アリ: Ants at Work

社会復帰して今日こそ普通の技術系blogを書こうと思ったら、マドリッドのテロでまたクラーイ気持ちに。Lord of the Rings-Two Towersの最後のほうで、王様が負け戦の絶望のさなかに
「What can men do to such a reckless hate」
と呟くシーンがあるが、戦争とかテロといった無差別な殺戮というのは本当にそういう感じだ。

新聞でニュースを読んでいたら、スペインのいろいろな都市で、街角でろうそくを皆で灯して追悼する、というのが載っていた。この「ろうそく追悼」を「vigil」と呼ぶ。9-11の後も世界各地で行われた。vigilの意味は、
1. a period of sleeplessness
2. a devotional watch (especially on the eve of a religious festival)
3. a purposeful surveillance to guard or observe
で、「ろうそく追悼」は2番なのだろうが、1や3もちょっと入っていて、「個人を超えた大きな悲しみがあったときに、大勢で目を凝らし、夜を徹して祈りをささげる」という感じ。同じ電車テロだったサリン事件の後、日本には、「vigil」のように大勢で共に悲しみを分かち合う術がなかったことを思った。

***

もとい、もとい、もとい!!気を取り直して「アリ」話、書きます。以前書いた自動的専業分業アリ社会で触れたDeborah Gordon教授の本、Ants At Workの感想文。ポイントは、「仕事を愛するということについて」です。

まず、Gordon教授のセミナーがいかに面白かったかは、前述のエントリーを読んでもらいたいのだが、そのセミナーが面白かったのは、その奥に著しい厚みがあったからなのだ、ということがこの本を読んでよくわかった。

例えば、
「アリのコロニーは、6年ほどで1万匹に達し、その後10-15年同じ数で推移する」
という一言の影に
「様々な古さの巣を実際に丸ごと掘り返して、中にいるアリを全部数える」
というとんでもない作業がある。また、アリがどんなエサを集めるか、というのでも、えさを運ぶアリを片っ端から捕まえて、そのアリの頭をコツンと叩いて、アリがエサを口からこぼしたらそれを集め、その後アリが落ち着くのを待ってまた通常経路に戻す、というのを日がな一日続けて、「XX植物の種YY個」とか数える。しかも、それをアリゾナの砂漠の炎天下で毎年毎年毎年夏が来るたびに(多分大学が夏休みだから)繰り返すわけです。

それほど大変な思いをするのに、夏に研究場所にたどり着いたときのことを、彼女はこんな風に表現している。

On the first day there every summer, I park the van, get out, and walk on to the site with great relief and exhilaration; relief because once again the ants are still there-no one has bought the land and built a convenience store on itl; exhilaration at the prospect of shifting down from the human to the ant scale, from laege to small and from the slow, emphatic tuba notes of human affairs to the light harpsichord trills of ant life.

まだ20代の皆さん、耳をかっぽじってヨーク聞いて欲しい。ボーっとしていては、こういう職業には中々つけないのだよ!!

great relief:まずGordon教授は、「仕事の対象のアリさんがまだいて、アーよかった」とほっとする。まぁ、それくらいはまじめに仕事をしていれば感じることであろう。

しかし。

exhilaration:exhilarationとは高揚感と訳されるが、「空を飛ぶような、とっても幸せな気持ち」である。仕事ができてexhilarateと言えるような職業を見つけるのはそんなに簡単なことではない。こういうのをvocation=天職というのだろう。もちろんGordon教授も仕事をする上であれこれ大変なことがあるに違いない。しかし、やっぱり「アリがたくさんいる砂漠を踏みしめて、ジーンと幸福が満ちてくる」というのは本当に素晴らしいことだ。

以前、What Should I Do With My Lifeという本についてのエントリーを書いた。この本は20代から30代を主体とした人たちが、みんなどうやって悩み苦しみながら「するべき仕事」を見つけようとしているか、という話だった。What should I・・・の”Should=すべき”がポイント。What do I want to do with my life=「人生何がしたいかな」ではないのである。

やはり人間は何かしら意味のある仕事をして世の中に貢献したい。でも、自分の好きなこともしたい。一方、まともに食っていかなければならない。自分の好きなことが世の中に貢献できることで、しかもそれで金儲けもできるのだったらいいけれど、中々そうは問屋が卸さない。そこで、みな悶々と、
「一体何が好きなんだろう、一体何が意味があるんだろう、by the wayどうやって食べていったらいいんだろう」
と考えるわけだ。Gordon教授のように
「好きなアリで、意味のある研究を世に発表し(彼女の研究は様々な方面で取り上げられている)、しかもそれで食っていける」
というのは本当に難しいことなのである。

(とはいうものの、引用した文章で「人間社会=チューバの音から、あり社会=ハープシコードに移行する」とあるように、本のあちこちに音楽的表現が出てくる。Gordon教授は、実は音楽をやりたかったけど、ありんこ研究に専念、とか、そういう過去もあるのかもしれない。)

ちなみに、実は「アリ」というのはよい目の付け所ではなかろうか。動物愛好家多しと言えども、「あり虐待」を理由に妨害が入る可能性はかなり低そうだからだ。これが、アリではなく、例えばオラウータンが研究の対象で、
「えさをとってきたオラウータンを一網打尽に捕まえて、頭を棍棒で殴ってエサを取り上げた」
なんてことをしたら、大変な避難を浴びそうだ。しかしアリだったら1000匹やそこら殺しても、まぁ誤差のうち。

どんなキャリアでも「あまり注目されていない分野を選んで、野心的業績をあげて、自分の陣地を築く」というのは一つの戦略ということでありましょうか。

***

なお、あり繋がりでは、「アリハウスを買ったが、アリに逃げられてしまったという顛末」はそして誰もいなくなったをご覧下さい。

アリ: Ants at Work」への5件のフィードバック

  1. こんにちわ渡辺さん、いつも楽しく読んでいます。
    今回のエントリーでもう一度取り上げられた、Po BronsonのWhat Should I do….を渡辺さんのBlog経由で知り、読んでとても考えさせられました(彼の他の著作もついでに全部買いました)。その中でも、20章”The Lockbox Fantasy” (Amazonの立ち読みサービスで読めます)でうなずきつつ、軽い恐怖感を覚えています。今でも。
    彼はいったん堅実な仕事で金を稼いでから、それを元手に自分の本当の夢を実現したという人に、全くというほど出会えなかったことを書いています。むしろ、どうやって踏ん切りがつけられるのか、彼のところへ相談に来る人たちすらいたとも。
    “…you end up so emotionally invested in that world…you don’t really want to ditch it, take the money and run.”
    とりあえず、であるはずの仕事に身も心も適応してしまうため、いざ何かをはじめるだけのお金が手に入っても、その何かを始められない。
    エントリーの中でおっしゃるように「ボーッ」としているとこういう羽目になってしまうだろうな、と日々考えているところです。

    いいね

  2. 「いざ何かをはじめるだけのお金が手に入」るだけでも、実は世の多くの人よりずっとハッピーという説も大いにありますです。はい。「明日(もしくは年取ったら)どうやって食っていくのか」という悩みに比べたら軽いんじゃないでしょうか。
    確かに、「これだけ金があっても何からも解脱できないワタシって、本当に煩悩に満ち溢れた人間なのでは」という苦悩が待ってるんでしょうね。
    世に悩みの種は尽きず。

    いいね

  3. やりたいことを職業にできない直接的な原因の一つは「それに気づくのが遅すぎた」ということだと思っています。
    たとえば音楽家の場合。
    この職業は非常に競争率が高いので、若年時からの良質な教育による才能形成が不可欠です。「それに気づいたのが20歳」では遅すぎます。なぜなら、音楽における成功者のほとんどはティーンエイジですでに何らかの成功を収めています。つまり20歳までに成功できなければそれから先を実現できる確立はかなり低くなる、ということです。
    これはちょっと極端な例でしたが、自分のやりたいことが見つかったら、その分野の成功者のキャリアを詳しく調べてみることをおすすめします。何歳までにどの程度できていればよいのか、その目安を知るためです。その年齢が高ければ高いほど後から始めた人にも多くのチャンスがあるということです。あるいは、成功者が誰も手を付けていない分野を発見できれば、それはさらに大きなチャンスであるかもしれません。
    人には無限の可能性があることは確かですが、成功するために必要な能力&チャンスを得るために与えられている時間は有限です。(とても短いことが多いです。)もし本当に子どもの将来を考えているのであれば、幼少時から適切なアドバイスを与え続けたり、学習環境を用意したりすることが必要です。決してムダにはなりません。
    人は0から1を導きだすことはできません。多くの道を知っている人が最良の選択を下す(可能性が高い)のです。

    いいね

  4. 現在、女性向けのゴルフサイトを構築中ですが、
    貴サイトを発見して、是非、リンクを張らせて頂きたいの
    ですが、条件などをご連絡頂ければ幸いです。
    本間

    いいね

  5. homma-san,
    ご自由にどうぞ。宜しくお願いします。ちなみに、ゴルフ場の脇に住んでます:)片側が小川、反対側がサンドというショートホールのグリーン脇なので、ゴルファーが川岸で苦しんでいるのを見ることができます。

    いいね

コメントする