ダンナは(私からも)隠れキリシタン

うちのダンナはクリスチャンである。教会に行ったりはしない。高校生の時、聖書を読むサークルに入り、そこから信仰が始まったそうだ。

前もちょっと書いたが、ダンナがクリスチャンであることを初めて知った時は、

「ブルータスお前もか」

とびっくり。なんでブルータス・・・と思ったかというと、アメリカ人の信心深さに疑い気持ちでいたから。昔書いたThanksgiving(と宗教の話)Survey of America 1, Survery of America 2あたりを読んでいただけるとわかりますが、アメリカには

  • 聖母マリアの処女懐妊を信じる人が、進化論を信じる人の3倍いる
  • 58%の人が、「神を信じない人はモラルがない」と考えている

んです。

進化論を信じないってドウイウコトデスカ、と思うんですが、まじめに「義務教育で進化論を教えるのは選択にすべき」、と論じる人が一杯いる国なのである。去年あたりから特に話題なのが、

Intelligent Design

という主張で、これは大雑把に言うと

「生物は進化したかもしれないが、それは、神様が最初に『そういう風に進化すべきだ』と計画し、その設計図に従って粛々と進んできているのである」

という説。(詳しくはWikipediaとかで読んでみてください。)

「Intelligent Designも、進化論と同等の理論として、義務教育で教える」

なんていう法案が真剣に論議されたりしてます。すごいねぇ。

・・・という背景の中、ダンナがクリスチャンであることを知ったので、「ブルータスお前もか」と思ったわけです。

私は、生粋の無神論者というわけでもないが、人格(もしくは意思)を持った全知全能の「神様」という存在は信じられない。ダンナもそれはよく知っているので、宗教の話は我が家では基本的にあんまりしません。はい。

でも、時々ジャブ的にダンナに各種のクリスチャン的世界観を聞く。Intelligent Designについても

「どう思う?」

と聞いたら

「That’s one possibility」

とのことでした。むむ。その時

「ちょっと恥ずかしいことだけど、自分はそう考えている」

という時にいつもする照れくさそうな表情になったので、ダンナ的にはかなりまじめに信じているのではないか、、と推測されます。はい。

で、も一つクリスチャン的信念に

「世界は4000年前にできた」

というのがある。これについても恐る恐る

「どう思ってる?」

と聞いたところ、

「宇宙の始まりには、時間は今のように流れていなかった。相対性理論だな。だから、今の時間単位での4000年前ではない」

とのことで、これはホッとしました。さすがに「That’s a possibility」と言われたら慄きます。(ちなみにダンナは宇宙工学専攻で、元人工衛星エンジニアだったのでした。)

***

さて、うちのダンナのいい所は、私のすることに全く干渉しない事だ。出張で飛び回ろうが、異性と2人で食事に行こうが、「はいはい」てな感じである。(私がいない時は、自分の好きな肉の揚げ物がたらふく食べられるので、嬉しそうですらある。)

一方で、何か真剣に相談しても「自分のことは自分で決めてくれ」と、つれないことおびただしい。

最初の頃は結構もめた。だってですね、二人の将来がかかっているような重大な決断でも

「自分のことは自分で決めてくれ」。

相談内容が、「ダンナを1人アメリカにおいて、長期的に外国で働く。いつ帰ってこられるか不明」みたいなことでもそう。

いくらなんでも、ここまで相談に乗らないのはいかがなものか、と何度かもめた(私が怒った)後、

「今日の相談を聞かなかったら殺す」

みたいな脅しをしてから、真剣に話はじめたことがあった。ダンナも「今日聞かなかったらマジやばいっす」と思ったらしく、テーブルを挟んでいすに座り、神妙な顔をして私の話を聞き始めた。

・・・しかし、段々とダンナの瞳孔が開いていくのが手に取るようにわかる。それでも、集中力の限りを振り絞って私の話を聞こうとしていたようだが、しばらくすると、ついに頭ががくっと前に倒れ、あろうことかイビキをかき始めた。

「ぷすー、ぷすー、ぷすー」

その時私は死ぬほど怒った・・のではなく、実は、笑っちゃったんですな、これが。なんか、まじめなことをやってる最中に突然バナナの皮で滑って転んだ、みたいな究極の笑いがこみ上げたのであります。ダンナも

「興味のない話を聞くべく気力の限りを尽くしましたが、限界が来てヒューズが切れるように意識を失い、うっかり寝てしまいました」

みたいな感じで、とってもコミカル。で、その時、

「人間、できないことはできないのである。ダンナは他人に干渉するのが心のそこから嫌なのだ。人にアドバイスする、というのは干渉の一部。ダンナには、アドバイスも含め干渉することがカラキシ不可能なのである」

と悟り、アドバイスしないのはダンナの美徳、と意識を入れ替え、今日に至ります。二兎を追うものは一兎をも得ず、ってやつです。干渉されたくなかったら、親身のアドバイスも求めないというわけじゃ。

***

して、これが宗教の話とどう絡むかというと、ダンナはクリスチャンであるからして天国なるものも信じている。(本人に聞いて確認した。「天使がひらひらと飛び交う雲の上の国」ではなく、もっと形而上的なものと考えているそうだが。)ということは、クリスチャンである自分は死んだら天国に行くが、そうじゃない私は死んだら地獄に行く、ということを黙認してるということになる。

「どうして私をクリスチャンにしようとしないわけ?自分は死んだら天国に行くけど、私は地獄に行ってもいいや、ってこと?」

と聞いたところ、さすがにたじろいだ様子で

「いや、僕だって天国にいけない可能性もあるし、君が改宗するとはとても思えないし・・・ブツブツ・・・・」

と目を伏せていろいろ言っていたが、多分これは単なる言訳で、まぁ「他人に干渉したくない」ということの延長線なんでありましょう。

実際私も、「天国にいけないと困るからキリスト様を信じなさい」とか言われたら、精神的空手チョップを繰り出すと思うんで、ダンナは全くもって正しいのだが。

というわけで、うちのダンナの干渉嫌いは筋金入り、という話でした。

ダンナは(私からも)隠れキリシタン」への26件のフィードバック

  1. 不思議すぎる感覚です。
    別にそれが悪いわけではないけど、理解ができない。
    でもしょうがない。
    っていうことをぐっと飲み込んだままっていう状態って。。。
    ただやっぱり不思議なのは、「自分のことは自分で考えろ」という徹底ぶりがものすごく合理的な考えかただと思うのと「神がいる」と信じちゃうことの脳の中でのつながりがどうしても想像できないことです。
    うーん、不思議だ。
    そういう不思議さって、数学の定義が何でそうなってるのか意味わかんなかった(って定義だから意味を考えても無駄なんだが)高校のころの悶絶感と似ている?いや、そんなもんではないのでしょうね。

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  2. 『これはホッとしました。さすがに「That’s a possibility」と言われたら慄きます。』
    慄えたほうがいいのでは?
    文脈からすると、ダンナさんは「That’s a possibility」ではなく、なんらかの解釈によって「4000年」という数字を正当化できると思っているわけでしょう。正気ではないと思いますよ。
    今から4000年前にどんな出来事があったか勉強させてはいかがですか?

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  3. chikaです
    >別にそれが悪いわけではないけど、理解ができない。
    でもしょうがない。
    っていうことをぐっと飲み込んだままっていう状態
    これが「他人を尊重する」ってこと、と私は思ってます。とても難しいことですけど。同じ信念を持つ相手を認めるのは、ま、やる気さえあれば簡単ですが、そうじゃない相手を認めるということが尊重、と。
    >今から4000年前にどんな出来事があったか勉強させてはいかがですか?
    いや、ダンナも、地球の歴史が人間yearで45億年ってのとかはよく知ってます。大丈夫ですよー。

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  4. うちの旦那さん(フィリピン人)は、生まれた時からカトリックです。教会には行かないけれど、聖金曜日には会社をお休みし菜食したりする人でしたが、どうやら最近自分の信念に疑問をもち始めたみたいで、「The God Delusion by Richard Dawkins」、「The Language of God by Francis S Collins」を並行して読んでいます。前者は「宗教=悪」と説いていて、後者は「科学の中にも神を見いだす」と言う内容らしいです。
    あまり宗教のことを深く考えることなく日本で育った私には、科学と宗教を同時に信じている人の頭の中がどうなっているか、全く理解できないけれど興味はあるので、宗教の話はよくします。宗教が違うと結婚が長続きしないとか言いますが、とりあえず相手を「尊重」出来なくなる程の考えの違いではないので、今のところなんとかやってます。聖金曜日に菜食とか、私が大晦日に蕎麦食べるのと同じ感覚だと思ってます。

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  5. 質問ですが、
    無干渉(非干渉?)なダンナさんと相手を尊重するちかさんは、どのような経緯で、ご結婚に至ったのですか。

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  6. > 「興味のない話を聞くべく気力の限りを尽くしましたが、限界が来てヒューズが切れるように意識を失い、うっかり寝てしまいました」
    (笑)! すごい旦那様ですねー。
    まじめに千賀さんの気持ちに答えようとされたんでしょうね。結果はともかくとして。
    でも、そんな無干渉主義が綻びる瞬間をつい見てみたくなりますな。 性悪ですが。。

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  7. 「ぷすー」のくだり、大笑いしてしまいました。私の夫にも通じるところがあるかも。どんなに一生懸命にコミュニケーションを取ろうとしても、ダメなところはダメなんですよね。知性がないのならあきらめもつくけど、やけに頭のいいところもあるので、かく乱されるというか・・・。
    こっちが口角泡飛ばして頑張っても、一言「いいじゃないですか(どーでも)」みたいな反応、よくあります。
    そういう非干渉の関係に疑問を感じる人もいるかもしれないけど。そういう変わった人にしかない、独特の滋味がありますからね・・・私は良いと思います。

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  8. chikaです。
    >無干渉(非干渉?)なダンナさんと相手を尊重するちかさんは、どのような経緯で、ご結婚に至ったのですか。
    ちなみに、うちは、ダンナも私も非干渉・尊重型、です。ま、単に「冷たい人」という説も大いにあります。大学院のクラスメートで、その後適当に付き合って結婚に至りました。質問の答えになってない?でも、他に形容の仕様がないんです・・・・。
    >無干渉主義が綻びる瞬間
    えー、無理してがんばって無干渉なんじゃなくて、骨の随からそう言う性格なんですよネェ(じゃなかったら、寝ないだろう、という・・)
    >そういう非干渉の関係に疑問を感じる人もいるかもしれないけど。そういう変わった人にしかない、独特の滋味があります
    そうそう。疑問を感じるのを超えて「間違った関係である」と決め付ける人もいたりします。でも、本人同士がいいからいいんじゃないですか、と。。うちはとっても仲良しだし。

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  9. 前に何かで
    「科学(ここでは分子生物学)を突き詰めていくと、どうしても神の存在を感じてしまうような事実に突き当たる。」(うろ覚えですが・・)
    というような文を読んで、大学で分子生物をかじっている私も、「ほー。」と思ったことがあるのですが、そういうのはやはりダメ科学者なんでしょうかねぇ(^^;)?
    私は根っからの無神論者なんですが。(困ったときの神頼みはしてしまう典型的日本人ですが・・汗)

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  10. 日本では
    進化論を肯定しないと世間体が悪いと思う人が多く、
    神様を信じるのは幼稚で世間体が悪いと思う人が多く、
    そのくせ幽霊は本気で怖がる(←これは世間体に影響しないらしい)
    だから時代が変わり日本の世間が変化したら、主体性のない日本人
    はどんなとんでもないことを信じるようになるのか今からワクワクします。
    ところで中国系のクリスチャンはキョンシーを怖がるのでしょうか?

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  11. この世界を作ったのはFlying Spaghetti Monsterに決まってるじゃないですか!
    てな話はおいといて。
    充分な教育を受け、理性的で科学的な思考を行う能力を身につけているはずの人が、それでも宗教を捨てられないという事実に、以前から強い興味を覚えていました。ダンナさんのような人は、科学と宗教の矛盾に、自分の中でどう折り合いをつけているんでしょうね?
    ところで、偶然ですがついさきほどまでJ.P.ホーガンの「造物主の掟」という本を読んでいました。 「神は果たして存在するのか?」というテーマにSF方面から切り込んだ作品で、なかなか面白かったです。1983年の作品ですが、今で言うIntelligent Designにも繋がるような話が展開されていて、興味深い作品です。

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  12. 私は逆に、「理性では説明できない信仰を持つことが理解できない」というのが不思議です。私は既存の特定の宗教を信仰してはいませんが、自分のこれまでの人生を振り返ってみて、全て理性的に説明できる行動を取っていたとはとても思えません—むしろ大きな決断は全て、理性とは別の原則によって行っていたように思えます。
    宗教の本来の意味は形而上のものに手を届かせるデバイスだと思うのですね。「科学と宗教の矛盾」という場合は、宗教がたまたま形而下にはみ出してきてしまっている部分と科学とが不協和音を奏でているわけですが、それはデバイスの不完全性であって、手を届かせたい本来の「何か」は科学と矛盾するようなものではないと思うのです。
    “It seems logical, but logic has little to do with the way people behave.” — Stephen King
    “…, but attempting to climb Everest is an intrinsically irrational act—a triumph of desire over sensibility. Any person who would seriously consider it is almost by definition beyond the sway of reasoned argument.” —Jon Krakauer

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  13. 私見ですが、旦那さんの態度は合理的で理解できます。非常に「アメリカン」だと思います。「意思決定」というのは自分だけの義務で、自分しか出来ないというのが基本です。「自分が一番世の中で大事」というのが基本ですが、自分の行動が相手にどういった影響を与えるかという事を考えた上で自分に一番有利な意思決定をするのも本人の義務ですよね。だから、その判断がほぼお互いの利益に沿うのがパートナーである夫婦のあり方なのでしょう。その判断がパートナーとして二人のためにならないなら、パートナーシップは破綻するわけです。破綻させないのが理想ですが、成り立たないパートナーなら破綻したほうが良いという見方もあります。パートナーを組むためにビジネスをするのではなく、ビジネスするためにパートナーを組むわけですから。だから、千賀さんの話には、旦那さんが相手に興味を持たないというような態度の問題ではなく、彼の行為は論理的な理解から出てきているのだと思うのですよ。言ってみると非常にオトナですね。
    パートナーと大げさに言わなくとも、仕事仲間なら、こういった場面は日常にあります。一番状況を知っているプロジェクト・マネジャーは、自分がその意思決定に「責任」を持つ義務があるわけです。外野が「絶対にヤレ、儲かる!」と言ってきたからといってそのプロジェクトを強行して、それが失敗に終われば、外野にまったく責任はありません。プロジェクト・マネージャーの責任ですね。実際に、意思決定をする場でやたら「相談」が好きな人が居ますが、この多くは自分の意思決定が既に出来ているのに、同意をしてもらえることによる「安心」を買うのが目的という印象を持ちます。
    もうひとつ、私もクリスチャンではありませんが、「宗教を否定する行為」もまた宗教でもありますな。

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  14. 私見ですが、旦那さんの態度は合理的で理解できます。非常に「アメリカン」だと思います。「意思決定」というのは自分だけの義務で、自分しか出来ないというのが基本です。「自分が一番世の中で大事」というのが基本ですが、自分の行動が相手にどういった影響を与えるかという事を考えた上で自分に一番有利な意思決定をするのも本人の義務ですよね。だから、その判断がほぼお互いの利益に沿うのがパートナーである夫婦のあり方なのでしょう。その判断がパートナーとして二人のためにならないなら、パートナーシップは破綻するわけです。破綻させないのが理想ですが、成り立たないパートナーなら破綻したほうが良いという見方もあります。パートナーを組むためにビジネスをするのではなく、ビジネスするためにパートナーを組むわけですから。だから、千賀さんの話には、旦那さんが相手に興味を持たないというような態度の問題ではなく、彼の行為は論理的な理解から出てきているのだと思うのですよ。言ってみると非常にオトナですね。
    パートナーと大げさに言わなくとも、仕事仲間なら、こういった場面は日常にあります。一番状況を知っているプロジェクト・マネジャーは、自分がその意思決定に「責任」を持つ義務があるわけです。外野が「絶対にヤレ、儲かる!」と言ってきたからといってそのプロジェクトを強行して、それが失敗に終われば、外野にまったく責任はありません。プロジェクト・マネージャーの責任ですね。実際に、意思決定をする場でやたら「相談」が好きな人が居ますが、この多くは自分の意思決定が既に出来ているのに、同意をしてもらえることによる「安心」を買うのが目的という印象を持ちます。
    もうひとつ、私もクリスチャンではありませんが、「宗教を否定する行為」もまた宗教でもありますな。

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  15. 質問のご回答ありがとうございました。
    そうですか、大学院のクラスメートがきっかけだったんですか。つまり、スタンフォード大学院で同じような分野を勉強されていたということですね。仲が良いっていいですね。仲が良いから許せることも多いんですよね、きっと。空気感が似ている、ってことなんでしょうか…。

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  16. 個人的に、アメリカ人の宗教観にはとても興味があります。
    私は理系の研究者で、宗教と研究が矛盾無く思想として共存する状況がわかりません。
    親しい友人に質問することもありますが、やはりピンと来ず。あんまりつっこむのもどうかと思うので未だにムズムズしています。家族だと聞きやすくていいですね。うらやましいです。
    そして干渉しないという話は実感としてよくわかります。
    私の彼も「君は君のキャリアを優先して。僕も僕のキャリアを優先したい。」というスタンスで、たまに泣きたくなります。私はどちらかというとclingyなので・・・
    アメリカ人って皆そうなんですか? (T_T)

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  17. こんにちは、いつも楽しく読ませてもらっています。
    初めてコメントしますが、ダンナさんは本当にかわいい人ですねー!そして、すごくアメリカ的。一生懸命千賀さんの話をリスペクトをもって聞きつつも限界だったってのが
    すごく伝わって、許せちゃいますね。笑
    でも、私もNYの大学に行ったのですが、
    文化人類学を専攻しながらも大真面目に進化論を
    信じないアメリカ人に衝撃を受けたこと思いました。
    私から見れば宗教戦争などあほらしいって思いますが
    そういうアメリカ人を見ると納得。な気がします。。。笑

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  18. 今思えば、アメリカ人男性達は幾つになってもちょっとの事で頬をぽっと赤く染めるような純な人がなんと多かった事か。。
    彼らの純粋なところは育った環境もあると思いますが、宗教の教えもあると思います。(信じやすいところとか影響されやすいところとか。。)でも度が過ぎると今度は”無知”になってしまうのかもしれませんが。。
    それが性格とはいえ、旦那様に一切干渉されないというのは女心としてはどうなのでしょうか。
    大切な人だからこそ費やせる会話のエネルギーというのがあると思います。働く人達はこれを職場でも実行しないといけないので(難しいですが。。)、家庭での会話がおろそかになりやすいのかもしれません(エネルギー切れで。。)良いコミュニケーションは良い関係を築くと思います。特に家族や旦那様など大切な人達の場合など。

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  19. はじめまして
    突然の書き込み失礼いたします
    非常に面白く読ませていただきました!
    干渉と心配して世話を焼くって=なんでしょうかね?
    干渉と愚痴をただ聞いてやるって=ではないと思う私でした。
    ふっと笑わせてもらえちゃうダンナさまもかなりいいですね!
    文化の違いは幼いころからの生活にしみこんだ信教の刷り込みの違いなのだと思うことが沢山ありますが、ちょうど宗教って??と思っていたので自分的にグッドタイミングなお話でした。

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  20. chikaさん、はじめてコメントします。
    いつも楽しく読ませてもらっています。
    うちの主人、chikaさんの旦那さんとそっくりです。
    クリスチャンではありませんけど。
    実の母親(私からすると義母)からも、「お前は相当変わり者だ」とさじを投げられてます。
    私も、結婚当初は「私の話、聞いてよ!」って、ぶちきれることが何度もありましたが、最近は気楽な自分の立場を楽しめるようになりました。。
    (育児も家事もよく手伝ってくれるので、休日は結構羽を伸ばさせていただいてます。)

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  21. chikaです。
    >ところで中国系のクリスチャンはキョンシーを怖がるのでしょうか?
    これは、以前ダンナに「キョンシーの実演」までして、聞いてみたのですが、キョンシーそのものを知らないということが判明しています。サンプル数1ですみません。
    >ダンナさんのような人は、科学と宗教の矛盾に、自分の中でどう折り合いをつけているんでしょうね?
    ダンナのMIT時代の教会友達と言う人とダンナの会話を聞いたことがありますが、これが「Theology論議」。神学的にいかに科学を理解するか(もしくは、いかに科学的に神学を理解するか)ということを真剣に考えてる模様です。ま、私たちが、科学と幽霊を両立させ、しかもお盆と墓参りをするのと同じようなこと・・・・じゃないんだな、これが。もっと理論的にいろいろ考えてる模様です。
    >デバイスの不完全性
    そうそう。。。そうなんですよね。科学が進歩する前に、いろいろな事象をわかりやすく説明しよとして、不完全性が生じたと言う気がします。
    一方で、人間を圧倒的に敵対させる力を持という宗教の側面を考えると、宗教が悪であるよう感じることもあります。
    しかし、しかし、宗教を持たない人たちの集団と、宗教を持つ人たちの集団では、少なくともその内部においては、後者の構成員の方が幸せである、というのは真実であるように思います。「神は死んだ」と叫ばれて、その後に残る不条理な世界を生き抜くのは結構しんどいのでしょうか、やっぱり。
    >干渉と心配して世話を焼くって=なんでしょうかね?
    これについては、いろいろ考えるのですが、やっぱり突き詰めると=である気がするのですがどうでしょうか。
    >判断がほぼお互いの利益に沿うのがパートナーである夫婦のあり方
    そそ、そうです。うちは大体そういう感じでやってます。
    >私の彼も「君は君のキャリアを優先して。僕も僕のキャリアを優先したい。」というスタンスで、たまに泣きたくなります。私はどちらかというとclingyなので・・・
    アメリカ人って皆そうなんですか?
    いや、そうじゃない人も結構いますよ。今の彼と一旦別れて、そういう人と付き合ってみては??どっちが自分に合ってるか、よーく試すのが大事かと。。。。(「逃した魚はでかかった」、、、と後で後悔しても、後の祭りですけど;-p )
    >宗教戦争などあほらしい
    確かに確かに。シーアかスンニかで争うとかって、本当に不毛だなぁと思います。とはいうものの、現代日本は「宗教を失った不幸」を存分に味わってるんじゃないかなぁ、という気もします。
    >それが性格とはいえ、旦那様に一切干渉されないというのは女心としてはどうなのでしょうか。
    干渉されないのは超ハッピーなんですけど、「私のために何かしてあげる」という心がけがなくなるのはいかん、と思っています。(ほほほ)。ダンナは心がけのなくなる方向に流れがちなので、時々鞭打ってます。
    >良いコミュニケーションは良い関係を築くと思います。
    一概にそうでもないらしいですよ。「話が少ないがゆえにうまくいってる夫婦」も結構あると聞いたことが。あ、でもうちの場合、二人でいる時間が長いから、言葉にしないコミュニケーションが多いということもあるかな。(一緒にBattlestar Galacticaを見るとか。笑)
    >最近は気楽な自分の立場を楽しめるようになりました。。
    二人がよければ、何でもあり、ですよね。。。

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  22. うーん、私の知っている限り、「自分は宗教を持たない」という日本人の98%ぐらいは、実は”八百万の神様”を信じていますよ。お米をもったいなくて捨てられかったりするのは、心のそこで稲の神様からの送りものだと思っているからだったるするわけで。私は100%キリスト教環境で育った数少ない日本人ですが、そのへんの影響の根深さはよーくわかります。(びみょーにアメリカ人のキリスト教徒とは感覚が違うのだ。)
    日本古来からの自然信仰・多神教信仰がすりこまれているという意味で宗教をもっているけれど、キリスト教やイスラム教のような一神教には共感しがたい、というほうが正し理解ではないでしょうか。
    そして、多神教の信者はいろいろな神様に寛容なので(だから仏教、神道、キリスト教の行事がカレンダーにごちゃまぜでも大丈夫)、”違う神様への信仰を押し付ける・押し付けられる”ことへの一神教信者が持つセンシティビティを、いまいち理解しきれないところがあります。
    ということで、ダンナさんは、単に干渉したくないというだけではないのでは、というコメントでした。

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  23. Chikaちゃん
    お久しぶり。Reunion行けずに残念・・・。
    お台場でみんなと子供達に10年ぶりに会って子供達の成長ぶりに仰天したわ。
    そんなこともあって、どうしてるかな?てこちらを見ました。
    大笑いさせてもらってスッキリしたわ。
    カレとChikaちゃんの生活ぶりが愉快だわ。
    ところで今田舎に住んでる私は、ものすごく葉っぱに似たバッタみたいな虫を見かけるの。
    葉脈までついているのよ。
    たまたま生き延びやすかったにしては随分と葉っぱに似てる。
    葉っぱじゃない虫も生き延びているというのに、何故あなただけ葉っぱ作戦なの?と思うのよ。
    進化っておもしろいわよね。
    Intelligent Designかぁ。
    「そう来たかっ」って感じです(^0^)

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  24. >私も天国にいけるのかしら・・・。(w)
    いけますともいけますとも。(笑)日本人にとって天国にいくとは、魂はお空に登って輪廻転生し、体は焼かれて土(自然)に還ることですからね。それこそキョンシーみたいに裁きの日に腐った体で蘇ったりしたくないっすよ。(死んだらやっぱり火葬して欲しいなんちゃってクリスチャンのワタシ)
    あとintelligent designの件ですが、これってキリスト教の”神のなさることはすべて時に適って美しい”っていう考えに基づいているの思うのですよ。いいことも悪いことも神様が意味をもって計画されのだ、的な考え方です。ワタシ的には、アメリカ人が市場原理をとても好むのも、この”神の手”に対する信頼感がベースになっているのではないかと踏んでいます。
    で、それがとんでも信仰かというとそうでもなくて、これって日本でいうところの”万事塞翁が馬”ではないですか?いいことも悪いことも時が意味を教えてくれるという、(ワタシの記憶が正しければ)儒教からくる考え方です。(これまた宗教幕の内弁当状態)
    たとえば、大病や大怪我をした人が、あとになって「あれは私の人生を変えるための神様からのメッセージだった。」ってポジティブな解釈をして立ち直ったりしますよね。そういう起こった出来事に対する後からの意味づけって、日本だろうがアメリカだろうが、人間には必要なんはないでしょうかねえ。
    ”宗教もつ人間の考えはわからん”っぽいコメントが多いので、ちょっと気になったのでした。

    いいね

  25. UCSDで進化の研究をしていますが実験で証明するのはかなり厳しいですね。とくにマクロは。なので今のアメリカの流れも無理はないかと

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