人生とお金

IP Infusionのファウンダーの吉川さんと話していたら、「ある人に『できれば40までに家に300万ドル入れろ。最低でも100万ドルは入れられるような人生設計をしろ』といわれた。考えさせられた。」と。IP InfusionはSan Joseにあり、Intelからも出資を受けているrouting softwareを開発する会社。

額については、吉川さんと別れた後で「税前かな?税引き後かな?」とか、「トータルで家に入れるお金かな?それとも余剰資金かな?」とかいろいろ考えたのだが、多分「税引き後・余剰資金として、40までに300万ドル」ということじゃないかと思った。(吉川さん、違っていたら教えてください)

そう思った理由はこんなところだ。
1)シリコンバレーでは40半ばから転職-abilityが低下する
2)ということは40代前半までに、その後の人生のかなりをカバーできる蓄財をしておくのが安心
3)人生何歳まで生きるかわからないから、元本は手をつけず、利回りだけで食べていけないとダメ。100万ドルで5%で運用したら5万ドル、シリコンバレーより生活コストの安い地域に移れば生活していける。300万ドルあったら、家購入で100万ドル使ったとして、残りの利回りが10万ドル。これだったらシリコンバレーでも暮らしていける。

ちなみに吉川さんはまた同じ人に「事業に自分の金を投入するな。リスクが高すぎる」とも言われたと。起業はハイリスク・ハイリターンだが、起業家の人生は起業家が守らなければならない。無防備・無手勝流では危険過ぎるのである。

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吉川さんはまた、
「日本に住んでいたときは3000円のワインを安いと思って買っていたけれど、今は14ドルを越したらちょっと考えてしまう」
とも言っていた。確かに私も日本では3000円のワインを軽い気持ちで買っていた。でも今は、家で普段飲むなら10ドル以下、ちょっと友達でも来るというときで15ドルくらい。ベルギー出身のちょっぴりノーブルな雰囲気の友達がいるのだが、彼の家のパーティーで一本1ドル99セントのワインが山のようにサーブされたこともあった。(といっても、Napaの結構まともなワインなのだが)

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昨日ダンナと車で出かけたら、途中で銀行に寄りたいという。何かと思ったら溜まった小銭を貯金するのだった。(銀行は土曜も営業している)

家に、「電動小銭振り分け機」があって、25セント、10セント、5セント、1セントと、コインを分類、いっぱいになると筒状の紙でラップする。それが溜まったら銀行に持っていく。いつもながらマメなことだと感心して、銀行の駐車場で待っていたら、隣に高級そうなレクサスが止まって、そこからアジア系の男性が降りてきた。見ると手に大きな布の袋を持っている。明らかにコインがずっしり入っている感じ。彼も小銭を貯金に来たのだ。

昔日本で同僚だった30代の男性が、いつも会社の机の引き出しに小銭をポケットから移していて、いっぱいになると、引き出しごと引っ張り出してゴミ箱に捨てていたのを思い出した。さすがにそこまで大雑把な人も少ないかもしれないが、「高級車に乗って銀行に小銭を預けに行く」って、日本だったら守銭奴扱いだろう。週刊誌の表紙の見出しになりそうだなぁ、なんて思ってしまった。

「1円を笑うものは1円に泣く」ということはよくわかっているのだが、やっぱり私はお金の大切さが骨身にしみてわかっていない。ダンナやレクサスの男性を見て、つくづく思った。

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日本にいた頃、「お金というのは、最低限の生活に困らないくらいは、空気のように自然に存在する」と思っていた。最近日本から来る若い人と話していても「お金は特にいらないんです」といわれることが多い。でもそれは「最低限生活する程度のお金には一生困らないはず」という暗黙の前提があって「それ以上のお金は特にいらない」と言っているのに違いない。まさか、「ホームレスになってもいいんです」という意味ではあるまい。

でも、職業の安定性が非常に低く、老後の蓄えも自己リスクに負かされている当地の生活の中では、昨今の不景気もあって、「金がない老後は惨めな老後」というイメージがリアルにある。「一生毎日安心して生活できるだけのお金をどうやって手に入れるか」というのはとても重要な命題なのだ。

当地では、金銭的に成功することを「financial freedomを手に入れる」という言い方をすることが多い。financial freedomは「それ以降の人生でお金の心配をすることなく生きていける額のお金を手に入れること」ということになるので、通常は数百万ドル以上となろう。

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昔日本である著名な独立コンサルタントの人が「自分は年収が1000万円あれば満足」と言っていた。でもそれって「生涯にわたって毎年1000万円使えたら満足」という意味なんじゃないだろうか。とすると、利回りがほぼ0に近い日本ではあるが、なんとか3%で回すとしても3億円超の貯金がリタイアするときに必要。30年で3億円貯めるとしたら(利子がないと仮定して)毎年1000万円ずつ貯金しなければならない。税引き後で1000万円貯金するには、3000万円くらい年収がないと無理なんじゃないだろうか?

プロとして通用する年数が、スポーツ選手的に短いシリコンバレーでは、もっと急速に蓄財しないとならないことになる。みんなそのリスクを感じているから、トータルで年収が30万ドルを超すような夫婦でも質素な生活の人が回りにはとても多い。

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「いつかはリタイアする」
「リタイアした時点で、それ以降利回りで生活していけるだけのアセットがある必要がある」
この二つのことが、なんだか日本にいるときはぼやけてわからなかったような気がする。(年金はやむなく積み立てていたが、絶対まともに支払われることはないだろう、とは思っていた)単に若かっただけかもしれないけれど、やっぱり「お金は空気のように自然に供給されるもの」というわけのわからない信念があったような気がしてならない。

日本では、多くの若い人がフランスやイタリアの十万円を越すような鞄を買っているようだが「老後の蓄えは大丈夫?」と他人事ながら不安になってしまう。

人生とお金」への3件のフィードバック

  1. >昔日本で同僚だった30代の男性が、いつも会社の机の引き出しに小銭をポケットから移していて、
    >いっぱいになると、引き出しごと引っ張り出してゴミ箱に捨てていたのを思い出した。
    本当ですか?そんな人いるんですか?(笑)
    お金を稼ぐ目的よりも、どうお金を使うかが大事なのかもしれません。
    お金はあくまで貨幣ですから何かと交換してこそ意味があります。
    かといって貯金は大事ですが。
    以前読んだ本に、当たり前ですが基本的な考えが紹介されていました。
    それは、
    「稼ぐ以上に使ってはならない」というものでした。
    当たり前のことなんですけれどね。
    どこかの政府にもこのことを思い出して欲しいものです。

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  2. 「稼ぐ以上に使ってはならない」。まさにその通りで、
    「(一生で)稼ぐ以上に(一生で)使ってはならない」というのが元のエントリーのメッセージです。平均余命が長くなると、フルに働いている時間の比率が短くなる。すると自然と貯金(を含む資産形成)が必要になります。
    年取って路頭に迷いたくないですよね。特にアメリカでは医療費がバカ高いので、老後はじっとしててもお金がかかります。その前に、子供を一人大学に入れたら学費だけで10万ドルかかります。
    ということで、「お金を使う目的」というような崇高なことを考えられるのは、3百万ドルためてからでしょうか・・・。

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  3. Chika-san、お久しぶりです!
    先日アメリカ人の友達が読んでいた少し昔の小説の中に”Fukkya money”という言葉がはじめて使われたと言っていました。
    つまり、「どんなやつにも媚びなくていい(気に入らなければファックユーと言える)だけの資産」の事らしいです。
    こういう言葉ができるあたり、早期に一財を築くという発想はアメリカ人の中に本当に根強いと感じますね。
    How much is acutually the fuk..ya money?と聞くと、$100Mくらいは最低必要と言っていた気がします。
    それくらいないとなかなか安心できないということは、うかうかするとすぐにまた誰かに剥ぎ取られちゃうという心理なのかなと考えてしまいました。

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hiroyukia への返信 コメントをキャンセル