書評:クルーグマンのThe Conscience of a Liberal

去年の10月に出たクルーグマンの新作。骨の髄まで民主党なクルーグマンが、大統領選にぶつけて書いた、という感じ。19世紀後半からの百数十年のアメリカの政治経済的背景を知るには大変素晴らしい本であるのだがちょっと極端だなぁ、、というのが正直な私の感想。

「アメリカの貧富の格差が広がったのは、経済の国際化や技術の進歩による『自然な経済現象』ではなく、政策によるもの。一方、アメリカが最も栄えたのは政策的にミドルクラスを生み出した時代だった。国民のためにも、国力のためにも、再度政治的に貧富の格差を縮小しよう。」

というのがクルーグマンの論であります。

「19世紀後半からの・・・」

という点については、中学、高校と歴史の授業を取るたびに、出だしの原始時代はやたら詳しくやるのに、最後の方に
なると時間が足りなくなって、第一次世界大戦以降はほとんどカバーされず、、という感じになりませんでしたか?(特に理系の諸君)。

1919年のベルサイユ会議、ぐらいが私の覚えている最後の「歴史の授業に出てきた出来事」です。アメリカに至っては、18世紀の「ボストン茶会事件」くらいまでしか習った記憶がございません。はい。北京原人とかネアンデルタールとかクロマニヨン人とかインダス文明とかは詳しいんだが・・・。

「うんうん、私もそうだ」

というあなたには、この本はアメリカの近代政治経済史の良い教科書。もちろん、クルーグマンの(かなり極端な)視点から見たものではあるが、視点が決まっている方が歴史はわかりやすい。

(高校のとき、共産主義に傾倒している歴史の先生がいて、彼の授業は大変わかりやすかった。「生産性の向上」、「貧富の差の減少」、あともう一つ何か(忘れた)を「人類の進化の定義」として、ばっさばっさと全事象をクリアに切っていたが、ソ連崩壊後はどうされたでしょうか・・・。)

してクルーグマンの語るアメリカ近代政治経済史とは:

19世紀後半〜1920年代:Gilded Age。一部の金持ちに富が集中。

  • 1920年代平均で、トップ1%の年収が、全国民の収入の17.3%を占めた。この時代に、アメリカはヨーロッパ諸国よりも相当豊かになった。最高所得税率24%、同じく最高相続税率が20%しかなく、金持ちも大して税金を払わずに済んだ。

1930から50年代:Great Compression。貧富の格差が圧縮され、大量のミドルクラスが誕生。

  • ルーズベルトによるニューディール政策の賜物。
  • その政策の一つがThe National War Labor Board。真珠湾攻撃の1ヵ月後にルーズベルトにより設立され、多くの産業で強い賃金統制を実施。特に最下層の賃金向上を推奨し、上層の賃金値上げを抑止したため、収入格差の縮小が進んだ。
  • 最高税率は77%にまであがる。法人税も引き上げ。(50年代のアイゼンハワー大統領の時代には最高税率は90%まで上昇する。)

なぜニューディールが受けいられたか?(この辺の概略は一応知ってたが、おさらいです)。

  • 1929年に端を発する大恐慌。
    株式市場暴落から始まり、世界を巻き込んだ大恐慌だが、発生当初大統領であったフーバーは市場原理による民間のイニシアティブに固執、国債発行による公共事業、失業対策といった政府主導策を拒否。結果として大恐慌が収まることはなかった。こうして、旧来型エリート的発想への信頼が崩れた中で1932年にルーズベルトが大統領となったため、ラディカルな施策をとることができた。
  • 1939年から45年にかけての第二次世界大戦。
    The National War Labor Boardは、元々第一次世界大戦時に戦争の妨げになる労働組合のストライキを防ぐために、Woodrow Wilsonにより設立された組織で、会社と労働者の紛争を仲介。より労働者側に手厚く、組合活動を推奨し、労働者の賃金を上げる効果があったが、第一次世界大戦後一旦解散していた。しかし、第二次世界大戦のインフレ圧力に対抗するため再度設立され、前回よりもよりいっそう強い力を持つ組織となった。

1960年代から70年代半ば:アメリカ経済の黄金期。ニューディールの好影響の余波が続いた年代

  • 1947年から1973年にかけて、世帯あたりの収入(の中央値)は倍増。現在の価値にして2万2千ドルから4万4千ドルになった。これは毎年2.7%の伸び。こうして生まれた大量のミドルクラスの登場により、アメリカ経済はおおいに向上。
  • 一方、現在の価値に換算して、1925年には32人いたビリオネアは、ニューディール後の1968年には13人に減る。

1970年代〜:The Great Divergence。

  • 金持ち側の権利を擁護し、キリスト教の教義を重んじ、人種差別的で、福祉を嫌う悪の権化の「movement conservative」が台頭する。
  • movement conservativeの最初の大統領が80年に就任したレーガン。これ以降、共和党と民主党が二極化する。それまでは、時と場合によって共和党と民主党の立ち位置は変化、また属する政治家も共和党なのにリベラル(大きな政府、高い税金)だったり、民主党なのにコンサーバティブ(小さな政府、低い税金)だったり、とろいろだった。たとえばJFKは税金を下げ、ニクソンは上げた。しかし、レーガン以降、共和党=超コンサーバティブ、民主党=超リベラルへと分化する。
  • レーガンの側近たちは、社会保険を「社会主義」と呼び、環境保護予算をカット。
  • 1980年以降、世帯あたり収入の中央値は0.7%ずつしか伸びていない
  • 2005年には、トップ1%の収入が国民全収入額に占める割合は17.4%と、Gilded Ageの1920年代と変わらない比率に。

以上を受け、

「アメリカ100年の進化の時計を巻き戻して、再度スーパーリッチが支配するGilded Ageにしてはいけない。貧富の差を下げるべき。そのためには、組合運動を擁護し、最高税率を引き上げ、福祉を手厚くし、特に国民皆保険を実行すべし」

というのが、Krugmanの1リベラルとしての良心なのであった。なので、The Conscience of a Liberalというタイトルなんですね。

しかしなぁ・・・。と思ってしまうのですよ。

確かに国民皆保険は大事だと思う。それ以外の大抵のことについてはある程度の生活レベルの格差が生じるのは仕方ない、と思うのだが、病院にかかるくらいは貧乏であっても平等な権利として持てるべきだと思うよ。金がないから命を落とす、という状況は社会不安にもつながる。それ以上に、今のアメリカの1000以上の保険が乱立する状況は事務処理コストの増大させ、ひじょーに非効率で結果的に医療費が増える。

なので、国民皆保険については、Krugmanに全面的に賛成します。(皆保険の日本の医療は大変なことになっている、、という人もいると思うが、あれは、皆保険という仕組みのせいではなく、単に医師(や医療機関)への支払いが市場原理に見合わない低さになっているだけでは、、と。謎の橋とか作ってるお金を医療に向ければよいことではありませぬか?)

最高税率をもうちと引き上げても良いのでは、というのも賛成です。特に年間数十億円、数百億円という桁で稼ぐ人からは相当取ってもいいんじゃないの、と。

しかし、Krugmanが

「フランスやドイツなど、他の先進国は、手厚い失業保険等の福祉を提供しながら立派にやっている」

と言うところでは、ちょっと首を傾げるなぁ。もちろんKrugmanはちゃんと数字を分析していて、

「フランスの国民一人当たりGDPはアメリカの74%しかないが、実はこれはフランス人の労働時間が短く、しかも働いていない人が多いから。1時間あたりの生産性で見るとむしろフランスの方が高い」

とか、いろいろあるのだが、しかしやっぱり

「『成長しない国の苦しみ』を軽く見てるんやないの?」

と思うのですよ。

それから、(特に最近の)共和党が悪の権化みたいに表現されているのも、非常に違和感があった。まぁ私も基本的には民主党の方が好きなのであるが、しかし、二大政党の片方が悪魔で、もう片方が国民の味方、なんていう単純な構造があるでしょうか。いやない、でしょう、やっぱり。

こんなぼろくそ言われたら、

「クルーグマンが言っていることは、たとえ正しいことでも断固反対」

と考える共和党員が沢山出るだろうな。(既にそういう共和党員が一杯いるから、いまさらどう思われてもいい、、ということなのかもしれないが・・・)。

Krugmanへの反論としては、「収入格差は広がっているが、消費格差は広がっていない」というのもある。EconomistのThe New (Improved) Gilded Ageより:

「100万円超のサブゼロ冷蔵庫も、IKEAの4万円の冷蔵庫も、冷蔵庫は冷蔵庫、と換算すれば、結局金持ちも貧乏人も同じようなものを持っている」

と。しかも幸せと感じる人の比率も、金持ちと貧乏人の間で格差が少ない。つまり、実際に得られる効用としての貧富の格差は縮小している、と。

・・・と、あちこちで違和感を感じるのではあるが、しかし一方で、

「経済の発展→スーパーリッチの登場→政策的なミドルクラスの擁護→さらなる経済の発展→・・」

という循環の輪があるとしたら、そろそろ「ミドルクラスの擁護」というフェーズに戻ってきたのかな、という感もする。

次の大統領が民主党になったら、実際にもそうなると思いますが。

書評:クルーグマンのThe Conscience of a Liberal」への6件のフィードバック

  1. 昔と違って、金持ちを締め付けると海外に逃げ出すのではないですか?
    それに、金持ちの消費で支えられているアメリカで、逃げ出されると大変でしょう。
    それでなくても、のほほんとした日本と違って、金融不安で資金が逃げ出さないか心配されているのに。

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  2. 現在「クルーグマンのミクロ経済学」を少しずつ読んでいます。「マクロ経済学」はまだ未訳。
    確かに現代史は高校の授業ではおざなりになっていて、趣味の読書から定額預金(日本の)は戦争のために
    作られたと知って感激するくらいです。
    >そのためには、組合運動を擁護し、最高税率を引き上げ、福祉を手厚くし、特に国民皆保険を実行すべし」
    国民皆保険制度は日本が先をいっています。
    しかし昨今の社会保険庁の失態からこの制度と
    年金問題が非常に大きな焦点となっています。
    自己負担割合も増えたし。

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  3. 僕はちょうど今クルーグマンの”Peddling Prosperity”を読んでいる所です。僕は、彼の端的な語り口がとても好きです。次は紹介されている”The Conscience of a Liberal”を読んでみます。

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  4. Conscienceは良心ではない – 書評 – 格差はつくられた

    原著を注文しそびれていたら、訳書が献本されてきた。早川書房の小都様、いつもありがとうございます。
    格差はつくられた
    Paul Krugman /
    三上義一訳
    [原著:The Conscience of a Liberal
    すでに原著は、ちかちゃんが
    On Off and Beyond: 書評:クルーグマ…….

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  5. 今日の毎日の書評欄にこの本がありました
    (翻訳されたので)
    クルーグマンはなんでも答えてくれる
    日本も近じか選挙ですが 同じような切り口が欲しい
    素敵なブログなのでお気に入りに加えました 

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  6. マイケルムーアの Sicko 見ました?
    フランスの福祉が立派、はそれを見て知りました。
    アメリカに住んでいる人のこの映画に対する反応など、
    ブログ希望です。

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