「伊能忠敬式」は時代遅れ

<日経産業新聞2003年11月26日に掲載されたコラムです。>

 私は、日本の大手情報技術(IT)企業と米国の技術系ベンチャーとの橋渡しの仕事をしている。その中で、「すばらしい技術はないか」という問いかけを日本の方から受けることが多い。
 もちろんある。しかし、それは「まだまだリスクがたくさんあり、苦労して育て続けてやっと花開くかどうかわかる技術」だ。
 パートナーとなる大企業側は、その技術を自社の製品に組み込んだりしながら、一緒にリスクをとって育てていかなければならない。すぐ花開くような完成度の技術を持ったベンチャーがあったら、とっくに他の大企業が目をつけている。
 しかし、どうも多くの日本企業が「どこかに自分たちの知らないすばらしい技術があって、それを見つけさえすれば一気に事業拡大ができる」という夢が捨てきれていないように見受けられる。
 この裏には、日本の大企業での「伊能忠敬」の存在がある、と私は思っている。
 伊能忠敬は、言わずと知れた日本地図の父。全国を測量して歩き、最初の実測日本地図をつくりあげた偉大な人物である。一方、現代の日本企業にいる「伊能忠敬」氏は、社内のいろいろな部門がテンデバラバラにやっている事業内容や将来計画を調べ上げ、もっともらしい「戦略図」に落とし込むのが仕事。この「戦略」には、世の中に存在する技術やら事業が満遍なく含まれている。
 あまりに包括的に何でも入っているので、結果として複数の競合会社の「戦略」がほとんど同じになることもあるくらいだ。にもかかわらず、その上さらに「未知の技術」を探そうとする。「今までしてきたことで業績があがらないなら、今までしていないことを探そう」というわけだ。
 いわば、詳細な全国地図が完成しているのに「まだ見たことのない島があるかもしれない」と際限なく歩き回るような状態である。
 私はこれは、日本が発展途上国であった時代の名残ではないかと思っている。当時は、他の国に既にあるのに、日本では知られていないビジネスモデルや技術も多かったから、「What=何をするか」を探し出すのが大事だった。
 いうなれば、発展途上国時代は「歩き回って地図を描くこと」が「戦略立案」となった。歩く途中には、がけ崩れや嵐もあって、さぞ苦しかっただろう。しかし、地図を作り、それに従って猛然と働きさえすれば、先進国に比べて安価な人件費という優位性で勝つことができた。
 しかし、日本のIT企業は、今や人件費も技術水準も世界のトップレベルだ。しかも、インターネットをはじめとした国際的な情報網も発達、ほとんどの情報がリアルタイムで手に入る。「自分たちの知らない夢のようなビジネスのネタ」などもはや世界のどこにもない。
 もう、Whatを探し続けるのはやめよう。そして、すでに知っているWhatをじっくり検討し、その中で何ができるか、何を捨てるか、どうやったら勝てるかを徹底的に考えて、打って出よう。先進国は、手持ちの札で戦うしかないのである。

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