ずいぶんたってしまったが、前回に引き続きスタートアップからのシリコンバレー進出。前回は精神論的な話だったが、今回は「どこで会社登記をすべきか」、という具体的な問題です。
「これから会社を作るところ」というごく初期のベンチャーが、どうして会社登記の場所など心配しなければならないのかというと、それによって、将来アメリカの投資家から増資できる可能性が変わってくるから、というのが大きい。
結論から先に言うと、シリコンバレー進出を目指すなら、アメリカのデラウェア州か、タックスヘイブンのケイマンで登記するのがよいのではないでしょうか。(日本の投資家から増資して、日本で事業をするのであれば、もちろん日本で登記するのがよいです。はい。)
アメリカの投資家が望む登記の場所
会社は、登記した場所の法律に従ったコーポレートガバナンスをしなければならない。
例えば、あるところでは「株主には、全員同じ権利を与えなければならない」というルールがあったとする。で、そこで登記した会社が「普通株よりたくさんの権利が与えられた優先株を発行し、投資家はその優先株で投資する」という、アメリカではごくスタンダードなスキームで増資したとする。
その増資って無効じゃないの?
有効だとしても、優先株の権利は認められるの?
アメリカ型のベンチャー投資契約というのは、長い時間をかけて、投資家に有利な仕掛けがあれこれ織り込まれている。今まで投資したことのない国で登記されたベンチャーに投資するとなると、仕掛けの一つ一つが通用するかどうかをいちいちゼロからチェックし直し、通用しないところは変更を加えなければならない。そもそも、「投資家には、ファウンダーより大きな権利のついた別の株を発行する」という、肝心要なところが否定されてしまったらどうしたらいいのか。(商法改定前の日本がそれに近かったです。)
・・・というわけで、慣れ親しんだ登記地のベンチャーに投資したくなる気持ちはわかる。
さて、その「慣れ親しんだ場所」がデラウェア州なわけです。(州ごとに法律が違う。)
なぜデラウェアなのかというと、こちらにシリコンバレーの著名弁護士事務所であるところのWilson Sonsiniの弁護士、タクさんの説明があるが、それを要約すると
- 米国の投資家(ベンチャーキャピタル)がデラウェアの会社法をよく知っている、つまり慣れている
- ルールがよく整備され、運用も明快
- 効率的なコンプライアンスか可能 (株主総会での投票がオンラインでOKとか)
- 取締役が保護される(投資家が取締役を送り込むことが多いわけで、投資家にとってこれ大事)
とはいえ、デラウェア以外の州で登記された会社も、もちろんある。代表的なところではAppleはカリフォルニア登記。最近の会社でも、テキサスあたりの会社だとそれなりに組織的な外部投資家がいてもテキサス登記のところもあるような。
しかし、より多くのアメリカの投資家からスムーズに投資を受けたい、ということであればデラウェア登記にしておくのが最もローリスクではある。
アメリカのインキュベータ系ファンドはどうしているか?
最近はやりのアーリーステージベンチャーを育成するインキュベータ系ファンドもみなデラウェアを推奨。
Y Combinatorの投資先でデラウェア登記ではないところに会ったことは今のところ私はありません。(海外のベンチャーなど、例外的に違うところがあるかもしれませんが。)
500 Startsupについては、同社の弁護士に直接、「デラウェア登記じゃないところでも投資する?」と聞いたこともあるが、「非常に魅力ある海外のベンチャーなどで、例外的には投資したケースはある。が、やはりデラウェアがベスト」とのことでした。
AngelPadの最近の投資先でも、いくつかヨーロッパの会社があったが、AngelPadの投資に当たってデラウェアに登記を移したそう。
Facebookの映画、Social Networkでも、最初フロリダで登記したFacebookがデラウェアに登記を移す、というシーンがあった。(映画内で「かわいそうな人」的な扱いを受けるco-founderのEduardo Saverinが、なぜフロリダで登記したか聞かれ「だって、僕のお父さんがフロリダにいるから」みたいなことを答えるシーンがあったと記憶しております。「Saverinは起業の素人で、Facebookにはお呼びでない」という無言の圧力の高まりを醸し出すシーンの一つ。)
デラウェア登記の「デ」メリット
デラウェア登記にはデメリットもあって、「結局アメリカに事業進出しなかった」という場合でも、デラウェア州の税金を払い続けなければならない。会社の利益全部にかかるわけではなく、株数や資産の額で決まってくるものなのだが、額の計算をし、納税書類を作るだけでも面倒といえば面倒。その他の会社維持のための処理もずっと英語でアメリカ型でやり続けなければならない。これまた面倒といえば面倒。
さらに、こちらのY combinatorのディスカッションスレッドにあるように、正式に会社登記を解消しようとすると、その際に結構なコストがかかる、ということもある。回避可能ではあるのだが。(「軽い気持ちでデラウェア登記したら、登記解消するときに89,000ドルかかった」という、ある人のブログエントリーに関するスレッドだったのが、元エントリーが消えてしまった。元エントリーのコメントでも何人かが指摘していたし、このスレッドにも書いてあるが、正式に登記解消せずそのまま放置することで、このコストはなくなる。)
ケイマンはどう?
というわけで、将来アメリカで事業をがっちり立ち上げるかどうかが未確定な場合は、デラウェアは敷居が高い。
そういうときは、タックスヘイブンのケイマン島がいいのではないか・・・と思っている。何と言っても、法人税がただ同然なので、将来事業が大きくなって税金に頭を悩ます段階になっても、少なくともケイマンの分は心配しなくてよい。
(ただし、事業をしている国ごとに、別途税金は発生します。アメリカの法人税率はだいたい35%。インターナショナルにいろいろ操作するときわめて安くすることはできますが。Googleの実効税率は2.4%しかないらしい。)
「シリコンバレーも試したけれど、事業が立ち上がったのは日本、次に中国だった」みたいな場合でも、親会社をケイマンにして、日本、中国と子会社を設立していけばよい。
「ケイマン本社」というと胡散臭いと感じる人もいるかもしれないが、いろいろなファンドで、ファンド自身がケイマン籍なことが多く、また、中国やイスラエルなど(アメリカからみて)外国のベンチャーではケイマンをはじめとしたカリブ海のタックスヘイブンで登記しているところも散見されるので、それなりに真っ当に扱われると思うのですが、投資家の皆さんいかがでしょうか。
ケイマン本社にして、会社関係の資料を全て英語にしておけば、将来海外の投資家が来ても理解してもらいやすい。
・・・とはいえ、日本人のベンチャーでデラウェア登記しているところは複数出始めているものの、ケイマン登記したところは、私は会ったことがありません。何か問題点等あれば教えていただけると大変うれしいです。
とりあえず日本で登記して、後で移せばいいのでは?
残念ながら、事業が本格的に立ち上がったあとに、登記場所を海外に移すためのハードルはかなり高い。
「事業が本格的に立ち上がる」とは、
- 銀行にお金がたくさん入っている(増資または事業利益。もっと正確には、知的財産を含む資産の量が多い)
- 外部の投資家ががっちり入っている
前者のハードルは、多額の税金が発生する可能性があること。後者のハードルは、投資家に海外移転を納得してもらわないとならないこと。(前者は、2007年に日本でも可能になった「インターナショナル三角合併」というので回避できる可能性もあるので、興味ある人はグーグルしてみてください。)
実際問題としてかなり大変です。
ただし、事業が本格的に立ち上がっていなければ可能。たとえば、「ごく小額の投資を受けただけで、ユーザも収入も大してない数名のベンチャー」レベルだったら十分行けます。(この規模だったら、いったん日本の会社をなくして、全く新しい会社を設立しても。)
以上、「近いシリコンバレーに進出したい場合、どこで登記すべきか」というお話でした。
ケイマン登記は確か、実際にケイマンに住んでいる人が最低一人責任者としてサインできるようになっていることが必要と聞いたことがあります。
とすると、
1)信用できる人がケイマンに必要
2)パートタイムでも人件費発生
3)Faxでサインをやり取りにするにしても、多少のタイムラグ発生
等の点を考慮したほうがいいかもしれません。
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chikaです。
ケイマンは、それを専門にしてる弁護士事務所がちゃんとありそうですがどうでしょう?
実はアメリカも、最低1人はアメリカにいないといろいろ面倒です。登記は弁護士事務所で行けると思いますが、大変なのが、会社登記の後で行う銀行口座開設。
アメリカに誰かいないと口座が開設できない
↓
口座がないと、ファウンダーが株を買う資金すら払い込めない
↓
会社の資金量が証明できないのでビザが取れない
↓
ビザがないからアメリカに行けない
という堂々巡りになってしまうことが多いです。
ちなみに、Favstarのファウンダーのニュージーランド人の人は、twitterで「アメリカの口座が開けない」とつぶやいたら、アメリカの銀行の偉い人が彼をフォローしてて「まかせて!」とあけてくれたそうです。power of social!
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日本の場合には損失隠しだか裏金作りだかにも使われているタイムリーな国なので、怪しい所は怪しいんでしょうね。まあこれはケイマン諸島が悪いわけではなく、100%日本のO社が悪いんでしょうけれど。
「買収価格の3分の1に当たる6億8700万ドル(約520億円)もの手数料を財務アドバイザー(FA)に払っていたことだ。これは全く知らなかった。しかも、支払った相手は、英領ケイマン諸島にあるAXAM(アクザム)という会社などで、実態はいまだに誰も分からないという。そんなことが許されるわけがない。 」
http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20111025/223410/
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