さて、前回の「日本企業のアメリカ進出:組織づくりはトップから雇用する」の続きで、では、優秀なトップ(およびその下の数名)を雇用する枠組みについて。
前エントリーで書いた通り、「アメリカで売るものが決まっている」、そしてそのための手段として「ゼロから組織を立ち上げる」こともすでに決定済み、という前提です。
さて、まず第一に考えなければならないのが「報酬」。というわけで、「起業時の主要メンバーはトップのコネで連れてくる」でも触れた2008年のITベンチャーのマネジメントのアンケートを元に「相場観」をば。
左の数字がベースサラリー、右の数字がボーナスのターゲット。kは1000ドル。$1=100円と大雑把に換算すると、100k=1千万円なり。
- CEO: 236k, 102k
- President/COO: 183k, 58k
- CFO: 168k, 49k
- Head of Technology/CTO: 178k, 57k
- Head of Engineering: 163k, 39k
- Head of Sales: 167k, 98k
- Head of Marketing: 166k, 48k
- Head of Business Development: 168k, 66k
- Head of Human Resources: 113k, 28k
- Head of Professional Services: 156k, 68k
というわけで、人事部長はちょっと低めだが、それ以外はベースサラリーで150k以上、CEOに至っては236k。100円換算だとそれぞれ1500万円、2360万円。90円換算しても、1350万円、2100万円となる。
プラスボーナスが300万円〜1000万円。
加えてストックオプションとなる。
「私の知り合いはもっと安い額でベンチャーのマネジメントをやってる」
という人もいるだろう。実際そういう会社はいくらでもある。自ら起業した会社を軌道に乗せるまで食うや食わずで、、、というのはアメリカだってあります。あと、ベンチャーもピンきりだ。「きり」であっても、一か八かで頑張った結果うまく行く、というケースもなくはない。
しかし、「事業の成功確率を上げられるような優秀なマネジメント」を外から雇ってくる、という話なので、やっぱり業界平均くらいは給料出せないといかん。
さて、「アンケートによる平均」といっても、母集団によっていろいろな差が出るので、このアンケートがどこから取られているかだが、
- 全米の342社
- 49%がソフトウェア、残りは通信、半導体、コンテンツ、ITサービスなど
- 従業員数は、35%が20人以下。76人以上いる会社は18%のみ
- 売上は、22%がゼロ、41%が$5M(約5億円)未満
- ベンチャーキャピタル(VC)からの増資は、0-1回が23%、2回が同じく23%
ということで、「人もあまりいないし、売上も大してありません。」という状態なのであった。ただし、半分以上は3回以上のVC増資を行っているので、「急成長する可能性があると思われるベンチャー」ではある。
「日本側は大企業、または既に大きな利益が出ている会社だ。そういうところが親会社で設立するわけで、リスクは全くのベンチャーより低い。安定している分、給料も低めでいいのではないか」
と思う人もいるかもしれない。
しかし、
- どれほど日本で利益が出ていようが、アメリカで事業をゼロから立ち上げる、という意味において、望ましい人材は、「普通のアメリカのベンチャー」と同じ。となれば同じ給料を出す必要がある
- 「日本企業の子会社」ということは、「やっぱりアメリカは上手くいかないからやめた」といって引き上げるリスクがある。アメリカでうまくいかなければ他がない地元ベンチャーに比べて、働く人間から見たらリスクがより高いとも考えられる
さらにいえば、日本企業側が大企業だったり、ベンチャーであっても既に上場してしまっている場合、
- ストックオプション等株式によるアップサイドが低い分、「普通のアメリカのベンチャー」よりもキャッシュ部分を大きくする必要性もある
というデメリットもある。(日本側が未上場の場合は、親会社のストックオプションを出すことで、この最後の点はクリア可能。ただし、「日本で上場したときに自分の株が本当に売れるのか」という微妙な懸念を持たれる可能性はあるが、まぁなんとかなる。その辺はまた後日。)
また、別の反論として、既にアメリカで大きく事業を行っている大企業の場合、
「これまで現地採用してきた人たちは、そんなに高くないぞ」
と思うかもしれないが、「既存事業をきちんとこなせる人材」と、「ゼロから立ち上げられる人材」は全然違う人達なのでした。
というわけで、「相場より低い額で優秀な人材を取る」という野望は捨ててください。
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さて「ゴール設定」の方です。
前述の給料では、「ボーナス」分があるわけですが、これはもちろん成果ベースなわけだが、成果って何だ、という話になるわけです。
これはもう事業次第なので、ここで「こうだ」とは言えないのだが、ゴール設定が必要なのは明らかですよね。
明らかなのであるが、実際には
「取りあえずはじめてみて、様子を見ながら何となくよろしく進める」
というのが日本の人は好き。大変に常套表現で恐縮だが、日本は社会的に育ってきた背景が似ているので、大して考えることに差がでない。また、プライベートを犠牲にしてでも仕事仲間と日夜行動を共にしながら、家族のようなあうんの呼吸を生み出し、相手の欲することを言外から汲みあって形にしていくのが仕事のパターン。だから、「様子を見ながら」が通用しやすい。
が、しかし、今回は相手は異文化の人。しかも、本当の意思決定者は日本にいる可能性が高いので地理的にも遠い。こういう時は、きちんと何が目標なのかを言語化して共有することが大切。目標は何も売上だけではない。製品によってはリードタイムが長く、なかなか売上が立たないこともあるし。それ以外でも、どのような組織を立ち上げるのか、どのようなマーケティング活動をするのか、などなど、いろいろな目標がありえるはず。そのあたりをきっちりと話しあって決めるのが大事かと。
一方で、これまた日本の「普通」とアメリカの「普通」がずれるところとして、マイクロマネージするかどうか、という問題がある。日本では、明快に目標を定めない代わりに、日常の細かい意思決定の隅々まで連絡・報告しあう、ということが行われがち。一方、そもそも独立新旺盛なアメリカで、しかもゼロから事業を立ち上げられる独立独歩の気質に富んだ人をそこまで細かにチェックするのは、相手も嫌がるし、非効率だったりする。
Gilt Groupeという会員制のブランド品ショップの会社があるが、そのCEOのSusan LyleがNew York Timesのインタビューで言ったこと:
I don’t buy a dog and bark for it.
彼女が、過去、とある雑誌の編集長になった時、社長であるボスにフィードバックを求めようと自分の原稿を見せたところ言われた言葉。「犬を買ったら、吠えるのは犬任せだ」と。ひどい表現だがつまり、「君に任せた雑誌なのだから自分で考えろ」といわれたわけですね。彼女はそこで「そうか、自分がこの仕事のNo.1なのだ」と自覚を持つに至った、と。
この人は、今はシリーズC(3回目のVC増資)まで行ったGilt Groupeの雇われCEOなわけですが、例えばでいうと、こういう人達が相手なのです。
マイクロマネージするのではなく、目標を設定して、そこにどう至るかはプロである相手に任せる、というのが大事(逆に言えば、それが任せられるような人を雇うのが大事)。ただし、あまりに遠大な目標で「2年たって蓋を開けたらうまく行ってませんでした」というのはまずい。
というわけで、前述の
- 最初に中・長期で達成したいことを共有する。(「XX市場でシェアYY%を達成する」とか)
に加え、
- その達成ゴールに到達する過程で、短期的にも成果の達成度合いが明確にわかるよう、いくつかのマイルストーンを設ける
というのが肝要だと思います。例えば、最初は本当にどのようなのがゴールかすらわからないのであれば、そのゴールを定め、ビジネスプランを明快にするのが最初の3ヶ月の目標、というのもありです。
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なお前回のエントリーを書いたときTwitterで「日本から送り込む社員が米のトップになるという選択肢はないのか」というコメントを頂いたのですが、なくはないです。ただし、その下にくるEngineeringやSalesのトップは上記の給与体系にすること。(日本から来た人の給料より高くなる可能性が高いですが)。
まぁ、でも一般論でいうと、前回も書いた通り、日本から来た人が「上司」を雇った方がうまく行くと思います。マネジメントのプロとでもいうなら別ですが、そういうスキルセットを持った日本の人はあまりいないので。文字通り郷に入れば郷に従え、です。
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では、次回は、「優秀なexecutiveのに出会うための方法」です。
報酬体系について: こういった報酬体系は日本企業の現地法人の既存組織には合わないことが多そうですよね。私が体験した新規事業の立上げでも、報酬体系で揉めていました。受け入れるためには現地法人トップの英断が必要でした。
ゴール設定について: 一言私が感じたことを。米国と日本ではゴールの重みが違いますよね。米国では、一旦コミットしたらもうそれに向かって一直線というか。ゴールの達成のためなら、組織やマーケティング戦略などの変更も大胆に打っていく。下手にチャレンジングな目標を与えると、大きなリスクを抱えた運営になりがちです。また、逆にゴールに含まれていない指標は悪くなってしまってもあまりケアされない。おそらく、多くの日本人のマネジメント層は、このゴール設定の重要さに気付いていないのではないかと思います。
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“I don’t buy a dog and bark for it”っていうのは、面白い表現ですね。でも、確かにこれを聞いて、「私を犬にたとえるの?」とか怒るんじゃなくて、「そうか、自分がNo.1なんだから、自分で何でも判断せねば。」って思えたLyle さんも偉いですね。
千賀さんの文章を読んで思ったのは、たぶん問題は日本の大会社がアメリカに進出するとき、日本国内に新しい支店を出す程度の気分でいるときが多いってことじゃないかな、って思いました。本当は、シリコンバレーとはいえ、とにかくアメリカという高度な文明が発達した国に、新たに進出するんだったら、そのトップは、彼・彼女が日本人だったら、自分の会社の本店で重役になれるような、そういう資質を持った人を雇わないとダメなのに。
ただ良く分からないのは、日本人が自分のボスを雇ったあと、その日本人とボスの関係って、うまく行くものなの? ボスから見ると、その日本人って、日本にいるボスのボスとつながっていて、やりにくいんじゃないかと思うし、日本人も自分がボスを雇った、っていうのは微妙な感じがするけど。。。それとも、新しいことをやっている、っていう共通課題があると、そういうこと問題にならないのかな?
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