大恐慌の今昔

渡辺@東京です。サンフランシスコからの飛行機の中で見た映画、Kitt Kittredge

時は大恐慌時代の1930年代アメリカ。新聞の記者になりたいKittは10歳の女の子。オハイオ州シンシナッティで父親が経営していた車のディーラーが倒産、父親は400キロほど離れたシカゴに職を探しに行き、母親は下宿人を家に入れてなんとかローン返済を続け家を守ろうとする。そこに事件が発生し、それをKittが解決しようとして・・・・・というお話。

いやー、不吉だなぁ、大恐慌か、また来そうだし、と思いつつ見たのだが、

「これが大恐慌だったら、まぁそれほど悪くないんじゃないの?」

という感じでした。

オハイオということもあるが、ベッドルームが6つも7つもあるようなステキなお家で、食事の時間になると下宿人もダイニングルームに集い粛々と晩餐会のようにディナーを食べる。下宿のオバサンが作った賄いご飯を食べるだけなのにスーツなんか着てたり。

・・といったことは、当時はきっと普通の生活習慣だったのだろうが。しかし、お父さんがシカゴで職探しに挫折して戻ってくるまでに1年もかからないし、なんだかんだで豪華な家はキープしている。挫折して戻ってきたお父さんがその後仕事があるかどうかはわからないのだが、それにしても、そんな数ヶ月仕事がないくらいでなんじゃい、と思ったのですよ。

あれほどみんなが大騒ぎする大恐慌ってこんなものなの?だったら全然対応可能なんですけど。というか、既に対応したんですが。

シリコンバレーのドットコムバブル崩壊後は1年くらい無職などごく普通のことであった。あのときはバブル崩壊と9−11ショックが重なったこともあり、我が家のダンナだって2年職がなかったし。ビジネススクールの同級生でシリコンバレーにいる人たちは、2−3割が無職&職探し中だったと思う。ちょうどその頃卒業5周年同窓会というのに行ったのだが、開き直って「いやー、もうずいぶん仕事がないよ」と気楽に参加してた人が相当数いました。

当時は、壮年の男性が平日の昼間に10人くらいの集団でバイクウェアに身を固めサイクリングという情景もシリコンバレー的には日常茶飯事。(さすがに失業期間が1年、2年と続くと精神的に参ってくるので、同士で集まって健康的に汗を流そう、ということだったよう。)

プロフェッショナルなキャリアの人が、貧困層向けの慈善団体から缶詰などの食料品をもらう列に並んでいる、とか1ヵ月ほとんどカップヌードルだけで過ごしたとか、そんなニュースもありました。

しかしながら、あの時と違うのは、逃げ場がないと言うことでありましょうか。当時は世界の中でシリコンバレーだけが突出して不景気だったので、他の地域に行けばそれなりに仕事があった。ので、ドイツとかシンガポールとかいろいろな場所に移っていった人が沢山いた。レイオフされてビザを失った移民の多くは自分の国に帰り、そこで職を見つけた模様。しかし、今回は世界中同時なので行くところがないですなぁ。

ま、とはいえ、我が家的には、前回も夫婦共働きのうち約50%の労働力が2年アイドル状態でも特になんということもなかったので、今回も何とかなるでしょう。

+++

余談ながら、職探しが長引いたらせっせと家事をしましょう。

というのも。

片付け嫌いな人が家にいると、それだけでエントロピーが増大し室内がカオス化する。当然家人は

「仕事してないんだから家くらいきれいにしてよ」

と不平たらたらとなるわけだが、職探しがうまく行かずに腐ってる本人には

「どうせ俺(私)は仕事がないよ」

という風に取りがち。本当のメッセージは「家くらいきれいにしてよ」の方であっても、だ。

ドットコムバブル崩壊当時、「職探し中の無職の夫が、PRコンサルタントの妻と子供2人と無理心中」なんていう事件も当地ではありました。報道された周囲のコメントによれば、妻の方は仕事は順調で経済的には何の問題もなかったが、上記に似たような類いの争いがあった模様。我が家でも全く同じ問題が生じた経緯あり、状況は容易に想像がつく。

夫婦共働きだと経済的には大恐慌でも何とかなることが多いが、こういう問題がおこることもあるわけです。

というわけで、大恐慌をのりきる教訓は「夫婦共働き」と「無職の間は家事に勤しむ」でしょうか。

<参考>:ドットコムバブル崩壊時のシリコンバレーの様子については2003年1月のシリコンバレーは復活するかというエントリーなどあります。

大恐慌の今昔」への9件のフィードバック

  1. 今回の恐慌(そのうち大が付くと思いますが)はなかなか底が見えませんね。アメリカの消費の落ち込みが半端じゃないようですし、それに連鎖して世界(主に先進国の)の製造業はがた落ちとか。しばらくは低迷しそうな感じです。
    PS 明日のセミナー楽しみしてます。

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  2. >というわけで、大恐慌をのりきる教訓は「夫婦共働き」と「無職の間は家事に勤しむ」でしょうか。
    いや、その通りなんですけどね・・・
    我が家@シンガポールは結婚のため、私が東京→シンガポールの移住を余儀なくされ、会社を辞めた途端、世界大恐慌のタイミングと当たってしまった、というアンラッキーさで、1人(=私)無職です。
    結婚するにも世界経済の動向を読む必要があったのか、と1人反省中・・・
    本当に逃げ場がないんですよねー、7月まではシンガポールにはまだ明るい雰囲気が漂っていたのですが。

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  3. 大恐慌時アメリカの失業率は25%だったそうだけど、現在は不要不急のサービスが増えているように思うので、もっと失業率が高くなるかもしれませんね。

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  4. USやヨーロッパはわかりませんが、日本のインベストメント・バンカーの妻は主婦が多いです。もともとバブリーな生活に憧れ&慣れきってしまっている為、昨今の状況になっても危機感がない。そういう女性を妻にしたがる男も問題だと思います。しかもそういう家庭の教育費はべらぼーに高い。ウォール街が崩壊した今となっては、自慢の家庭も不良債権でしかないと感じてる人も結構いるようです。日頃からリスク管理は大切ですねぇ。結婚するなら共働きできる人、と再確認しました。

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  5. >同級生でシリコンバレーにいる人たちは、2−3割が無職&職探し中
    ご同窓の冨山和彦さんがとあるところでこの時期の話をされて、「それでも皆クヨクヨしないで頑張れるのは、西海岸の明るい太陽の下で勉強したからこそ。北の方や東海岸では、こんなに前向きな人達は育たないと思う。」と仰っていました。
    確かにそうかも知れないなぁ、と思いました。明るい太陽は人を元気にするんですね。

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  6. はじめまして。元カリフォルニア住民、現在日本在住の、共働き主婦です。私は経済のことをよく知らないのですが、1929年の大恐慌のとき、株を売らずに持ち続けた人っているんでしょうか?もしいたとしたら、どうなっちゃったのかご存知ですか?昨日今日とあまり酷い暴落が続き、やけになって笑っております。

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  7. はじめまして。元カリフォルニア住民、現在日本在住の、共働き主婦です。私は経済のことをよく知らないのですが、1929年の大恐慌のとき、株を売らずに持ち続けた人っているんでしょうか?もしいたとしたら、どうなっちゃったのかご存知ですか?昨日今日とあまり酷い暴落が続き、やけになって笑っております。

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  8. 新しく立ち上がる会社を担当すべく中国から日本に戻った翌日にリーマンが倒産し、そして、その新会社の話もペンディングになってしまいました。
    気がついたら、自分が40代で職なしという状態になってしまいました。いくつか舞い込んだ他の仕事も、なぜか最終段階でつまずいてしまい、気分はすっかりルーザーです。
    とりあえずアドバイスに従い、家事に勤しみます。さて、保育園のお迎えに行ってきます。

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