年間1.8兆円をコンテンツ制作にかけるNetflixのカルチャー

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Netflixのトップのリード・ヘイスティングスがビジネススクールの教授と共著したNetflixの社内意思決定・人事方法の本、No Rules Rulesが昨日出版された。ヘイスティングスは地味な人なのであまり知られていないが、現在のシリコンバレーのトップの中でも異彩を放ち、かつ歴史に残る名社長だと思う。それほど長い本ではないので、本日聴き終わりました。

(余談ながら私の情報収集は最近すべからく音声。ポッドキャスト+オーディオブック。英語は音にすると単位時間あたりの情報量が日本語より多いこともあって、2〜3倍速くらいで聞けば(私が)読むスピードとあまり変わらないし、たるいところは聴き飛ばせばいい。それ以上に、聴きながら別のことができるのが素晴らしい。)

Netflixは「いつでも好きなだけ休暇が取れる」という「no vacation policy」を取り入れて有名になった。(今ではいろいろな会社で取り入れられるようになった。)

この本は「社員のクリエイティビティを向上させるためにあるべき人事・組織の管理方法」であるところのNetflixのカルチャーについて書かれた本なのだが、これは、真似するのはものすごく難しい、というのが最大の感想。

Netflixのカルチャーについては、2009年に125ページの社内プレゼンテーションを公開して話題になった。当時のオリジナルバージョンはこちら。

現在のバージョンは、同社採用サイトに7カ国語で掲載されており日本語もあります。かなりの長文だが、冒頭に

1. 社員一人ひとりの自立した意思決定を促し、尊重する
2. 情報は、広く、オープンかつ積極的に共有する
3. とことん率直に意見を言い合う
4. 優れた人材でチームを構成し続ける
5. ルールをつくらない

とある。これだけだと「ふーん」と言う感じで、「まぁ言うだけなら誰でもできる」という感じだが、その徹底ぶりは半端でない。

例えば2の「情報はオープンに」というのでは、4半期ごとの業績は、公開する数週間前に希望する社員にメールで送られる。これが世の中にリークしたら大事である。上場企業なので。しかし、「情報はオープンに」と決めた以上全てオープンにする、というのがNetflixウェイ。

4の「優れた人材でチームを構成し続ける」は最後の「し続ける」がポイント。

そもそもクリエイティビティが求められる職種に決まった給与レンジがなく、その人の市場価値に少し上増しした給与で採用する。さらに社員には他社からの引き抜きに積極的に対応し、オファーをもらったらそれがいくらだったのかを会社に報告することが奨励されている。「たかが給料くらいでうちの会社をやめないで欲しい」というメッセージである。しかも、社員から「X社からYのオファーをもらったからやめたい」と言われてから給料を上げるのでは社員は「本当は自分の市場価値がもっとあることを知っていたのに会社はそれを隠していた」という不信感を持つので、世間相場を常に調べて価値が上がったと思ったら先手を打って給料を上げるのだそうだ。

その一方で、The Keeper Testというのがあり、「その社員が辞めたいと言ったら引き止める努力をするか」という基準があり、たとえそれなりにちゃんと業務をこなしている人でも、「引き止めたいほどでない」となったらさくっとクビにする、というのも組み合わせである。上述のサイトから引用すると、

Netflixのユニークな考え方として、能力がいまひとつ振るわない社員に対して十分な退職金を提示し、ポストを空けることでさらなる優秀な社員の雇用に力を注げるようにしているということが挙げられます。プロのスポーツチームであれば、コーチの仕事は、すべての選手が自分のポジションで素晴らしいプレーをし、他の選手と効果的に連携できるようにすることです。Netflixは自分たちを家族ではなくチームと捉えています。家族の根幹は無償の愛です。ですから、たとえ素行の悪い兄弟姉妹がいても無条件に愛さなくてはなりません。一方、ドリームチームで求められるのは、最高のチームメンバーになれるよう自分を高めることや、チームメイトを深く気にかけることです。そして、自分も永遠にはチームにいられないという可能性も受け入れなければなりません。

(太字+下線は筆者)

「シリコンバレーの会社の社員はスポーツ選手のようなものだ」とは時々言われるが、本当にここまで徹底している会社は少ない。

The Keeper Testがどれくらい文字通り運用されているかと言うと、創業時からのメンバーで、上述の「Netflixのカルチャーについての125ページの社内プレゼンテーション」を作った人事のトップもプレゼンが公開された3年後の2012年に会社を辞めた。

しかし、彼女は2018年にNetflixのカルチャーについての本を出版しており、それにはヘイスティングスも、

“Magical! An enlightening ride through young companies bucking orthodoxy.

と言葉を寄せている。創業時(もっと言うと一つ前にヘイスティングが創業した別の会社時代)から一緒の盟友をクビにし、しかしそれ以降も交流が続くということ自体が「すごいカルチャー」の証明ではないでしょうか。

また、「経費やプロジェクト費用の決済権限のルールはなし、会社のためになるかどうかという基準で各自決定」というのもある。

そこに至るには紆余曲折があり、最初の頃は「会社のお金は自分のお金のように使う」という指針だったが、オフサイトに行く飛行機で、経営陣がエコノミークラスなのに普通の社員が皆ビジネスクラスという出来事が。ヘイスティングスは質実剛健な農村育ちで「誰でも自分のお金は倹約して使うもの」と信じ込んでいたが、世の中には借金してでも贅沢に使う、と言う人もたくさんいるということがわかり、「会社のためになるように使う」と指針を変更したり。

そういえば最初の独自コンテンツ、House of Cardsの制作もヘイスティングスに相談なく発注されたらしい(確か$100M≒100億円)。

そして「たとえ相手が上司でも、上司の上司でも、社長でも、問題点は率直にフィードバックする」というのもあって、これはトップのヘイスティング自身がまず自分の部下にフィードバックを頼みまくってそれを態度でも行動でも受け入れる、というところから始まっている。

なお、最後の章はGoing Globalと題され、「海外進出にあたり、この特殊なNetflixカルチャーがどれくらい他の国のチームに適用できるか」というものなのだが、日本で、日本人部下にアメリカ人上司が気軽に「私の行動で問題点を正直にフィードバックして」と言ったら、そんなことできませんと部下が泣き出してしまったそうだ。

日本では「気軽にいつでも」と言ってもフィードバックは難しい、ということで、予め「何が求められているのか」をきちんと説明し、フォーマルなフィードバックの会を開催することにしたら、真面目な日本人は準備万端で会にのぞみ、アメリカ以上に実のあるフィードバックが得られたそうだ。(何をどう言うか、予行演習してきた社員までいたらしい。)

一方、オランダはアメリカ以上に率直にフィードバックするカルチャーなので、「Netflixでは率直なフィードバックを」と言ったら、いちじるしく率直なフィードバックが直截に返ってきて、アメリカ人の方が凹んでしまった、とか。アメリカでは「批判をするときはまず良い点を褒めてから」というのが国全体に浸透しているが、オランダではいきなり問題点を指摘してそれで終わり、というのがそもそも普通らしい。オランダ人社員曰く「アメリカ人はガラスの心臓だからまず褒めてから問題点を言わないと、とNetflixにきて学んだ」。

(そういえばオランダ人と離婚した日本人の友達が「オランダ人は物言いがきつい」と文句を言っていたが本当だったのね。)


以上、優秀な社員ばかりだからルールなしでもやっていけるわけだし、それを保てるのは基準を満たさないパフォーマンスの社員にはやめて貰うからだし、相互フィードバックが成立するのは社長自ら辛いフィードバックを受ける覚悟が必要だし、、、と、いろいろなことが微妙なバランスの上に成り立っているのがこのNetflix方式。

うかつに一部だけ取り入れても全く機能しないと思いますので、やるならとことんやらないとダメですね。

なおNetflixの次なるゴールは「各国の独自コンテンツを最高の吹き替えで世界に配信」ということで、今ものすごい予算で、世界の吹き替え作業をやってるらしい。楽しみ楽しみ。

No Rules Rules: Netflix and the Culture of Reinvention

なお、Vox Mediaのポッドキャスト、Land of the Giantsのシーズン2はNetflixなのだが、これもそれなりに面白かったです。こちらはシーズン1のAmazonの方がもっと面白かったですが。

Cover for Land of the Giants

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