アメリカ的オタクパワーによるテロリスト捜査

WiredのBehind Enemy Lines With a Suburban Counterterrorist。取り上げられているのは、モンタナの片田舎に住むShannen Rossmillerさん。本業が裁判所の裁判官、かつ、3人の子供を持つお母さんである。

それだけでも、十分忙しそうだが、さらに朝4時に起きて、家族が起きてくるまでの間、インターネットでテロリストを追求することに情熱を燃やし、これまでに数百人分のプロファイルを洗い出し、うち数名はFBI等による逮捕にまでこぎ着けたという執念の人だ。今はFBIと協力しているそうだが、最初の数年間はまったく独力、無給。

9-11に激しい衝撃を受けた彼女が、まずとりかかったことは・・・

  • イスラム教について研究する(コーランも読んだそうです)
  • Jihadistのウェブサイトを翻訳ソフトで読みあさる

この段階で使っていた翻訳ソフトは安物だったので、

「Respect my mustache! I have a happy mustache!!」

などといった訳で腰砕けだったが諦めず

  • アラビア語の教科書を買い、9週間のオンライン講座を受ける
  • 高度な翻訳ソフトも購入

9−11の翌年の2月には、かなり言葉もできるようになってきたので、

「テロリスト、またはそのサポーターのふりをして、テロリストと直接コミュニケーションを取る」

という目標を立てる。ただし、彼女がモンタナにいるとばれてはならないので

  • メールの発信地点がまるで中東(など)にあるかのように見せかけられるダミーIPアドレス用proxy serverを立てる

(そのために、インターネットの仕組みを勉強したそうです。)

この辺からが、普通の人ではできないスーパーオタクゾーンへの突入である。アラビア語のチャットルームやサイトで、少しずつ他人のまねをしながらコメントを書き始め、だんだんと

「テロリスト的コミュニケーションスキル」

をアップしていく。

  • 細かいジオポリテリカル的時事問題も語れるように、海外ニュースをフォロー

というのは序の口で、複数の架空の人物を作り出し、生まれた場所、年、教育、テロリスト歴、などのバックグランドを細やかに作り込み、時と場合に応じて使い分ける。「9−11の実行犯のモハメド・アタが好きだった詩を引用すると反応がいい」といったことも見いだし、さらに、「テロリストから尊敬されるテロリスト像」も掴む。(「傲慢、強気、他のテロリストもちょっと小馬鹿にしているような感じ」だそうな。)

そして、2002年には、スティンガーミサイルを売りたい、というパキスタンの男性にたどり着く。しばらくやり取りをした後、

「本当にミサイルを持っているという証拠を見せなければ、これ以上の商談はなし」

と脅す。すると、数日後、ミサイルの箱の上に座った本人の写真がzipファイルで送られてくる。ミサイルの製造番号も見える、というすごいもの。
(その後FBIの調査で、製造番号から、80年代にアメリカがムジャハディンに供与したものであることが判明する。)

さらには、アメリカ人の現役の兵隊で、アルカイダ側についてテロに参加したいと思っている、という人がいることも発見し、証拠を集めて提出、彼は軍の裁判にかけられ、Rossmillerは証言台に立つことになる。

ちなみに、同時期に司法省もやっきになってテロリストを捜し、行き過ぎた捜査/拷問を許可したとして、司法長官ゴンザレスが失脚するまでに至ったが、それでも、アルカイダに関係しているのが判明したのは14人のみ。しかも、ほとんどが状況証拠。

それにくらべるとRossmillerのケースは、メールのやり取りや写真、といったソリッドな証拠がある対象が200人見つかった、ということで、記事は

「もしかして、アメリカ政府全体より、Rossmiller一人の方が上?」

と問う。

FBIのインターネット旧石器時代ぶりもすごい。打ち合わせの途中でちょっとインターネットで調べものをするために、近所の公立図書館に走っていった担当者がいたそうな。また、FBIの捜査官は、テロリストとのチャットに潜入するためのYahooアドレスにすら、申請書を書いて得る許可が必要。

一方のRossmillerは、キーロガーを相手のコンピュータに忍び込ませてIDとパスワードを盗み出す、というハッカーぶり。

とはいうものの、キーロガーなしでも、有効な身元割り出し方法があって、それはソーシャルエンジニアリング。相手から聞き出す、というあっけないもの。「同盟の証」なるbayatという宣誓書を相手に書かせるのでした。「ジハドへの忠信宣誓書」と言った感じのタイトルのもと、実名、親の名前、部族、国家、家族の連絡先、といった内容を延々書く、というjihadistの慣習があるらしい。これを多くの人に書かせているんですな。

(しかし、ちょっと疑問なんですが、アラビア語って、そんなに簡単なのか?何度もやり取りすれば、いくらなんでも彼女のメールは外国人が書いてるとばれると思うのだが、、、昔の日本の社内文書みたいに、決まりきった言い回しばかりなのでしょうか?)

さて、彼女はまた、テロリスト用に捏造した様々な「人格」にちょっと異常な愛情を抱いている人でもある。ちょっと長くなるけれどそのこのところ引用します。

She really loves creating these characters and playing them. (中略)

"Do you want to see Abu Musa(作り出したキャラクター)?" she asks me suddenly, as if he
were hiding in the closet. She clicks on some files and up comes a
picture of a fairly dashing man with a pair of hip glasses and one of
those jaw-defining beards. He’s wearing a fashionable kafia
around his neck, and his posture is catalog-ready. Of course, Abu Musa
is his jihadi name. His "real" name is Walid Ali Mustaffa.

She scrolls through his biography. On December 17, 2003, Abu
Musa was involved in a truck explosion that killed nearly 30 people
outside the Mount Lebannon Hotel in Baghdad.

"Those are real events," says Rossmiller, who has, of course,
extensively researched the explosion. "He could have been involved in
that."

(中略)"An insurgent
gun battle in Ramadi. August 21, 2005. That’s when he dies." Rossmiller
is serious, almost solemn. "I have a hard time letting go of these
guys, because I kinda become them. When you develop a personality, you
essentially morph into it. It’s hard to let it go. He’s the one I cried
the most for."

自分の作り出したキャラクターを殺さなければならないときが来る。(使い過ぎ、のため。)そのとき「涙を流す」と。・・・うーむ、このような人が100人くらいいたら、アルカイダのオンラインコミュニケーションは壊滅的打撃を受けることでありましょう。しかし、彼女は自分のサイトもあって、何をやっているか、おおっぴらにいろいろなメディアでも話している。これはもしかして、彼女自身がテロリストを一人一人見つけるよりも、テロリストにオンラインコミュニケーションを恐れさせ、結果としてオンラインコミュニケーションという通信手段を奪う方が、テロリストへのダメージが大きい、という判断でしょうか?アメリカという国もアメリカ人もよくわからん・・・

ちなみに、彼女は中学一年の時の学校のプロジェクトが「連続殺人犯の心理」だった、という筋金入りの、「犯罪者オタク」である。

いつも言っているが、「オタク」というのは侮蔑表現ではありません。こういう「オタク的」没入がないと、ブレークスルーは起こらないと思うんですよね。して、オタクは、何もアニメやマンガだけを対象にするのではない訳で、オタク的犯罪者への関心を「裁判官」という職業に持ち込み、さらにテロリスト追跡に派生させていったところがアメリカ的かな、と。「オタク的情熱」をそのまま本職の仕事にして、社会に貢献してしまう、というところですね。

アメリカ的オタクパワーによるテロリスト捜査」への14件のフィードバック

  1. 対テロリストとは言え、一個人がキーロガーなどを用いる(普通には明らかに犯罪行為)ことが正当化されるのはいかがなものかな、と思いますが・・・
    しかし、それより、非常にすごい方であると思います。

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  2. 自分も、wired(日本語版)でこの記事を読んだとき、言葉遣いの不自然さとかでバレないの?というのが気になりました。 最近は日本文化に興味を持った外国人が日本のサイトに書き込みをしているのをチョコチョコ見かけますが、どうしてもどこかに不自然さが出てきます。
    実はこの人、FBIが水面下で大掛かりにやっているのを秘匿するための目くらましだったりして。

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  3. ご承知のようにイスラム教徒になるとコーランを必ずアラビア語で読みかつ詠唱しなければならないので、最低限のアラビア語が使えなければイスラム教徒で通すのは無理ですが、母国語はさまざま。英語を話す白人も多数。言葉の訛りでは「ジハドの戦士でない」と判断するのは不可能でしょう。サウジアラビアの王子に化けるのは無理でしょうが。
    しかしこの方、勇気がすごい…ですね。

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  4. 裁判官が捜査しているのは、三権分立(立法、行政、司法の分立)の問題にならないのかなあ。
    このことを思いついただけで自分をほめてやりたくなった、ぬるい元法学部生でした。

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  5. 何でもアウトソースの時代ですからな。
    アメリカ政府の諜報予算の70%は民間企業に支払われているそうな。
    このオネーサンもすごいすよ。
    http://www.thespywhobilledme.com/
    それにしても、Waterboardingを使った日本人を訴追しておきながら、
    それが拷問であるかどうか答えられない者を司法長官にするアメリカって何なんでしょうね。

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  6. HIS

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  7. > 「オタク」というのは侮蔑表現ではありません。
    とあるし、それはわかるんだが、文章読んでみてやっぱりオタクとは違うんじゃないかなぁ、と感じた。

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  8. アメリカに住んでいたことがあるんですが、こんなcrazyな人が裁判官だったらイヤだな。
    あとアメリカでminorityがこんなことやってたら反対にFBIにテロリストだってguantanamoに送られちゃいそうですね...

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  9. >犯罪行為が正当化されるのはいかがなものか
    私もそう思いますが、本件に限らず戦争・テロ関係の報道を聞いていて、この辺はアメリカという国の恐ろしさ、というか、日本で育った私の暢気さだな、と思います。アメリカは戦争中なのです。で、そもそも戦争って殺人という犯罪を行う場な訳で。そういう狂気の中では、「明らかな犯罪」などというものが存在しない前提で、「犯罪とは何か」「なぜそれが犯罪なのか」といったことをきっちり説明できないと、「自国民を守るためだったら何でもあり」という人たちと戦えないなぁと。
    >目くらまし
    FBIのあまりの無策ぶりを隠すための目くらまし、ということもありえるかも、とも思ったり。
    >三権分立
    この人、裁判官として調べている訳ではなく、家で個人として調べている訳で・・・。
    >司法長官にするアメリカ
    ま、あれはブッシュの傀儡だった訳ですが、「トップが決めたことは、どんな変なことでも迅速に実行されてしまう」というアメリカの仕組みを反映してるとはいえます。アメリカのCEOがとんでもなく高給なのも、トップがダメだと会社が崩壊するからなんだろうなぁという気がします。
    >アメリカでminorityがこんなことやってたら反対にFBIにテロリストだってguantanamoに送られちゃいそう
    日本の他のアジア人差別に比べればアメリカの人種差別はずっとまし。日本で韓国からの人が首相候補になる日はいつ?

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  10. >日本の他のアジア人差別に比べればアメリカの人種差別はずっとまし。
    http://oryza.perma.jp/sb/log/private/music/eid2788.html
    ↑一人の白人少年が黒人生徒6人に暴行される事件が起こった。
    被害者の白人少年は脳震盪を起したが、その日のうちに退院し、後遺症もなかった。しかし、加害者の黒人少年たちは「謀殺未遂罪」で有罪になった。最高で22年の刑だ。有罪を評決した陪審員は全員白人だった。
    こういうのを見ると一概には言えないのではないでしょうか? この間も、ヘアブラシで「武装」した18歳黒人青年、警官に銃で20発撃たれ手錠をかけられて死亡、なんて事件もありましたし。
    日本で人種差別で人が死ぬなんてことは、めったにないことではないですか?

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  11. >日本の他のアジア人差別に比べればアメリカの人種差別はずっとまし。
    Chikaさんの「アメリカ論」を読んでいて時々思うのですが、Chikaさんのお話に出てくるアメリカはアメリカというよりカリフォルニアといったほうがいいんじゃないでしょうか。批判とかではなく単純にそう思います。
    ↑の感想は人種差別の話題に限らないのですが、特に人種的なことに関してはカリフォルニアは結構特殊な場所だなと思います。もちろんニューヨークとかいろいろ他にも人種のるつぼ的な場所はあるわけですが。
    これはもう散々言われていることですが、アメリカって大きいのでどこまで「アメリカ」として話を進められるのかは微妙ですね。もちろん共通したマインドセットはあるようには思いますけど。

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  12. chikaです
    カリフォルニア、特にシリコンバレーが特殊なのはヨーク知ってます。(オークランドなんていう場所もありますが)。
    殺されるか殺されないかで人種差別の強さを測るんだったら、それは確かに日本の方がないでしょう。
    アメリカの場合、黒人差別は、人種問題にソシオエコノミクス問題が絡んでいて、一概に人種差別と片付けられないということもあり。「マイノリティ問題」にはアジア系は含まれないことも多い。(なぜなら、アジア系の方が白人より平均収入が高く、ソシオエコノミクス的に弱者でない。)
    オバマもカリフォルニアベースじゃないし。
    とはいうものの、こういう「多い少ない」という比較問題、特に日本とアメリカという全く違う文化背景で 比較するのってよっぽど綿密な調査に基づく証拠を出さないと水掛け論になりますね。反省。
    私が、「アメリカは人種差別の国」発言にいつも抵抗するのは、
    「アメリカは人種差別がある→だから日本人である自分がアメリカで受けいられるのは大変だ」
    という潜在意識の刷り込みで、アメリカで何かに挑戦する人が減るかもしれないのが歯がゆいから。そんなに怖いとこじゃないんだっ、というのが魂の叫びです。

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