テロリストによる誘拐の身代金相場は一人10億円らしいが、ここでもし日本国がその10倍払ったら、今後日本人はますます危険にさらされることでしょう・・・というので思い出したのが、昨年夏にパリの日本領事館に置いてあった「海外安全 虎の巻」なる外務省発行の冊子である。
日本人観光客が海外で出会いがちな犯罪の手口が明快・簡潔・網羅的にまとめてある。読む側にとってわかりやすいこうしたまとめ方は日本人が極めて得意とするところだが、その力が遺憾無く発揮されている。(アメリカ人が作ると「冗長・超大・分析的」になりがち。)
して注目すべきは「虎の巻」の第3章、ケーススタディ集。100近い「犯罪ケース」やそのバリエーションが40ページほどにまとめてあり、これはそのまま「対日本人犯罪マニュアル」として世界の犯罪者が重宝しそうな内容となっている。
例えば、初級犯罪者向けとしては、「窃盗手口ケース1『車上荒らし』」の例としてこんなのがある。
景色のいい場所で、ほんの数分と思い、鍵を掛けずに車から降りて写真を撮っている間に、車内に置いたカバンが盗まれた。
これはそのまま、
日本人観光客が、景色のいい場所で、ほんの数分と思い、鍵を掛けずに車から降りて写真を撮っている間に、車内に置いたカバンを盗む
でマニュアルになりますな。ま、これは人の多い観光地ではありがちすぎて別にマニュアルは必要ないと思うが、治安の悪い国だったら「そんな無防備な人間がいるのか」というところが目うろこかもしれない。
中級犯罪者向けには「空港で日本人旅行者の名前が書かれたネームプレートを掲げた偽の出迎えが登場、あちこち連れ回し大金をぼったくる」というケースが掲載されていたが、これもちゃんと種明かしが書いてある。上記同様に語尾だけ変えて種明かし部分を「犯罪マニュアル」に変更するとこんな感じ↓
ターゲットのスーツケースについている名札を読み取ったり、本当の出迎え者が持っているプレートを見て偽のネームプレートを作成、本当の出迎え者より目立つ場所で掲げる
さらに「いろいろな店を連れ回してぼったくる」以外の手法として
車中で凶器を持ち出し、強盗を図ることもできる
とのことであった。
やや上級編になると「宝石詐欺・クレジットカード詐欺」という項目がある。被害者目線での原文そのままで以下掲載。
複数の女性から「政府が主催する宝石フェアで30%以上値引きしていた」という話を聞かされ、その宝石店に行った。その宝石店では東京の有名宝石店の名刺を見せられ、これらの店と取引があると聞かされて信用し、高額な宝石を購入した。店から、宝石が無税で持ち込めるように、日本の自宅へ直送するよう手配された。日本に送られてきた宝石は粗悪品で、宝石店に連絡を取ろうとしても、領収書に書いてあった店の電話番号は使われていないものであった。
このあたりは「関税をズルできる」という被害者の欲につけ込むのがポイントであろう。
さらに上級編では「いかさま賭博(トランプ詐欺)」というのがあった。以下原文のまま。
観光中に、見知らぬ人から「妹が近々日本に行くので日本のことを教えてやってほしい」と声をかけられ、誘われて家に行ったが、妹は外出中。妹の帰宅を待つ間、トランプをやろうと誘われた。ゲームに慣れた頃、いかさま賭博のやり方を教えられ、「これから金持ちが遊びに来るのでお金を巻き上げよう」と持ちかけられた。ほどなく現れた「お金持ち」を入れてゲームが始まった。予定通りこちらが勝ち続けたところで「お金持ち」が大金を賭けてきた。それに見合う掛け金を持っていないというと、クレジットカードで金(ゴールド)を買えば良いと言われ、ゲームを中断し、宝石店に案内されて、貴金属を買わされ、それをかけさせられた。結局負けてしまい、多額の被害となった。
これは最低二人組で宝石店もグルなはず。クレジットカード会社に通報したら支払い自体無効にできそうだし、そうでなくても何度も通報があればこの宝石店はクレジットカードの取り扱いができなくなると思うのだが、国によってはその辺もいい加減なのだろうか。
しかしながら、本件に関しては「こうすれば大金を騙せる」と教えてもらっても素人にはなかなか難しそうだ。結構時間もかかるし途中で帰られたら無駄骨なので「最後まで騙せそう」という人を最初に見分けるノウハウ取得が肝心そうだし。(以前書いたように、スパムメールはスクリーニングでカモを洗い出すためにわざと設定や文法をメチャクチャにしてあるらしい。)しかし、詐欺の才能がある人だったら「なるほど、これはいい方法だ」と膝を打つのかも。
というわけで、簡単そうなものから難しそうなもの、知的なものから暴力的なものまで、これでもかとばかりに犯罪のケースが挙げられている。そして冊子全体から浮かび上がるのは、著しく無防備、かつ多額の現金を持ち歩いているという日本人観光客像でもある。
ま、日本人観光客の無防備な現金持ち歩きはよく知られたことではある。しかし「どのように金を巻き上げるか」という手法について世界中から事例を集めて簡潔にまとめられているのが本冊子のすごいところ。3章だけでも色々な言語に訳して犯罪組織に渡したら喜ばれることであろう。新米をトレーニングする代わりに「おい、これでも読んで適当に儲けてこい」とかできそう。ということで、本冊子は日本国・門外不出の秘伝の書である。世界中の領事館に無料で置いてあるのだが。
ちなみに、この冊子を入手した直後に日本に行って吉祥寺の駅ビルを歩いていたら「海外旅行で大金を持ち歩く必要がなくなります」といった感じの大きな看板を出してクレジットカードの申し込みを募っている店があった。これが都下でも宣伝文句になるくらい、まだみんな現金を持って旅行しているんですね。
なお、海外の国々の名誉のためにいうと、多分日本人観光客が犯罪に会う確率は他の国からの観光客よりかなり高い。「日本人は無防備で金持ち」というのがよく知られているが故に、日本人が特に狙われているのです。以前書いたように「東京の通勤電車の痴漢」ですらターゲットを定めてから実行しているわけで、海外の犯罪者をや。狙われないように、全身ユニクロ的な服装で、さっさか歩いていればかなり危険は減るかと思います。夏場だったら「でかい水のボトルを持ち歩く」というのもいいかもしれません。
初めまして。以前日系某大手メーカーで海外赴任者の事前研修を担当していましたが、リスク対策の一環として本冊子(PDF)を配っていました。そういうリスク対策を積極的に行っている企業の担当者の間でも推奨されているようです。
外務省の安全対策HPから PDFでDLできますね。他にも有益な資料も作ってるようです。ただ冊子版が欲しいという要望があっても、外務省も予算の関係があるのでたくさんは送ってくれないようです。
http://www.anzen.mofa.go.jp/pamph/pamph.html
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