗な経歴で色々な人が騙されてしまうのだが)。
その後OneCoinという暗号通貨を作りMLMで売りはじめる。共同創業者にMLM経験が豊富な人を誘い込んだこともあってこれが大成功。ローンチイベントを行った2015年1月からたった1年で、子会員を持つ上位MLM会員数が2万人にもなった。最終的には175カ国で100万人がOneCoinを買ったと推定され、東京でも数千人を集めたイベントを行っている。
そして2017年初頭には会員が買ったコインの総額は30億ユーロ(4000億円)相当にもなった。
そこでRujaのすごいところは、世界をまたにかけてOneCoinのプロモーションイベントを行い、さらに2016年には子供まで生まれているのに、そのかたわらで精力的に資産隠しをしていたこと。資産管理会社を作る、オフショアにペーパーカンパニーを作る、そのまた子会社を作る、会社の名義はあかの他人の名前を借りてくる、といった手の込んだ手法をあれこれ駆使して世界に資産を散らばせた結果、追求は非常に困難。とはいえ「多額の資金が流れ込んできて怪しい」と思われた口座がいろいろな国で凍結されてしまうのだが、それでも手を尽くして資産隠しを強行し続ける。
そして、自分のアシスタントをしていた弟がアメリカで逮捕されるなどかなり足元が怪しくなってきたところである日ふっと消えてしまうのである。
姿を消した後もポツリポツリと「彼女を見た」という情報はあり、それを総合するとどうも地中海に浮かぶ超豪華ヨットで暮らしている可能性が高そう。といっても集めた3000億円が全部彼女のものになったわけではなく、ポンジスキームで上位の会員にインセンティブとして払い出してしまったものもあるし、あちこちの国で凍結された資産もあるので、おそらくRujaの自由になるのは数百億円の桁ではないか(それでも多いですが)。
しかしここで、OneCoinを凌駕する資金源になっている可能性があるのがビットコイン。2015年にUAEで凍結された資産約5千万ユーロを持つ会社をUAEの実力者に売り、その代金としてビットコインを受け取っているのです。2015年といえばビットコインがまだ200ドル〜350ドルだった時代だ。現在ではその100倍になっている。そして5千万ユーロの100倍は50億ユーロ、135円で換算して6750億円。逃亡資金は実はこれが一番大きそう。(ただし、こちらも一度に多額をドルやユーロに交換しようとすると足が着くので色々工夫が必要ではある。)
Rujaは、2022年5月にはEuropolの「指名手配犯トップ10人」に、翌6月にFBIの「指名手配犯トップ10人」に載った。
「豪華客船で豪遊しながら逃亡生活を続ける」とはまるで映画のようですが。
Rujaの話で思いつくのがセラノスのエリザベスホームズ。こちらは、ない技術をあるように見せかけて総額13億ドル(1700億円)の出資を受けた。エリザベスは有罪判決が出て現在刑期決定待ちである。セラノスの不正が発覚した時、「どうしてエリザベスは海外に逃げたりしないんだろう?」と思ったのだが、多分本人はそこまで悪いことをしたと思っていないだろうし、海外に逃げる(そして海外でもいい暮らしを続ける)にはRujaなみに準備をいろいろしておかなければならず、そうそう簡単にできるものではなさそう。
Rujaが話しているところを見たければFBIのサイトに動画があるのでどうぞ。現在は整形で違う風貌になっている可能性もあるそうです。
The Missing Cryptoqueen: The Billion Dollar Cryptocurrency Con and the Woman Who Got Away with It