Italy & Japan (聖マリア症候群)

19世紀以降のイタリアと日本におけるリーダーシップについて比較したMachiavelli’s Childrenを最近出版したMITのRichard Samuels教授のセミナーに金曜日に行った。イタリアは、日本との比較において最近とても気になっていた国。「出生率低い」、「失業率高い」、「マザコン多い」、という3つの共通点があるからである。

セミナーの本題の日・伊比較は大変興味深かったのだが、私の「面白アンテナ」に引っかかったのは、ちょっと本題とは外れた出生率の話。レクチャーの後に、なぜイタリアの出生率が低いかという質問があり、Because women are saying “fuck you” to the society(これはProf. Samuelsの言葉)とか、Women choose career over having childrenとか、いろいろコメントがあったのだが、「またいつもの議論だなぁ」と笑ってしまった。女だけで子供が産めるわけでなし、出生率が低いのは、男女の問題じゃないのか。もちろん、シングルマザーを増やすというのも実は出生率を高める方策なので、そうなるとまぁ女性の意志が強力にきいてくるのだが、それにしても、こうしてまるで他人事のように男性が出生率の議論をするのを聞くと、なんだかおかしい。こうした「出生率低下を女性の問題とすること」を、「聖母マリアはvirginでキリストを身ごもった」と信じることにもじって、Virgin Mary Syndromeとでも名づけたいところ。

さて、セミナーの本旨であるイタリアと日本の比較に戻ると、日・伊の共通点は、

1)1860年代に突如進んだ西欧文明の只中に「国家」として登場、「国民としてのアイデンティティ」を作り上げなければならなかったこと。
2)さらに、どちらも「進んだ西欧社会に追いつけ追い越せ」という切迫したゴールがあったこと。

相違点は、日本は国民アイデンティティを速やかに確立したが、イタリアはムッソリーニが登場するまでstruggleしたこと。明治政府は、樹立当初にその正統性を主張するために天皇と神道を担ぎ出して大成功したが、イタリアは、ローマ法王の支配から逃れるのが国を国として統合した目的だったので、宗教を用いることができなかった。

***

日本の将来については、Prof. Samuelsは「日本が変化を必要としていることは誰もが言うことではある。しかし、それが国をさらに開くという変化なのか、もう一回国を閉じるという方向への変化なのか。どちらも可能性はある」とのこと。

私は個人的に大学の頃から日本の将来には鎖国という可能性があることをずっと思っている。その思いは今も変わらないが、国を閉じる、というとき「人」「もの」「金」の三つを全て閉じたら江戸時代並みの鎖国であるが、「人」の行き来だけ許したまま「もの」と「金」な流れを極力小さくする、というニューバージョンの鎖国というのもあるかもしれないなぁ、と思ったりする昨今ではある。

コメントする

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中