<日経産業新聞2004年2月3日に掲載されたコラムです。>
アメリカの大統領選が始まった。1月19日のアイオア州での予備選を皮切りに、11月の本選まで、1年近くをかけたお祭り騒ぎが続き、予備選が州か
ら州へと移っていくのに従って、テレビCM、番組での討論、大々的なパーティーなどが繰り広げられる。4年中1年が選挙ということは25%の時間が選挙に
使われているわけで、それでも世界一の超大国としての国家運営ができているのはにわかには信じがたい。それくらいの大騒ぎである。
今回の民主党予備選では、無名の候補ハワードディーンが彗星のように頭角を現し、緒戦のアイオアで彗星のごとく墜落して話題を呼んだ。どちらの「彗星ぶり」にもインターネットが深く関わっている。
まず彗星のように現われるにあたっては、インターネットの3つの力を最大限に活用した。
1)密度の濃い情報伝達力
ビデオなどのインタラクティブなコンテンツや、選挙活動スタッフが毎日活動内容をアップデートするページを満載したウェブサイトを展開。全体として、分厚い本一冊分くらいの内容がぎっしり詰まっているという深さに加え、誰でも、いつでもその内容にアクセス可能だ。
3)草の根活動組織力
さらに、支持者が国中で自発的に小規模な会合を行うためのツールとしてインターネットを使った。Meetup.comという会社があり、オンラインで知り
合った人たちが実際に会う、いわゆる「オフ会」と日本で呼ばれているものをサポートしているのだが、ディーン候補はこのシステムを活用。支持者が自発的に
あちこちで5人10人と集まれるようにした。さらに、支持者に対して「ゴア前大統領にディーン支持を依頼する手紙を送ろう」とMeetup.comを通し
て呼びかけ。2500人以上が実際に手紙を出した結果、ゴアはディーン支持に回った。
3)大勢から小額ずつ集める資金調達力
最大の威力を発揮したのは資金調達だ。クレジットカードによるオンライン決済の仕組みを取り入れ、「200万人から100ドルずつ募金を」を合言葉に、ア
イオア予備選までに4千万ドル、実に40億円以上を調達した。クリントンが候補だったときに達成した「3ヶ月で1千万ドル調達」という記録を塗り替えたの
に加え、調達額2位の候補の倍近くを集めて瞠目される。
しかし、偉業を成し遂げた「インターネットの世界のディーン」も、テレビ討論などでの「リアルな世界のディーン」が攻撃的過ぎて失速。アイオア予備
選では、大方の予想を裏切って3位という大敗を期した。さらには、大敗直後の演説で、顔を紅潮させ「いい結果だった」とする「現状否定型勝利演説」をぶち
上げ、しかもその最後をとんでもない「イャー」という叫び声で締めくくった。その姿はあまりに異常で、メディアでは「狂牛病」ならぬ「狂ディーン病」など
と揶揄されたのだが、最大の打撃は、インターネット上で彼の叫び声を取り込んだラップ音楽が流通したこと。彼の演説を聞いた人々が、「これは変だ」と叫び
声と音楽をミックスしてインターネットに掲載したのである。それがさらにあちこちのテレビ番組やラジオ番組で取り上げられて一躍話題となってしまった。
というように、インターネットと命運を共にしたディーン候補だが、彼の選挙戦の成功いかんに関わらず、インターネットが有効な選挙ツールであるとい
うことについては、もはや疑うものはいない。草の根が大きな力を呼ぶインターネットによって、一部の金持ちや強力な団体から、バラバラと散在する個人に力
が移っていく時代がやってきたのである。