社会の上から下までリスクは一緒

San Jose Mercury Newsの日曜版にDesperate job seekers flood companies with electronic résumésという記事があった。

「Intel receives between 15,000 and 20,000 résumés each month. Stanford University has a database of 250,000 received in the past 2 1/2 years. Google receives 1,000 a day.」なんだそうだ。Googleは一日1000通ということは、1分半に一通届くのか。(ちなみに今年Googleは800人採用予定だそうだ。最近まれに見る景気のいい話だ。なお、私の周りの、技術者でない人の転職先では、最近はYahoo, Google, eBayがトップ3。)

「…particularly frustrating issue for many experienced job seekers: companies’ reluctance to hire people they deem overqualified. Employers say they don’t dismiss candidates simply because they held a lofty title during the dot-com boom — but they are concerned about hiring people whose actual job responsibilities would be substantially less than before.

“We know the reality is as soon as an appropriate-level job shows up, they’re going to take it,” Ledwin said.」

こうした求職難の中では、経歴が良すぎても雇用してもらえない。上の記述の後に、Waiter.comというレストランの出前代行会社では「配達ドライバーを雇用するときも、経歴が良すぎる人は採用しない。すぐやめるから」という記載もあった。ドライバーにすらなれないのか・・・・そういえば1年位前に、「大学卒という学歴を隠して、本屋のレジで採用してもらった、もと管理職」という人の記事も読んだことがある。

経歴がぴったりじゃないと雇用されないということは、元管理職だろうが、元プール掃除だろうが、職探しの難しさはあんまり変わらないということだ。

社会の上から下までリスクは一緒。違うのは期待収入だけ、ということか。

***

『日本で「high growth venture」がなかなか生まれない理由』を「ベンチャーと中小企業の違い」のエントリーへのコメントでJohnさんに質問いただいている。これは、世の中でいろいろといわれている通り、複雑な社会システム(教育・金融・行政などなど)に起因すると思うのだが、もっと突き詰めると、「日本人はhigh growth ventureがたくさん生まれるような環境が好きじゃないから」という好みの問題なんじゃないだろうか、と思う。

「社会システム」っていったって、それを作ったのは自分たち。第二次世界大戦直後はアメリカの意向があったかもしれないが、それ以降は自分たちの意志。日本人が、日本人の好みと志向で今のシステムを作り上げたのである。(好きじゃなかったら、これほど緻密に良くできていて、壊すこともママならない仕組みができるわけがない、と思う。)

「high growth ventureが生まれるような社会」は突き詰めていくと、アップダウンが激しくて、リスクの高い社会である。「学歴や地位を極めても安定が手に入らない社会でいいから、その代わり新しいものが急速にたくさん生まれる環境を作り出したい」という好みを持つ日本人はあんまりいないんじゃないでしょうか。

社会の上から下までリスクは一緒」への4件のフィードバック

  1. 日本人の好みの問題という議論も成り立つが、一方、戦後に日本が置かれた経済的状況という議論も成り立つのかもしれない。戦後の日本は当然ながら後進国として先進国へのCatchupを目指すしかなかった。現在は同じことが、中国や韓国で起こっていることは周知のとおり。そして、ご存じの通り、安い労働力を背景にした生産業によって経済的な体力を培った。その後もその生産業を徹底して追求してきた。
    私はそのような物の生産を行う場合に最も重要なことは社会の安定であると考えている。日本の生産業が成功した理由はいくつもあると思うが、必ず挙げられるのは非常に均質な労働力である。そのような均質な労働力は安定した教育によって作り上げられた。そして、その均質な労働力が均質な生産システムを作り上げ、その生産システムは均質な製品を作り出した。
    日本人は国民を含む国全体を生産のために作り上げてしまったと言うのは言い過ぎなのだろうか。

    いいね

  2. 「後進国として 先進国へキャッチアップ」は多くの国が一度は通る道ですよね。19世紀後半から20世紀初頭にかけてのアメリカだってそう。別に日本だけが特殊なわけではないでしょう。(ちょっと面白い例として、「世界最高峰の技術を持つ最も進んだ国の座から、歴史上いったん滑り落ちた中国」について最近良く考えますが、それはまた改めて)
    「作り上げてしまった」といっても、作ったのは国民である人間。「均質な社会」だって、それが好ましいと思う人が多いから、ここまで卓越したシステムができたのだと私は思います。

    いいね

  3. ピンバック: シリコンバレーの生活水準 | On Off and Beyond

  4. ピンバック: アメリカで働くのに修士は意味があるか | On Off and Beyond

コメントする

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中