17才だったら再び

「17歳だったら何をする」とダンナ(アメリカ生まれである)に聞いたら「どういう意味だ」。

うちのダンナは話の流れや雰囲気に基づく曖昧な問いに答えるのが苦手である。類推ということができないらしい。例えば、親戚のおばさんの話をずっとしていて、その流れのままに「で彼女は何歳になったの」と聞いても「誰が?」と聞き返したりとか。おばさんに決まってますがな。

「つまり明日の朝目が覚めて、で17歳になっていたとしたら、そのあとどうするってこと」
と聞きなおすと、
「友達に電話して遊びに行く。」
「・・・・・・(気を取り直して)そうじゃなくて、今もってる知識そのままにもう一回17歳になったら、キャリアも含めてどういう人生を組み立てるかってこと」
というと、「君の質問はいつも定義が曖昧だ、ブツブツ」とかいいつつ答えは
「まずいろいろとインターンをする」なんだそうだ。

この国では高校生でも夏休みにインターンができるらしい。彼は技術系・アカデミア系のインターンしかしたことがなかったのだが、今17歳だったら金融とかもう少しビジネス系のことも試してみようと思う、とのこと。
「それって、高校生が『ちわっ、インターンしにきました』とかいって登場したら使ってもらえるもんなの?」
と聞いたところ
「無給だったら大抵OK。もちろん大事な仕事なんてさせてくれない。ファイリングとか、そんなことだ。でもそれで結構その仕事の一端が垣間見られるからいいんだ」
とのこと。

うーむ、そうか、高校生かつ無給でよければいろんなところにもぐりこめるのか。もちろん、紹介とか学校の先生の推薦状くらいは必要かもしれないが。フレキシブルにできているんだな。

フレキシブルといえば、現在の私の友人たちの働き方もしごくフレキシブルである。毎週金曜に夕食を一緒にする6組の家族がいるのだが、いつも誰かしら仕事をしていない。今日現在で言えば、一組=夫婦ともリタイア(っていっても、38歳と35歳です)、一組=仕事と仕事の間で充電中(2人とも今年の初めに前の仕事をやめて、今は子育てとゴルフと新しく買った家のインテリアを揃える事に専念)、もう一組は、ダンナは会社が最近買収されたのでこれを機に転職活動中、奥さんは在宅勤務で弁護士業、もう一組は奥さんが産休中、二人ともフルで働いているのは我が家ともう一組(ダンナ=UC Berkeleyの教授、奥さんYahoo!)だけである。リタイアした組は別として、workforceというカテゴリーを出たり入ったりしながらやっていく、という働き方が、少なくともここシリコンバレーではかなり普通になっている。

不安定といえば不安定だが、シリコンバレーだけでなく、いろいろなところで将来こういう働き方がだんだん増えていくだろう。企業側も競争が増す中で人材コストを固定費化したくないだろうし、人材側も一つの企業と心中するより、その時々に応じて自分の能力が最も必要とされるところで働くことを望むようになるはず。雇用側、被雇用側の両方が長期雇用を望まなくなれば、人材の流動化が進み、そうすると必ず余剰人員がでる。

そういう時代になると、「これはまかせて」という特技がないと、なかなか世の中を渡っていけない。高校生の頃からインターンなどしつつ、「私は何が好きで何が得意なんだろう」とあれこれ試行錯誤しながら手に職をつけるのが、世のため人のため、そして自分のため、なんでありましょう。

エキゾチックなできごと

今日、Lost in Translationという映画を見た。Bill Murray扮するアメリカの有名俳優が日本にコマーシャルの撮影に行って、異文化の孤独の中で人生の意味を考える、というもの。舞台の中心は新宿のPark Hyatt。加えて、新宿や渋谷のネオンサインあふれる町並み、カラオケ屋、サイケデリックなクラブ、ストリッパーのいるアップスケールなバー、京都のお寺、平安神宮、などが登場する。

うちのダンナは「Solarisと似ている」と。Solarisは、George Clooneyが宇宙船の中で自殺したはずの妻と再会して、孤独と人生の意味を自問する、というSFだが、「『宇宙船』というforeignな環境が『日本』というforeignな環境に置き換わっただけで、全体的なテーマ・雰囲気は一緒。DVDにするときは抱き合わせにすべきだ」と力説。

私はというと、今一つまらなかった。というか、映画としてはよくできていると思うのだが、日本のエキゾチックなところの描写が長くて「それ、知ってるよ」という感じ。これが本当の”been there, done that”。

Central Stationというブラジルを舞台にした映画があった。私は偉く感動して涙ウルウルだった。他に見た友人誰に聞いても「ものすごく良かった」と言っていたのだが、唯一ブラジル人の友人は「退屈だった」と。きっと私がLost in Translationをみたのと同じような気持ちだったに違いない。Central Stationも、ストーリーライン以外に現代のブラジルの特徴的な町並み、人々の振る舞い、などにかなりの時間が割かれる。ブラジルをよく知っている人には退屈なのだろう。

逆に言えば、エキゾチックなものはそれだけで面白い、ということか。同じクイズ番組でも、海外で収録されたものの方が興味深いし。

エキゾチックといえば、映画から帰ってきて留守電を聞いたら、二つメッセージが入っていた。一つはBill Clintonからのもので、もう一つがArnold Schwarzeneggerからだった。来週がカリフォルニア州知事リコール選挙なので、そのためのもの。もちろんどちらも録音したメッセージを自動的に流しているだけだが、Clintonは「Vote no for recall(現知事を支持)」で、Schwarzeneggerは「僕に投票してね」と。笑っちゃったのは
「投票用紙で私の名前を見つけるのは難しいので、『どうやってSchwarzeneggerの名前を見つけるか』という冊子を見てから投票に行ってください」
というメッセージ。こちらの投票用紙は、名前が最初から書いてあって、そこに穴を開ける、という仕組みらしいが、100人超の立候補者がいることもあり、しかも子音が羅列するムズカシイ名前なこともあって、Schwarzeneggerが見つけられない人もいるんだろう。

というわけで、ClintonとSchwarzeneggerから立て続けに電話があるというのは、カリフォルニアならではのエキゾチックな出来事。

追記:
翌日の10月6日、選挙前日には、Al Goreから電話があった。あとはBushかな。。

なお、Lost in Translationはじわじわと思い出すと実は良い映画だったような気がしてきた。見た翌日は一日中なんとなく映画の中の孤独な雰囲気の影に入っていたような感じ。かような影響力があるということは良い映画なのでありましょう。

大学の勉強

17才だったらで「大学の実験はつまらなかった」にいろいろコメントいただいたのですが、元のエントリーの説明が十分でなかったかなと思うので、ちょっと書き足します。

冗長でくだらない実験をさせるなよなぁという元エントリーに関して、

1)実験にどうしても必要な基礎的なスキルというのはあるもので、「訓練」にならざるを得ない
2)何時間も何年も無機質な実験は実は実験の本質
3)予定通りに進むことのない不確実性があり、それを体感することが基礎実験の意味合い

などなど、「基礎を学ぶのは大事だ」というお言葉を頂きました。いや、私も基本的にはその通りだと思います。本当に。3次方程式くらいまでだったら、式を見た瞬間にグラフがビジュアルに見えるのも、イオン化傾向の順番をいまだにソラで言えるのも、みんな日本の高校教育のおかげ。で、そういうことが体得できているから、より高次なことも理解しやすい。

実験に関して言えば、冗長で長時間だったことがまずいのではなくて「全く頭を使わない」ことが一番の問題だった。

「思った通りのデータが出てこない時に、仮説を立てて検証してゆく過程こそが、面白いところ」というコメントを頂いたが、その通りで、「自分で考えてそれを証明する」という実験だったら面白かったと思う。

頂いたコメントの中で、一番私の言いたかったことに近いのは、
「自分のやっている行為にきちんとした意味合いがあり、それを完遂させることで何が得られるのか、それを納得すればたとえ作業が単調かつ冗長であったとしても継続することが可能でしょう。」

とはいうものの、まぁ、実はそこまで高尚でもなくて、「自分で考える余地、工夫する余地があればそれだけで満足」というのが、私の場合は真実に近いかも。というのも、実は私は単調で冗長なことが結構好きなので。というか、時々自分でも限度を超していると思うことがあるくらい、クチクチと重箱の隅をつつくように何かをし続けけてしまったり。じゃなかったら、こんなにblog書けません・・・・・。

17才だったら

今日、ランチをしていて、「今、17歳に戻ったらどういう人生を選ぶか」という話になった。で、私の答えは「アメリカの理系の大学に留学して、死ぬほど勉強する」であります。

大学の4年間全然勉強しなかった。笑っちゃうくらい。それはそれで、別に後悔しているわけではないが、でももう一回やり直すとなったら、MITとかCaltechとかで、思い切り勉強したい。「世界の最先端だぞ!」とか焚き付けられながら、明け方までひーひー言って勉強する、ってのをやってみたい。

その昔、大学には入ってすぐ「物理実験」という必修科目があった。その中で、唯一覚えている実験に「熱伝導率計測」があった。レンガみたいなブロックをゴロっと一つ渡される。その端っこに熱源を、反対側に温度計をくっつけて、実験スタート。熱源は周期的に温度があがったり下がったりする。すると、反対側の温度計も周期的に温度があがったり下がったりする。それを確か2-3時間もの間延々と計測し続けて、その結果から熱伝導率を計算するという、瞑想的なものだった。

ところが私の結果は変なグラフになって答えが出ない。担当教官に相談したら「うーん、ブロックの中に空洞があるな」という答え。要は、設定が変だったのである。で、終わり、であります。3時間が「ブロックに空洞があると答えが出ない」という小学生でもわかりそうなことでパー。まぁ、実生活でも「ブロックに空洞がある」に類した「実は問題設定に間違いがある」という出来事が多々あるのは確かだが、そういうことを学ぶ科目じゃなかったと思うんだけど。

そもそも、何時間も無機質に淡々と温度を測るということ自体つまらない。全く頭を使わない。こういう実験はもはや撲滅されていることを祈るばかりである。

今17歳だったら、そういう機械的訓練じゃなくって、もっと脳をフル回転させるみたいな勉強をしたいなぁ、とそう思うのでした。

Google・Friendster・星新一の世界

Googleが出会い系ベンチャー(というと超胡散臭い響きだが)のFriendsterを買うのではないかという噂。CNETのGoogle in need of a Friendster indeed?などなど。噂の元は「FriendsterのCEOがGoogleの社食で複数回目撃されたから」と。Googleの社食といえば、Greatful Deadのお抱えシェフだった人が料理をしているので有名(とういうほどでもないが・・・)。

Friendsterのポイントは、自分のプロファイルが知り合いの知り合いだけに公開されるところ。Match.comのように不特定多数と出会うのではなく、「友達の友達(のそのまた友達)」だけの閉じたネットワーク。

アメリカ人のカップルというのは、似たような経歴と収入レベルということが多く、玉の輿も逆玉もあまりない。カップル単位で行動することが基本なので、話が合わないと友達の輪に入れないという問題もあるし、まぁ、カップル=究極の友達、というコンセプトがあるので、友達になれないようだとカップルにもなれない、ということもある。クリントン夫妻のようにダンナ=政治家、奥さん=弁護士、みたいなのが普通。付き合っているだけのカップルでも通常はそういう感じ。

加えて、友達の友達、ということであれば、少なくとも最低限のチェックが済んでいるということも大きい。Match.comで知り合った人とデートしたら、変な人で怖かった経験がある、というシングルの友達は結構いる。

ちなみに、アメリカの出会いサイトは、日本のような合コン友達探しではなく、真剣にパートナーを探そう、というシリアスなものが多い。(以前書いたDiversity and Dating in Silicon Valley をご参照下さい。)

ということで密かに爆発的人気を呼んでいる(らしい)Friendster。デートだけでなく、州知事選で選挙活動に使った候補もいたとのこと。(Schewarzeneggerではなく、Arianna Huffingtonという人。彼女は昨日選挙戦から脱落したが。)

ちなみに、Googleは今年になってBloggerサイトをやっているPyraを買収、さらに昨日9月30日には、6月にStanfordからスピンアウトしたばかりのKaltixを買収。どちらも恐らく数億円(もしかしたらそれ以下)のミニミニディール。Friendsterもエンジェルから100万ドル集めただけで無料サービス中だから、かなり小ぶり。しかもどれも数名のチームの会社なので、買収先のチームを社内に統合するのも楽。(実際、新入社員を採用するのとそれほど大きく違わないはず)中々お買い物上手だ。

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星新一のショートショートに、全ての人が個人情報入りの携帯端末を持っている、という未来社会が出てくるものがあった。知らない人と会ったら、携帯端末(もしかしたらカードだったかも・・・)を取り出して、相互のプロファイルをシンクすると、共通の趣味や話題が検索され、それをネタに話をする。話の中では、バーで出会った見ず知らずの2人が、「まずはお近づきに」みたいな感じでシンクするのだが、「共通項なし」で「だめか」と会話もなく黙々とそれぞれ酒を飲む、というものだったと記憶している。

Friendsterも共通の知り合いがいて、何らかの話題があることが保障された人の中から、自分と気が合いそうなプロファイル(とルックス)を持った人とだけ知り合う、というシステムなわけで、子供の頃に読んだSFの世界がじわじわと実現していることを感じます。

Microsoft – Schwarzenegger – 宇宙人

Microsoftを批判したセキュリティのスペシャリストが、コンサルティング会社を首になった。
Microsoft critic dismissed by @Stake

批判の内容は別に目新しいものではなく「MicrosoftのようにモノポリーのITインフラ会社がいると、セキュリティの脆弱性が増す」という議論を繰り返したもので「CyberInsecurity: The Cost of Monopoly」というのが問題のレポート。首になったのは、@Stakeという、セキュリティの世界では結構名の知れたコンサルティング会社のCTO。Microsoftは@Stakeの重要顧客ゆえ首。

CTO氏もナイーブだが、セキュリティの世界の人たちは理想論に燃えるこういう人たちが多い。セキュリティに限らず技術に関してディープな人はナイーブなことが多いが、まだセキュリティはそういう技術にディープな人=Geekが扱う初期ステージにある、ということもあるかもしれない。あと、セキュリティは、プライバシーとか、国際関係とか、いろいろと政治・主義的なものも絡むということもある。

さて、言わずもがななことを口にして首になった人もいれば、突付かれる弱みが一杯あるのに、メディアコントロールでしのいでいる人もいる。カリフォルニア州知事候補、Schwarzeneggerだ。過去のいくつかの女性蔑視発言、乱交や薬物使用など、いろいろと問題はあるのだが、立候補してから、とんとその手の話がゴシップ紙で取り上げられない。ゴシップを扱うメディアとしては、日本では週刊誌だが、その代わりにアメリカではタブロイド新聞があるあけで、スーパーのレジのところにズラーっと並んでいる。今だったら、時の人Schwarzeneggerをボロクソに叩く記事が満載でもおかしくないのだが、どれもこれも賞賛ばかり。その理由は・・・・
TABLOIDS STARRY-EYED FOR SCHWARZENEGGERをご覧あれ。Schwarzeneggerのビジネスパートナーがメディアに顔が利くので、しっかり圧力をかけている、という噂。

笑えるところではこんなのもある。
・・・one American Media tabloid, the Weekly World News, this week ran an “exclusive” about a politically savvy space alien throwing his otherworldly support behind Schwarzenegger. Under the screaming headline “Alien backs Arnold for governor!” the extraterrestrial not only lauds the actor, but vows to help amend the U.S. Constitution so the Austrian-born candidate can someday run for president.

タブロイド紙と言うのはもう滅茶苦茶なのが多いのだが、上の記事の出元のWeekly World Newsは宇宙人や魔法使い(!)などがネタの多くを占めるという、特に滅茶苦茶度が高いもの。そのWeekly World Newsによれば「エイリアンがSchwarzeneggerをバックアップ」している上、同じエイリアンたちが「米国憲法を改正して、オーストリア生まれのSchwarzeneggerが大統領に」とまでたくらんでいるんだそうだ。(外国生まれだと大統領にはなれない)恐るべしエイリアン。

それにしてもこの新聞、ヘッドラインを見ても「魔女が世界制覇の陰謀」「ブッシュの丸秘計画:月侵略」とかものすごい。人生相談は「鏡で自分を見ると、右肩の上に悪魔がいるんですがどうしたらいいでしょう」という質問に「それは死後の世界で苦しむ悪霊がパラレルワールドから時空の破れを通じて見え隠れしているもの。でも心配無用、あなたの守護霊に報告しておきました」てな答えだったり。

しかし、こんなものを読んでSchewarzeneggerに投票する人がいるんだろうか・・・結構いそうな気もする。あな恐ろしや。

不景気と独立して働くこと

Business WeekのU.S.: Consumers Will Keep Carrying the Ball

景気の様々な指標は回復してきているのに、8月の雇用状況が悪化したことについて。
いわく”After all, consumers can’t possibly keep leading this recovery without a pickup in job growth, can they? ”

その一つの理由として独立・起業する人が増えている、ということが挙げられている。

・・・although the Labor Dept.’s survey of businesses shows continued layoffs, its survey of 60,000 households shows an increase of 868,000 jobs over the past year・・・558,000 jobs reflected people listing themselves as self-employed.

企業側は首を切っているのに、働く側の仕事は増えていて、その理由の一つは、実は55万8千人が独立事業者(というのか、要は誰かの会社で働いているのではなく、自分が自分のボスということ)だから、となっている。

It might be easy to dismiss the rise in self-employment as merely a way for some to deny their unemployed status. But the trend in proprietors’ income — earnings derived mostly from privately owned businesses — supports the idea that this jobless recovery is pushing more people to become successful entrepreneurs. Nonfarm proprietors’ income was up 9.1% in the year ended in July, a pace equal to the gains posted in the 1990s boom. These earnings, while 10% of all personal income, have accounted for nearly a quarter of the increase in overall income over the past year. Those gains partly explain why consumer demand is strong even while businesses are reluctant to hire.

最初の一文をちょっと解説すると、最近半年とか1年とか、長期にわたって仕事のない人が増えていて、プロジェクト単位で仕事を請け負ってしのいでいることも多い。で、さらには、何のプロジェクトもこなしていなくても、「職探し中」というにはあまりに長い失業は聞こえが悪いので、「失業中」という代わりに「consultant」という人もたくさんいる。

もちろん、本職のキャリアとしてコンサルタントをしている人たちもいる。私もそうなのだが、この間もそういう人たちと食事をしながら、「Consultingをしているというと、職探し中かと思われるのが困りもの。」という話題になった。私は自己紹介をするときは「I’m a consultant」といわずに、「I own a consulting company」とか言ったりするようにしたりと、いらぬ気苦労が必要な昨今である。

もとい、景気の悪さで、起業家が増えている、というのが記事の内容。私の周りを見ても、転職活動に見切りをつけて、自分の会社を作った、という人がたくさんいる。そういう人の中には、景気が良くなったらまた勤めに出る人もいるだろうが、このまま独立してやっていくという人生を選ぶ人もいるだろう。

「企業」の形が変わり、人々の意識が変わる中で、勤労形態も今後変わっていくことは間違いないが、その中で「独立して働く」という生き方を選ぶ人も増えるのではないか。

Free Agent Nation: The Future of Working for Yourselfという本もあったりする。アメリカで独立して働く人たちについてフィールドワーク的に調べた本だ。ちなみに、狭義には「独立して働く人」はentrepreneurとは言わない。あくまで「狭義には」だが。雇用を生み出すのがentrepreneur。自分でフリーランス的にやっていくのは気持ち的にはentrepreneurialだが、entrepreneurではない、ということ。でも、それはそれで中々味のある働き方なのである。組織でやっていくことが必ずしも効率的でない仕事もたくさんある。

ボスもいなきゃ、部下もいない、働く相手はみんなパートナーという形態を好ましいと思う人たちにはうってつけの働き方だ。

MBAのトホホ

Business Week9月22日号の記事、What’s an MBA really worth?。オンラインでは有料だが、このリンクのところに近々記事に関してのオンラインchatの書き起こし原稿が無償でアップされるらしい。(chat自体は9月15日に済んでいるが、こちらもまだ。)

昨日紙媒体のほうの記事を読んでクラーイ気持ちになった。92年にMBAを取得した人の平均年収、というのを見たからだ。Stanfordの場合、サラリーが26万5千ドル、ボーナスが30万ドルとなっている。合計で56万ドルだ。トップ30校全部の平均でも、それぞれ16万8千ドル、27万3千ドルで合計44万ドル。Harvardで21万5千ドル、63万2千ドルで85万ドル、Georgetownで13万7千ドル、57万5千ドルで71万ドルであります。

もちろん、データの信頼度に関してはいろいろと突付けるところがあって、トップ30校の卒業生トータル5700人中、4800人にコンタクトして、うち回答したのは31%だけ。人生イマイチな人は回答を避ける、ということもあろうし、嘘をついてるヤツだっているだろう。それに平均の求め方は、この手の統計ではより有効と思われるmedian(中央値:回答結果を大きいほうから全部並べて、真ん中の数字を取る)ではなく、average(全部足して、人数で割っただけ)だ。これだと、一部の人が莫大に稼いでいると、全体としてひどく高いほうに偏った結果になる。例えば、Georgetownの例では、一人がボーナス1100万ドルで、46人分の合計ボーナスの40%以上をたたき出している。あと、92年卒というのがバブルのいい時期にいい場所にいた、ということもある。例えば、私の友人で、30半ばで引退してゴルフ三昧という枯れた暮らしをしている人も、Harvard MBAの92年卒だ。

とはいうものの、やっぱり平均は平均。

92年卒といえば卒業して10年目をちょっと過ぎたあたりである。10年目といえばアメリカの大学はどこもreunionで世界から卒業生が集まる。私は5年目のreunionにおととし行ったのだが、「人生イマイチで行きたくないから行かない」と参加しなかったクラスメートも結構いた。(別に仕事だけではなく、異性関係、結婚関係、子供関係など、イマイチの理由はさまざまであったが。仕事がイマイチでも、それ以外でとってもシアワセなことがあって本人が納得できていればそれでOKなのだが・・・・。)

昨日の夜、このBusiness Weekの記事を読んで、「そうかー10年目のreunionに堂々と参加するには、年収56万ドルか、それに見合うシアワセを構築していないといけないんだな。うちは夫婦で卒業生だから二人合わせて112万ドル、1億3千万円かぁ。。。それでまだ『平均』だもんなぁ。ハードル高いなぁ・・・」と思ってしまったのであった。

とはいうものの今朝になって「うーむ、私は根が暗い」と思い直した。
1)へへん、こんな統計嘘だねと笑い飛ばす
2)まぁ、平均くらいの能力はあるはずだから、淡々とやってれば平均くらいは楽勝、と楽天的に捕らえる
などなど、様々な考え方があるはずで、10年めのreunionに堂々といけるか、などというセコイことでため息ついてしまうのは、あまりに暗い。(暗いのも、それはそれで努力の源泉でもあるのだが・・・)

ちなみに、記事は、「MBAは役に立つ」という論調。集計結果の一部を紹介すると、平均年齢38歳ちょっと、平均部下数93人、一番多い勤め先は投資銀行で22%。89%がもう一度選択するとしてもbusiness schoolに行くと言い、80%はもう一度同じ学校を選ぶとのことです。

日本

ご無沙汰しました。日本出張中なのであります。明日帰りますが。短期間、かつ東京以外で1日半ということで、あまり人にも会わず。

1年以上ぶりの日本である。久しぶりに来ての感想は、「人間を健康にする日本というシステム」。

いやー。歩いた歩いた。。。PCの入った重いかばんで、ヒールのある靴で駅の階段やら地下街やらを歩くと5分10分でもよい運動だ。当たり前だが。歩く&電車コンビネーションの方がタクシーよりも早い。これも当たり前だが。超健康的である。

しかも、羽田から国内線に乗ったのだが、チェックインの際にちょっとした変更をしようとしたところ、担当の人が「確認してまいります」と消滅。10分たっても20分たっても帰ってこない。やがて離陸10分前を切り、掲示板から私の出る便の表示が消える。それからさらに2-3分して担当の方が戻ってきた。が、そこで「走りましょう!」といわれ、ゲートまで走ることに。しかも全速力です、全速力。重いカバンとヒールでこちらはハンディキャップ36という感じだ。ゲートにつくころには吐き気がして、心臓が痛いという情けないことに。

体が鍛わってしまう日本、であった。

一方、せっかく久しぶりの日本なので当地で最近はやっているらしき本を読もうと霧の桐野夏生の「グロテスク」という本を読んだ。本当にグロテスクであった。家柄、容姿、金持ちかどうかで如実にランキングが決まる私立高校(Q高校、と書いてあるが、モデルは明らかに慶応だ)に通った4人の女の子が、社会から足を踏み外していく様が書いてある。一人は総合職として大企業に入り、その中で挫折、娼婦になる。(これは街娼をして殺された東電OLがモデル)ほかの3人の人生も大差なく悲惨。うち2人は娼婦。

ちょっと前には、田口ランディの「コンセント」という本もあったが、こちらの主人公も女性で、最後に孤独に苦しむ現代人を癒すシャーマンのような存在になる。というのは比ゆで、実業のほうはこちらも娼婦。

「神のいない国の孤独」ということなのか。人間は何かと繋がっていると信じられることが、生きていくために必要なのだろう。宗教は、人を神と繋がっていると信じさせる究極のシステムであるが、日本人のほとんどが無宗教である。

一方で、娼婦とは、究極的に人と繋がることであり、タブーを自分の中に飲み込むことで、現世的問題を突き抜けた聖域に達するという暗示もある。カーマスートラの国インドでは、女装で共同生活をするヒジュラというアウト・カーストがあるが、その多くは男娼でもあり、しかもアウトカーストとして蔑まれつつ、宗教儀式にかかわることもあって畏敬されていると聞く。タブーと宗教は表裏一体なんである。

日本は人口密度が高い。いつでも人と袖振り合わせて生活している。しかも、多くの価値観を共有している。(いやいや、最近は日本も、、、と言う人も多かろうが、たとえばアメリカとの比較で言えば、まだまだ言わなくても通じること暗黙の共有概念がたくさんあるはずだ)それだけ多くの人と物理的にも心理的にも近しくあるのに孤独、という救いのなさが現代の日本の不幸なのではないか。そういう不幸が、グロテスクとコンセントというベストセラーが生まれる背景にとぐろを巻いている気がする。

ちなみに、日本に住んでいて、そういう不幸に押しつぶされそう、という人はカリフォルニアで暮らしてみるとよいかも。人口密度が低いから楽。「周囲の人々が、物理的にも心理的にも遠くにあるから孤独」っていうのは、論理にねじれがなくて健康的なのである。

ということで日本版、体の健康と心の健康でした。

Bill JoyとLarry Ellison

Bill JoyがSunを去った。
CNetのCo-founder Joy to leave Sun
とてもいいことだと思う。上が支えるとろくなことは起こらない。Bill JoyはWiredにWhy the future doesn’t need usという「技術の進歩は人類の脅威」といった内容の記事を書いてちょっとした論争を巻き起こしたが、個人的にはこれはBill Joyが枯れてきただけ、と思っている。自分が関わる技術がethically badとと思うような人が重要な役割を占めていては、営利企業的には困ってしまう。やっぱり夢一杯・希望一杯の人がドライブしないと企業も枯れてきてしまう。

Larry Ellisonも”there will be no new architecture for computing for the next 1,000 years” “The computing industry is about to become boring.”などと言っているが、これも単に彼が年取って飽きてきた、ということと睨んでいる。これは同じくCNetのCan Oracle survive Larry Ellison?からの抜粋だが、この記事は、Larry Ellisonみたいな滅茶苦茶なトップがいてはOracleの将来が思いやられる、という内容。

いわく
(Oracle’s) senior management team is woefully depleted, with the loss over the past several years of Ray Lane, Gary Bloom, Robert Shaw, Randy Baker, Polly Sumner and many more. Not only is there no one at the top to challenge the often-mercurial Ellison, there is no clear successor to take over in an emergency.

これまで上手くいったのはLarry Ellisonの野生の勘。ここぞというときに大きな流れを読んで、重要な決断ができたので今に至ったが、年齢とともにそういう野生の勘というのはなくなってくる。代わりに判断力、統率力みたいなものを増していかないとならない。「年の功」というヤツである。しかし、Larry Ellisonはいまだに野生の勘で突っ走っている。果たしてOracleはいつまでそれを持ちこたえられるのか。

Larry Ellisonの野生の勘といえば、昔新日鉄の人に聞いたのだが、一時期新日鉄とOracleは合弁でOracle Japanを作ることになっていた。ところが、その調印式に出席するための飛行機の中で、突如Larry Ellisonの気が変わり、日本につくなり「やっぱりヤメタ」と話は御破算になったとのこと。「素晴らしく正しい決断だ」と新日鉄の知り合いは感心していたが。(突如断られた新日鉄は大変だっただろうが・・・・)

ちょっとblogでは書けないのだが、Larry Ellisonに関するとんでもない噂話は一杯ある。どれくらいすごいかというと、ローマの暴君Caligulaのコーポレート版とでも言う感じ。

Caligulaといえば、最近その邸宅が発掘された。CastorとPolluxという軍事の神様を祭る神殿を取り込んで作られており、まさに神をも恐れぬ異常なつくり。やはりCaligulaは誇大妄想的暴挙を繰り返したという噂は本当だったか、と注目されている、というのはSan Jose MercuryのStanford team’s discovery sheds light on Caligulaです。