シリコンバレー墓地事情

cemetary.jpgSan Jose Mercury NewsのBay Area cemeteries bowing to cultural needsは「ベンチャービジネスの墓場」とかそういうことではなく、ホンモノの墓地の話です。多彩な人種の集まるベイエリアの墓地が、様々な文化に対応して顧客サービスに必死、という内容。左の写真は、記事の挿絵をミニチュアカメラ、Panasonic SV-AS10マクロモードで撮ったもの。サンフランシスコのすぐ南のColmaの墓地の概念図。ヒスパニック・フィリピン人の好む平らな墓石ゾーン、アジア人(殆ど中国人)の好む縦型墓石(日本のお墓のようなもの)ゾーン、などがある。

ベイエリアはもはや白人人口は50%を切っているが、墓地のクライアントとしてはまだ白人が多い。しかし、白人は2000ドルくらいの安い埋葬を選ぶことが多いのに比べ、他の人種・民族は先祖を大切にするので1万ドル以上の高い墓地を選ぶことが多いのだそうだ。というわけで、よいお客様なのだ。

Chinese-Americans, spend the most per burial. “If you look at a dollar basis, they’re our best customers

と墓地経営者も言っている。

よいお客様にはよいサービスを、ということであの手この手の「多民族対応」が行われている、と記事は続く。例えば
■従来「何も残して行ってはいけない」というルールだったのをやめて、ユダヤ人が石を置いていったり、中国人がミカンを置いて行ったりしてもOKに
■ヒンズー教徒用に、死後の世界で使う道具を燃やすための容器を準備
■ベトナム人用に、死者が死後の世界で使うお金を燃やすための容器を準備
■アジア人用に、線香の煙を排出する強力な換気扇付き専用チャペル建設
■インド人用に、死者の体をヨーグルトと蜂蜜で洗うための専用ルームを設置
など。ロシア系ユダヤ人が激しいお香をたいても、太平洋の島々から来た人たちが豚肉を置いていっても、数日は片付けずにそっと置いておく、という心遣いをするんだそうだ。ただし、
「りんごを口に入れた豚の首」
というのだけはその日のうちに片付けたそうだが。

そういえば、昔フィリピンで、マニラの中国人墓地に行ったことがある。一体全体なぜ墓地に観光に連れて行かれるのか全く不明だったが、行って納得。ものすごかったです。まず「墓石」などというかわいらしいものではなく、それぞれの墓が「リアルなサイズの豪華な部屋」で、ショールームのようになっている。床は大理石、応接道具など生活用具一式がきちんと飾られ、通路に面した壁は一面がガラス張りになっていて中が見える。お供え物はその部屋の中にあって、エアコン完備。泥棒よけに本物の人間のボディガードまでいる。

さらに中国人繋がりでは、ダンナ(中国系アメリカ人)のおじいさんの納骨にLos Angelesまで行ったことも。おじいさん氏は台湾で随分昔になくなって土葬されていたのだが、それを掘り返して火葬にして骨をアメリカまで持ってきたのである。彼の妻であるおばあさんがLos Angelesで亡くなる時に
「必ず爺さんの骨を持ってきて私の隣に埋めろ」
という遺言を残したので、おばさん夫婦が台湾まで行って墓地を掘り返してきた。干からびた死体は
「緑色でふわふわと産毛状の毛が残っていてまるでキウイそっくり」
だったそうだそうである。(この話でexhumeという単語を学んだ。「死体を掘り返す」という動詞。同じ意味でdisinterという言葉もある。それにしても、なぜこんな専用単語があるのか。それも二つも。英語圏のヒトはやたらと死体を掘り返していたのだろうか?)

***

人間至る所青山あり。

あおやま、じゃなくて、せいざん。お墓、という意味。どこに行ってもきちんと往生できます、ということで、「人生お気楽だぜ」という意味(であると私は思っている)。シリコンバレーだったら、単に「墓がある」というだけではなく、蜂蜜ヨーグルト味のインド人や、りんご豚首の太平洋の島のヒトも埋まっているという、なんだかとっても楽しそうな墓地に納まることができるようだ。「墓地のディズニーランド版」みたいな楽しそうな響きではないか。ワクワクする。

***
資本主義ー続きにトラックバック頂いた海外逃亡を考えるというエントリでは「日本を出て海外へ移住すると、結果的に自分の子孫が不幸せになるのでは・・・」という、気の長い不安が語られています。いわく・・・

自分の子供が不幸だとしたら、親は幸福な気分にはなれません。孫が不幸だとしたら、死んでいく自分はとてもみじめな気持ちでしょう。そういうわけで、どんなに優秀な人でも、完全な形で移住に成功し、幸福に死んだ、と言えるようになるまでは、だいたい、移住が成功したというまでに二世代から三世代ぐらいかかるように思います。

第一世代が享受したメリットは、第二世代に引き継ぎが極めて困難です。ですから、第一世代の目標としては、引退時に3億円ぐらい金を作って自分と子供のために使うよう計画を立てて子供の事業開始に準備するとか、同時に、万難を排して、自分の子供の教育に経費をかけて、社会階層の高いレベルに押し上げておくことが必須になります。

それに対し、ハワイ在住、日本国認定天才プログラマShiroさん

どこに居ても人生はタフなものなので、海外に行くことで本質的な困難さが増すことはそれほど無いと思います。

とクールなコメント。

なんとなく、このやり取りは象徴的だと思ったのだが、それはつまり、日本にいると、
「日本から出ると、取って食われるのではないか」
という恐怖がちょっとあるのだが、一旦出てしまって、拠点ができてしまえば実はどうってことない、ということの象徴。

「白人は体力が熊」というエントリーを随分前に書いた。
体力と知力
熊的体力
など。

実は、この「体力と知力」で触れた「自分の腕を切り落として、落石から逃れた男性」の事件が起こった全く同じ頃、San Jose在住の日系人の中年男性が、南カリフォルニアかアリゾナあたりの砂漠みたいな公園で岩の割れ目に落ちて行方不明になった。数日たって、救出隊が諦めた頃、元気に発見される。男性は、ずっと気を失っていたため体力が温存、灼熱の昼と凍える夜をいくつも乗り越えたのだ。腕を切り落とした方と途中経過は全く違うが、「絶体絶命の状況を乗り越えて助かった」という結果は一緒だ。

というわけで、かよわい日本民族も、このような「死んだふりタヌキ攻撃」などを駆使して熊と同じ成果が出せるのだよ。がんばろう日本人諸君。(あー、冗談です。念のため・・・・最近エープリルフールのジョークがジョークとして受け取られないことにショックを受けてますので、念には念を入れますが、冗談ですからね。死んだ振りなどしなくてもやっていけます。十分。)

(ちなみにですね、「腕を切り落とした熊男性」の方は、実は刃が鈍ったポケットナイフでギコギコと腕を切り落とし、骨が断ち切れないので、何度も全体重をかけてボキッと折って、その上でやっと完全に切り離した、という、聞いただけで血の気がなくなるような逃れ方をしています。オソロシ。)

(ちなみにその2で、上述のShiroさんに憧れるヒト多し。前回日本に行ったとき、全く関係ない男性の知り合いから、「どうもこういう人がいるらしくて、是非一度会ってみたいと思っている」と目を輝かせて言われました。その人もハワイに移住したいんだそうです。)

シリコンバレー墓地事情」への1件のフィードバック

  1. こんにちは。「気の長い不安」のmiyakodaです。
    「shiroさんに憧れるヒト多し」について。まったく同感。
    私の友人の中にも、分野は違いますが、一人いて、shiroさんの話を「こんな人がいるらしいよ。いいなー」とか、しています。
    実は、叔父の家族がアメリカ人(戦後「頭脳流出第一世代」ですからもう70歳?)だったりするので、逆にリアルに考えすぎているのかもしれませんね。私個人は、実生活はまったく逆な、「どすこい冒険人生」なのですが。
    これからも、あそこにはネガティブなことをいっぱい書こうかと思っています、少し変ですが。

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