アメリカ(特にベイエリア)でのシェアリングエコノミー・オンデマンドエコノミー系ビジネスの最近の争点は「そのビジネスが低所得者層に害をもたらすか」だ。UberやAirBnBがはじまったころは「合法か違法か」という点が問題だったのだが、そこはもうどうでもいい・・・というか、「低所得者層を迫害するビジネスな場合は違法性をネタにつつこう」という点においてのみ違法性が問題視されているように感じられる。
▪︎ AirBnBの場合
UberとAirBnBの両方の本社があるサンフランシスコでは、去年くらいからこうした「階級闘争の対象」としてまずAirBnBが槍玉にあがるようになった。
もともとサンフランシスコには強力な賃料規制があり、既存賃借人に対してはなかなか家賃が上げられない。結果、何十年も前から住んでいるために周辺相場の半分以下の家賃で住んでいるような人たちがたくさんいる。
この抜け道としてカリフォルニア州の法律でEllis Actがある。これは「大家が賃貸不動産業をやめる時は借り手を追い出すことができる」というもの。
AirBnBが普及してから、「アパート業はやめる。代わりにAirBnBで貸し出すんだもーん。だから出て行け」という大家が出て、市の行政に訴えの声が多々上がった。(サンフランシスコでどれくらいの借り手が追い出されたかを時系列でビジュアルに見られる地図)
これを受けて、サンフランシスコ市、借り手団体、AirBnB、ホテル団体などが集まって「正しいAirBnBのあり方」を検討、幾つかの議案が上がった中で結局今年の2月新しい法律が施行された。内容は、AirBnBによる貸し出しを合法化しつつも規制をかけるもので、こんな感じ。
- 貸し出していいのは自分の主たる住居のみ
- 借りている物件を貸し出す時は大家の許可がいる
- 自分がその場にいない状態で貸す場合は年間90日まで貸し出し可
- 貸し出している時も自分がその物件にいる場合は年間265日まで。(ただし一軒家はこの上限なし)
つまり、「貸し出しオンリーのAirBnB専用物件はNG」ということ。たくさんの物件をAirBnBで運用する「資産家」と、それにより住む場所を失う人たちへの二分化を回避するルールとなっている。
▪︎ Uberの場合
もともとタクシーは、運営ライセンスがある。ニューヨークでは車につけてあるメダリオンというプレートがあり、これが去年は一つ100万ドル以上した。しかしタクシー13,600台のところにUberが20,600台登場、当然のことながらメダリオン価格は下落、今年の7月にはピーク時から4割下がった740,000ドルになってしまった。
(ただし、タクシーの1台あたり売り上げは5%しか下がっていないらしく、もともとニューヨークがどれだけタクシー不足だったかがわかる。つか、ニューヨークのメダリオン総計価値、$13.6 billion(約1兆5千億円)もあったのね。Uberの企業価値が$50 billionというのがはじめて違和感なく見える。)
こうした「既得権益を持つタクシー業界」とUberの確執というのは世界中にあるが、アメリカの大都市の多くではUberは合法になってきている。カリフォルニアではいち早く2013年にUberのようなライドシェアリング事業の規制が定まり、以下を満たせば合法となった。
- 会社本体(Uberなど)が認可を受ける
- 運転手の犯罪歴をチェックする
- 運転手のトレーニングプログラムを設ける
- 1件あたり100万ドルの保険をとりつける
その後全米のあちこちでUberが合法化されるのを見ると、アメリカの既存タクシー業界って政治力があまりなさそう。
さて、しかしながら今度は「階級闘争問題」の方がはじまってしまった。今年の6月に「Uberの運転手は自営のコントラクターではなくUberの社員であり、福利厚生等は正社員として扱わなければならない」という判決がカリフォルニア労働局(Labor Commissioners Office)から下されたのである。
Uberはこれを覆そうとはしている。なんといっても「運転手正社員扱い」はUberの運営コストを大幅に引き上げる。「タクシーよりずっと安い」というのがユーザにとってのUberの大きなメリットなのだが、コスト構造的にそれが難しくなる可能性がある。
参考まで、アメリカのStarbucksは週20時間以上働くと福利厚生がつくのだが、5年前の報道では、Starbucksにとってコーヒー豆よりバリスタの健康保険のコストの方が高くなってしまったとある。
なお、「Uber for home cleaning」とも言われたハウスクリーナー・オンデマンドのマーケットプレースとして4千万ドル調達したベンチャーのHomeJoyは7月に倒産。ハウスクリーナー4人から「正社員として福利厚生をよこせ」と訴えられており、Uberの判決が最後の引き金になった、と言われている。
(ただしHomeJoyにはもっと根本的な問題点があった。そもそもハウスクリーナーは定期的に来てもらうことが多いので、HomeJoy経由で頼んだクリーナーがよさそうだったら2回目以降はクリーナーと顧客との「直取引」になりがち。前回書いたように、Uberでも同様な直取引を取ろうとする運転手もいるわけだが、ここで反復が多い「掃除」と、ランダムな乗車が多い「車移動」の差がでてしまった。)
+++
シリコンバレーでは、これ以外にも、AppleやGoogleといったハイテク企業の低賃金サービス労働者の労働組合化の動きがある。実際に2月には、Facebookの社員通勤バスの運転手はTeamstersという全米トラック運転手の組合に加盟。バスの運転手のみならず、社員食堂で働く人、クリーナーなども組合化の動きがあり、それに対して待遇改善が各社で見られる。
ニューヨークでも、シェア・オフィスを運営するベンチャー、WeWorkがクリーナーから抗議デモをされる事態になっているらしい。CEOがデモ陣に対し「WeWork、そんなにお金ないし」的なことを言ったら、「企業価値100億ドルなの知ってるぞ」と言われてしまった・・・とNew York Timesの記事に書いてある。まぁそう思うよね。
+++
今という時代は、「自動化する人」と「自動化される人」に多くの人々が二分されていく過程にあるのだと思う。
製造業の現場ではすでに自動化が相当進んでいるが、それがサービス産業に及び、かつAIなどのソフトウェアの進化によりかなり高度な仕事までが自動化されていこうとしている。
その中でシリコンバレーは地域全体で「世界を自動化する仕事」をしているとも言え、その生み出そうとする価値への期待により世界から資金が集まってバブル状態になっている。
結果として物価が高騰し「自動化する側の仕事についていない人」の生活は逆に非常に厳しくなっている。ハイテク企業の通勤バスの運転手も時給にして30ドルとか、手取りの月収で2400ドルといった風に、国で定められた貧困線を超す収入があるようだが、それでもホームレスだったり、往復4時間かけて睡眠時間4時間で通勤していたりする。家賃がとんでもなく高いせいだ。
というわけで、世界の先陣を切って二分化が進む当地では「新しい階級闘争」が始まっているのであった。