嘘と手続き:ストックオプションのバックデート

本日は、日本は「手続き至上主義」、アメリカは「嘘つき許さない主義」というお話。サラッと書こうと思ったら随分長くなっちゃいました。ふー。

さて、磯崎さんのblogより、ストックオプションのバックデートとは

株価が底の日に遡ってストックオプション関係の書類を捏造する方法 

ちなみに、当地ではこのストックオプションバックデート問題は結構大事件で、シリコンバレー株式会社の社内報であるところのSan Jose Mercury Newsにこの話が載らない日はないってくらい。とある調査では1996年から2005年にかけて付与されたストックオプションの10%(会社数にして3割)が幹部社員(CEOとか)へのストックオプションをバックデートしてた、と。

ちなみに、ストックオプションを出した後に企業価値が思い切り下がってしまい、行使価格よりも実際の株価が低くなると、そのオプションはunderwaterと呼ばれます。水没、です。2001年-2003年頃のどん底景気の頃はunderwaterのオプションが多く、バックデートなんかしたらオプションの価値が下がる、という情けない事態も多発。なので、バックデートしようが何しようがあんまり問題にならなかったんじゃないでしょうか。

ということで、backdatingが問題になること自体
「景気が良くなってよかったねぇ~」
なんて思ってしまう私。

で、このバックデートについて先述の磯崎さんのblogではさらに

少なくとも日本では登記の期限(2週間)や適時開示(適時開示規則第2条第1項第1号uおよびaなど)との関係上、この反則技は、ちょっと使えないかと思います。
つまり、ストックオプションについては、日本の開示規則の方が、アメリカよりしっかりしている、ということでしょうか?

ということなんですが、この手の「規則」はアメリカは滅茶苦茶です。はい。全くもってしっかりしてません。別にストックオプションなんかに限らず、一般ピープルの日常生活でも同じこと。

「ルールはあるが、それを見張る手続きが全然ない」

ということがものすごく多い。

例えば「婚姻届」。

私は、日本は港区役所にて婚姻届を出したのみで、アメリカでは何も手続きをしてないんですな。アメリカには戸籍というシステムが存在しないので「ダンナの籍に入る」なんていうプロセスはそもそもなく、「婚姻届」一つで結婚状態が決まる。で、その婚姻届データベースは全国リンクしていないので、「ラスベガスで結婚」なんていう場合は、ラスベガスに問い合わせないと本当に結婚してるかどうかわからない、という状態になります。

ということで、一応アメリカに来るとき、日本の婚姻届を英訳して、わざわざアメリカ大使館まで行って、「この婚姻届と、その訳は正しい」という証明のサインをしてもらったものを何通か作りました。
「きっとアメリカに行ってから、結婚してることを証明しなければならないこともあるだろう」
と思ったわけです。納税とか、保険とか、家を買うとか。

と、ところが!結婚してはや6年。一度も誰にも「結婚していることを証明せよ」と言われたことがない。
「結婚してます」
と言うだけで、「あ、そ」と通ってしまう。

(絶対証明がいらない、とはいいきれないので、これからアメリカ人と結婚してこちらに来る人は婚姻届の英訳を持ってきておくことをお勧めしますが。)

もちろん、どこかで嘘がわかると、大変なことになる・・・のだろうが、途中経過においては、「きちんと書類をチェック」という機構がないわけ。アメリカでは、この手のことはとっても多い。納税申告だって、税務署はほんの一部しかチェックしてなくて、後はスルー。残りは本人の自己申告だけでなりたってるわけです。

つまり、日本ではごく普通の、「手続きを厳格にし、それをきちんと守ったらズルのしようがない」というシステムではなく、

「原則に則って勝手に個々人で正しいと思うことを粛々と進めるべし。途中でチェックはしないが、嘘を付いたら(そしてそれがバレたら)大変なことになるぞよ」

というシステムなんですな

して、このアメリカのシステムが上手く運用される鍵は

「嘘はいけない」

という原則が徹底していること。「嘘ついてもばれなきゃいいやー」となったら、大変です。

クリントンが浮気で裁判になったときも、浮気したことじゃなくて、「浮気してないと嘘をついた」ことが責められてたわけですが、それは「嘘を許したら社会システムが崩壊する」から。

もちろん、「アメリカ人は清教徒だからうそを嫌う」なんていうのはいい加減な総論。非常に崇高で心正しい人もいれば、自分勝手なうそつきもいる、という普通の人間社会。実際の運営上は、「嘘がバレたら、社会的・経済的・刑法的罰則を非常に厳しく課す」というので成り立ってるんですな。

一方、日本だと、書類提出義務、報告義務、みたいな「手続き」を淡々と守っていれば、少々の嘘(裏、っていうか)があるのは許されることが多いんじゃないでしょうか。日本の手続きはいろいろと煩雑だけど、それをきちんとこなしさえすれば、逆にルールが守ってくれる、みたいな。

(このあたりは、多分もっときちんと実例を挙げて証明しないと納得してくれない人もいると思うが、まぁまたおいおい、例を挙げていきたいと思います。)

ちなみに、村上さんとか堀江さんがしたことは、程度の差こそあれ結構他の人もしてたこと、と聞く。日本の「手続き」の方が現実に追いついていなかった中、
「原則的には悪いことだけど、手続き上は(ほとんど)OK」
というのは他の人には許されてきたのに、この2人だけ引っこ抜かれて罰せられた、と。
「それって、ルールの運用が曖昧じゃないか」
という議論も日本では耳にしました。

ひるがえって、アメリカという国は、フツーの人でも
「手続き上OKでも、原則的に悪いことをしてはいけない」
というプレッシャーがかけられている感じがヒシヒシ。
(例えば、婚姻証明を必要としないからといって、結婚しているという嘘を言ってはいけない、みたいな。)

ちょっと大げさに言うと、アメリカのフツーの人は、村上さんや堀江さんが直面したような曖昧さに、常日頃さらされているわけです。曖昧なアメリカの私。

これはこれで、アメリカという国を運営するにあたって、すごいコスト。とはいうものの、これで国の基本ができちゃってるし、実際問題として

「アメリカ人は厳格な手続きシステムを運用する事務処理能力がない」

ということもあるので、仕方ありません。はい。

***おまけ***
なお、ご参考まで、元の磯崎さんのblogはspring-loaded optionについてのもの。こちらは、

株価が跳ね上がるようなネタを公表する前(株価が上がる前)にストックオプションを付与し、その後株価が跳ね上がって短期的に大もうけ、ということを狙ったストックオプション

なんですが、これも「新しい提携話など、社内の人しか知らない情報を元にストックオプションを出すのはインサイダー取引」という嫌疑がかけられている。磯崎さんは下記のコメント。

付与する実務としては、個別の役員や従業員ごとに誰がどこまで重要事実を知っているか、といったことを調べて各自バラバラに付与するなんてことは無理です
し、「行うことについての決定」といったアイデアに近い段階まで含めれば、企業内にそういったネタは常時存在しない方がおかしいから、ストックオプションを付与するだけでインサイダー取引になるってんなら、もー、ストックオプション制度自体、「なんかやるのアホらし」というモードになるの必至、という感じであります。

このあたりは、
「果たしてそれはインサイダー取引なのか、マネジメントから市場に発せられるシグナリングなのか」
という境界線が微妙かな。

実際、「CEOにストックオプションが出される」ということを「シグナリング」と捉え、CEOへのオプション付与が公表されたらすぐその会社の株を買い、180日間持ち続けていると、株式市場全体平均よりも5.2%儲けられまっせ、という調査結果も出てます。(1700社が出した4290のストックオプションを調べまくった結果だそうだ。面倒な調査、ご苦労様でした。)

しかし、こういう「シグナリング」が「インサイダー取引」とみなされ、許されなくなってくると、ますます「株式会社」としての大企業という形態の意味が薄れてきますな。

先日日本で磯崎大兄とランチして
「個人単位で働く方が、企業単位で働くより意味のある仕事って増えてますよね」
という話になりました。「インターネットの発展により、個人でも入手できる情報が増えた」とか、「通信技術の発展により遠くにいても隣にいるかのように仕事ができるようになった」という「仕事の仕方」という話がメインの理由ではありますが、「会社の情報は何もかも市場に公開」という圧力が高まると、
「そんなことするくらいなら公開しない、公開しないなら大規模なオペレーションにする必要ない」
っていうのも、個人事業的仕事の仕方を追求する一つの理由になるかも。

嘘と手続き:ストックオプションのバックデート」への7件のフィードバック

  1. インサイダー取引といえば、マーサ゜もそれで捕まったわけですけれど、実刑の理由はインサイダー取引そのものではなくて、嘘をついたからでしたね。
    ところで、アメリカ人はとにかく「ちゃんと」できないわけですけど、これ、どうしてなのかって考えるに、やっぱり移民政策に端を発してる気がします。ただの気ですけど、そもそも「ちゃんと」するようにしつけられてる国から来てる人の方が少ないと思うし、そういう人たちでもオーケーってことにしないと、どうしようもないし。「ちゃんと」できないぼくにはちょうどいいんですけれどね。

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  2. わかり易さと日本

    最近私が興味があるのは、
    CD戦略であり、ラウンド・ソースであり、
    万人にわかり易いということである。
    けど、日本では難しいかもしれないということである。

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  3. 実は僕もちゃんとやるのがとても苦手です。
    ランダムな人間なので、かっちりしたものが大の苦手。
    Blogも毎回なに書いていいのかわからないので、OnとOffで
    とりあえず二極化して書き続けているChikaさんをリスペクト。

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  4. こんにちは。Sunnyvale在住の駐在員です。「原則に則って勝手に~大変なことになるぞよ」の部分、私もそう思います。東京本社から「管理体制が云々」とお小言を頂くのですが、このEntryをCopyして見せたいと思います。

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