サーベンス・オクスリー法とベンチャーのエグジット

以下、新日本監査法人が出している「株式公開センサー」という季刊誌に4月のはじめに書いたコラムです。「Sarbanes Oxley法ができてから、ミニベンチャーでも、公開すると毎年200万ドルもコンプライアンス費用がかかります」、という話。

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ベンチャーキャピタルから投資を受けたベンチャーにはエグジットが必要だ。エグジットは文字通り出口。ベンチャーキャピタルが自分の持分をキャッシュに変えるイベントである。
IPOがその最たるものだが、M&Aで企業を売却するのもエグジット。これ以外に、経営陣が投資家の株を買い取るという手段もあるが、投資家にとっては大したリターンが見込めないし、経営側もどこかからキャッシュを調達してくる必要がある。ということで、これはIPOM&Aもだめなときの最後の手段。

最も望ましいエグジットはIPOだが、日本に比べてアメリカではその敷居は高い。上場企業がたくさんあり、株を買ってもらうための競争が激しいということもあるが、創業者の持分が少ないということもある。上場する前でも、創業者持分は一桁パーセントしかないことも多く、上場したらさらにその持分は薄まり、雇われ経営者の性格が強くなる。上場しても6割以上創業者が持っている、というようなことはアメリカではありえないのである。しかも、日本より非常に厳しく情報公開義務が課せられ、重要なビジネスの機密事項を公開しなければならなくなる。その上、敵対的買収の危険にもさらされる。「弱り目に祟り目」である。

最近、このIPOの敷居をさらに高くしているのがサーベンス・オクスリー法だ。エンロンやワールドコム問題を受けてできたもので、1934
年に証券取引法が制定されて以来、もっとも甚大な影響を上場企業に及ぼすといわれている。サーベンス・オクスリー法では、財務諸表に虚偽があった場合、役員が個人として責任を問われ、罰金と禁固刑が待っている。

調査会社のAMRによれば、サーベンス・オクスリー法準拠のための費用は2004年で61億ドル。その内訳は会計士の費用、社内プロセスを整備するためのIT費用など。Financial
Executives International
20041月に発表したアンケート結果では、1社平均年間費用は3百万ドルとされているが、中には、世界最大の保険会社AIGのように、3億ドルという巨額の資金を投入する企業もある。会計事務所の多くは、空前のサーベンス・オクスリー景気で息つく間もないようだ。

このサーベンス・オクスリー法の恐ろしいところは、売り上げが数十億円程度の小企業でも、200万ドル(2億円超)規模のコンプライアンス費用がかかるところ。しかも、ひとつ間違えれば企業トップは牢獄行きである。

というわけで、「そんなことまでして上場すべきか」という迷いは当然大きく、結果として、最初からM&Aで売却を狙うベンチャーが増えている。どんな会社が買い手になりそうか、その会社に買ってもらうためにはどんなビジネスモデルや技術が必要かを考え、そのための技術・組織だけを整備、買い手になりそうな会社と重複する機能や組織は極力避け、無駄なことは一切しない、というベンチャーだ。

「事業は世のため人のため」という発想からすれば、随分刹那的、打算的ベンチャー育成だが、きちんと資金が循環しないとシリコンバレーの生態系が回らない。それに、ベンチャーの成功は数で勝負。動機はやや不純でも、とにかくたくさんのベンチャーが出てくれば、その中から大当たりするすばらしい技術やビジネスモデルも登場するわけで、IPOが難しくなった以上、M&Aへの道をまい進するベンチャーが増えるのはよいこと。

とはいうものの、必ずしもみんなうまくいくわけではない。オンラインオークションのeBayはここ数年絶好調だが、そのeBay2004年にオランダ、韓国、ドイツ、インドなどのeコマースサイトを次々に買収した。それなら、ということで、GoogleYahooが買いそうな海外事業を育成しよう、ともくろみ、そうした企業がアメリカで行っている無料サービスをそっくり真似したビジネスを南アメリカやヨーロッパなどで次々にスタートした知人がいた。しかし、最近会って様子を聞いたら、「ユーザーは増えたけど、資金が続かなくなったから断念」とのこと。

世の中そうそう美味しい話はないのである。

サーベンス・オクスリー法とベンチャーのエグジット」への4件のフィードバック

  1.  財務諸表に虚偽があった場合、役員が個人として責任を問われ罰金と禁固刑、というのは僕はずっと前から思ってた罰です。やっぱ罰則を強化するべきですよ。 政治家の収賄とか官僚の公金横領とか、懲役15年執行猶予無し、ぐらいがいいと思うんですよね。 怖くて絶対しようと考えないはずなんですけど。chikaさんどう思います? 
     ところで新日本監査法人の季刊誌にコラムを書くようになった経緯ってどういった感じだったんでしょうか? offのentryは全て読んだんですけど、onはまだなんです。僕の友達がこの春まで新日本監査法人で働いてて。(半年前、彼にこのサイトを教えてもらいました。)
    関係ないんですけど、DVDの宅配レンタルサービス、こういうシステムあったらいいのになぁって思いながら読んでたんですけど、なんと日本でもやってました。tsutayaが始めたんです。そりゃ真似しますよね。

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  2. 本場アメリカのベンチャーのエグジット現状

    [渡辺千賀]テクノロジー・ベンチャー・シリコンバレーの暮らし
     yよりトラックバック。
    ベンチャービジネスの本場、アメリカではサーベンス・オクスリー法という厳しい法律があるようで、財務諸表に虚偽があった場合、役員が個人として責任を問われ、罰金と�…

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  3. >財務諸表に虚偽があった場合、役員が個人として責任を問われ罰金と禁固刑
    役員に悪意があれば、その通り、なんですけど、知らないで起こっちゃったらどうするかという問題が・・・・(例えば、セールスの人が、歩合給を増やすため、莫大な売上があった、と会社に嘘をついていたことが発覚、財務諸表全部やり直し、なんて事件がありました)あんまり行き過ぎると、結局「役員保険」みたいなコストが増して、事業コストが増す。必要以上に事業コストが増すのはよくない、ということで、何事もバランスでしょうか。どこにバランスがあるかは、今後アメリカの会社がどうなるかを観察することでお楽しみ、ですね。
    >新日本監査法人の季刊誌に・・
    は知り合い経由、です。

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