「アンドリューワイエス 自伝画集」は私が勝手に訳したもので、元はAndrew Wyeth
Autobiography。先週金曜に91歳でなくなった画家、Wyethが、自分の絵に背景説明を文章で添えた画集である。「本人が解説する画集」という、いと素晴らしいものなわけ。美学的純粋派の方からは「そんな邪道な!」という声が出るかもしれないが、いや、私は感銘を受けました。1995年の出版時に即買い。
(冒頭の写真は、Wyeth風だが、全然Wyethとは関係なく近郊のAno Nuevoで私が撮ったもの。)
この本に付いては2003年に書いたエントリーでも触れてるので、そこから抜粋。
「芸術の解説」は邪道では、という迷いが以前はあったのだが、それが吹き飛んだのはAndrew Wyethが自らの回顧展の作品を解説したAndrew Wyeth: Autobiographyという本。圧倒される。絵を何倍も楽しめるというのもさることながら、芸術家の頭の中ってのは、普通の人とは次元が違う構造なんだなぁ、と圧倒された。
例えば、奥さんの絵がある。ちょっと紅潮した頬で、やや斜めを向いているが、それは夫婦喧嘩の最中に彼女が激昂して顔が赤くなって激しく彼をなじった瞬間に、
「これだ、私は妻の本質を掴んだ」
と、それを後日絵にしたのだそうだ。
(別に怒っているのが彼女の本質というのではなく、感情が激した瞬間に何か本質的な
ものが内部からほとばしり出た、と、そういうことであろう。)夫婦喧嘩の最中にそんなことを思うダンナを持った妻は大変ではないか。
それ以外にも、ふとした瞬間に
「ある人間・動物・風景・その他もろもろの何かの本質を掴み取った」
と感じ、それを絵にするということが繰り返し出てくる。(逆に「本質」が掴み
取れず、なかなか絵がかけずに苦労したなんて話も出てくる)。そうやって何かの「本質」に突然迫られ続ける人生というのは、息苦しいものではないのか。
あと、本には、Storm at Seaという、灯台の根元の方だけを描いた絵もあり、これについては、描き終える寸前にWyethの後ろを通りがかったカップルの男が
「ほら、この人アマチュアだよ。灯台の上の方が切れちゃってるだろ。」
と女に語って、それを盗み聞きした(当時既に画家として大御所だった)Wyethが笑う、という記載もあったりする。これはちょっと笑える話し。
深いところでは、「音を描こうとした絵」というのもある。Cooling Shedというもので、トランプカードの家のような洗いざらしの白い壁が曲がりながら連なる、光に満ちた小屋があり、奥には鉛のバケツが置いてある。Wyethはこの絵を描いた動機をこんな風に語る。
And I was taken by the sounds- sounds are so important in my work. Here I wanted to portray that hollow tin sound when the buckets would be filled. This is far from just a bucolic or farm scene. I was thrilled to find such abstraction in the every day.
「私は音に強く引き寄せられた—-音は私の作品の中でとても重要なのだ。この絵では、バケツに水が満たされる時の、空洞の鉛のエコーがかかったような音を描き出したかった。これは、単なる牧歌的、または農家的な情景ではない。日常の中にこうした抽象性を見つけることが私を興奮させた。」
天才画家の頭の中をのぞいてみたい人は一家に一冊。画集なので、できればハードカバーをお勧めしますが、ペーパーバック版しかなかったのでそちらをリンクしておきました。
ちょうど日本でも昨年末東京でワイエス展をやっていて(今は愛知で開催中)、信者の方々を中心に大盛況でした。会場のビデオで、孫娘がワイエスにインタビューをしている映像がありましたが、「90歳過ぎてもまだまだ元気だし描きたいものもいっぱいある。もっともっと色々なことに挑戦したい」みたいなことを笑顔で話していて、絵の荒涼とした感じとか緻密でちょっと暗い感じとは違う、元気なアメリカのおじいちゃんが好きな絵で大成功して幸せに暮らしていそうな姿が、なんか良かったです。自伝画集は持っていないのでハードカバーを探してみます。
いいねいいね
初めて東海岸の美術館で作品を見てから、気になる絵描きの一人でした。本の存在も知っていたのですが、改めて背中を押された気がして、早速買いました。とても面白いです。文章を読んで絵を見直して、また文章に戻ってとやっているので、なかなか先に進めません。
いいねいいね
Andrew Wyeth Autobiographyはもともと1995年に日本で開催されたアンドリュー・ワイエス展のカタログの英語版です。ただ著者の元メトロポリタン美術館長のトマス・ホーヴィングの意向で日本の研究者のテキストはなくして、ホーヴィングのテキストのみで、別の本の体裁をとったものです。アメリカでは、カンザスシティのネルソンアトキンス美術館で展覧会(日本の美術館が仕立てたものですが)が巡回して開かれ、その時の図録として発売されたものです。この前文化村や愛知県美術館で開かれた展覧会も同じ日本人が企画したものでした。洋書だとそれがオリジナルだと思ってしまいますよね。
いいねいいね