Never Let Me GoとAlcatraz

夏休みの宿題の読書感想文に、Never Let Me Go。日本語訳もあって、こちらのタイトルはわたしを離さないで

えー、気をつけて書きますが、ネタバレぎみなので、もし興味があるかも、という方は、本を読んでからこのエントリーをお読みください。短い小説ですが、全く内容を知らないまま読んだ方がずっとよい類のモノ。作者は、長崎で生まれて5歳でイギリスに移り住んだKazuo Ishiguro。

どういう人向けかと言えば、多分海辺のカフカが好きだったら面白いかな。The God of Small Thingsというインドモノ小説も、違うジャンルながら近いものを感じた。ま、とにかく短いから、カバーを見てむむ、と思ったら読んでみて損はないという長さ。

まずはなんでそのNever Let Me GoとAlcatrazが関係あるのか、ということで、Alcatrazの話。

Alcatrazは、サンフランシスコのゴールデンゲートブリッジの脇にある監獄島。周囲の海流が速く、年中水温が低いため脱獄が不可能に近く、他の監獄では収容しきれない凶悪犯が懲役に服した場所。1859年から1963年まで監獄として利用されたが、今は観光地。Fisherman’s Wharfのすぐそばから出るフェリーで10分ほどでつく。(夏休み中や土日に行く場合は、唯一のフェリーオペレータ、Blue and Gold Fleetのサイトで予めチケットを買ってから行くよろし。当日券はない可能性大。)

Alcatrazに到着すると、ヘッドフォン付きのオーディオガイドで監獄についての説明を聞きつつ歩き回る、という仕組みになっている。オーディオガイドには、ホンモノの囚人の思い出話インタビューもあり非常に興味深い。で、1946年の暴動の話もビビッドに入ってます。これは、囚人が看守を2人殺害して監獄を占拠、3日間にわたって立てこもった末に制圧された、というエピソード。最後は、天窓から手榴弾を投げ込み、スナイパーが首謀者を狙撃、という映画のような暴動である。暴動の最中には、対岸のサンフランシスコで見物客が大勢いたそうだ。

で、ふと思ったのだが、日本の刑務所で暴動が起こった話ってあんまり聞かないなぁ、と。もしかしてワタシが無知なだけだろうか、と3分ほどインターネットをサーチしたところ、昔囚人が炭鉱で強制労働させられてた頃は暴動が頻発した、という話は発見した。しかし、これは、炭鉱という民間施設が舞台だからできたことかも。一方「もと囚人へのQ&A」というサイトには下記の記述あり。(いろいろなサイトがありますなぁ。)

Q. 日本の刑務所は外国と違い暴動がない点で優秀だといわれますが、その点と刑務官による人権侵害との関係をどうみるべきでしょうか?

A.
日本の刑務所で暴動がないのは、他国よりもはるかに厳しく受刑者が管理されているからでしょう。日本の受刑者は肉体的にも精神的にもまったく自由がない。暴動が起きないことをもって優秀な刑務所というなら、受刑者の人権を全く認めない方が優秀な刑務所になると思います。

・・・・うーむ、ほんまか?という気がするのであるが。肉体的にも精神的にもまったく自由がない、っていっても、独房に入ったまま監禁されてるわけではあるまい。Alcatrazなんかも、それはひどい扱いだった模様である。問題を起こすと、殆ど暗闇の独房に閉じ込められた模様であるし。(当時のSan Francisco Chronicleの引用など参照あれ)

Alcatrazでは、「スパゲッティがまずい」という理由で暴動状態になったこともあるそうだが、今でもアメリカの刑務所では暴動が起こる。テレビドラマ「24」でも、お騒がせJackが刑務所の暴動に出くわすシーンがあったが、まさにああいう感じみたい。

そもそも、アメリカの「暴動」は、日本の「暴動」に比べてかなり過激な気がする。SWAT部隊が重火器やらヘリコプター等を使って制圧。これって、日本語で言うと「戦争」に近いんではなかろうか。Alcatrazの暴動でも、「海軍」が「手榴弾」で「制圧」。かぎカッコ内の言葉は、どっちかっていうと内戦に使われる用語じゃありませんか?

一方、ワタシの日本の母親いわく
「江戸時代は、火事になると、牢屋を開放して囚人を逃がした。その際、戻ってくる期日を伝えたが、殆どの囚人は期日になるとおとなしく牢屋に戻ったものである」
確かに、そういう話を聞いたことがあるような気がする。

ということで、ここからNever Let Me Goの話。こちらは、
「生まれもって定められた宿命を持つ人々が、与えられた運命の中で精一杯の尊厳をもって生きる」
という小説。牧歌的な出だしから、だんだんと宿命の黒い雲が立ち込めていく。美しく見えた世界の外側には、残酷な現実が厳然とある。そして、何層にも守られたinnocenceの世界の壁が、遠くのほうから、一つまた一つパタン、パタンと倒れて、守られた世界はどんどん狭まっていく。そして・・・・・・

という話。なお、上記の記述は全て抽象的なもので、小説には別に壁は出てきませんのでよろしく。

非常に「非アメリカ的小説」なので、アメリカ人であるところのダンナの感想が聞きたくて、
「早く読め、今日読め」
とつついてダンナにも読ませた。

何が「非アメリカ的」かといって、登場人物がみな黙って宿命を受け入れるところ。

アメリカ人だったら、
1.決起して戦う
2.逃げる
3.ダンプカーにわざと轢かれて自殺するなどして嫌がらせをする
といった代替案を実行しそう。私は1と2を考えたが、3はダンナ案で、コイツはやっぱりアメリカ人だなぁ、という感を深めた。Amazonのアメリカ人のコメントを読んでも、「なんで逃げないんだ?」というのが結構多い。Amazon.co.ukのコメントでも同じことを言っている人もいるが、数は少なく、それよりも自分の人生に重ねて考えている人のコメントがちらほらあるのが目に付いた。(アメリカのAmazonの方のコメントでは、自分の人生を重ねている人はほとんどいない。)

江戸時代の日本の囚人が結局戻ってきたもの、どうせ逃げても社会の中に自分の居場所がない、と思ったからでは?アメリカだと、国土が広いので、追っ手がこないくらい遠くに逃げられる可能性がある、ということに加え、山中にこもり他人との接触を殆ど絶って獣のように暮らす、という逃亡生活も可能。

もちろん、日本でも脱獄犯はいるわけだが、しかし
「社会の秩序からはずれ、自分だけの掟の中で孤独に暮らす」
ということへの嫌悪感(または恐怖感)は相当に強いように思う。

イギリスも階級社会。階級社会っていうのは、要は生まれ持った宿命を抱えて生きていくということで、そういう「社会の秩序」からは逃れられない、という諦念が人々の心のどこかにベースとしてあるのでは。・・というのは私の推測だが。

一方、アメリカは抵抗の国である。わが愛するパロディSF映画、Galaxy Questで何度も出てくるセリフに
「Never give up! Never surrender!」
というのがあるが、これこそアメリカ。能天気なアメリカ人にも書いたが、アメリカ人というのは

国民の19%が「自分は国でトップ1%の稼ぎ」と思ってるのだそうだ。さらに、その次の20%も「一生のうちいつかはトップ1%の稼ぎができる」と思っている。つまり、国民の2人に1人近くが「今既に、もしくはやがて、大金持ちになれる」と信じている

という超おめでたい人たちなのだ。そもそも、それぞれの国で与えられた「宿命」に背いて自らの意思でやってきた人たちと、その子孫で成り立つ国。「運命に敢然と立ち向かう」タイプが著しい濃度で存在する。よって、運命を黙って受け入れる、という発想があまりない。「社会の中の自分の居場所を探す」というより、「自己実現して社会を変える」、という中華思想が基本。

Never Let Me Goという、日本で生まれイギリスで育った作者のインナーワールドを旅しながら、日本で生まれ育ってアメリカで暮らす私の心象世界を考えて、いろいろ興味深かったのでありました。最後は泣いたが。あと、小説に出てくるイギリスの荒涼とした風景を見たくなりました。

ちなみに、日本の小説は純文学のようなSFのような推理小説のような、という超ジャンルモノがたくさんあるが、英語文学はジャンルがきっぱりと分かれている傾向が強い。Kazuo Ishiguroが日本の小説をどれくらい読んできたかわからないが、Never Let Me Goは超ジャンルゆえ、英語の純文学しか読んだことのない英語圏の人たちに衝撃を与えている模様。そういえば、去年Costcoで村上春樹の本が売っていてびっくりしたが、日本の超ジャンル小説のスバラシさが世界に広まるのは嬉しい。

Kazuo IshiguroがNPRでNever Let Me Goについて語っているインタビューもあります。生い立ちの話や、日・英・米の文化についての話などもあり。

Never Let Me GoとAlcatraz」への2件のフィードバック

  1. イギリス旅行、是非おすすめです。何しろ言葉が通じるので、他のヨーロッパの国に行くよりも何倍も得るものがあって楽しいし、ロンドンの新聞とかを読むとアメリカや日本にいてはわからないヨーロッパやアフリカの世界を垣間見ることができて、興味深いです。
    古い国なので、エントリーにお書きになっているように英国人は日本人の気質に通じるところも多いように感じました。(特に田舎に住んでいる年配の人と話したりするとです。)

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  2. ぷふふふふ。本筋とはあんまり関係ないですが、私もGalaxy Quest大好きです。DVDもってたりして。”ねばぎばっ ねばされんだっ”は、一時期いとことの挨拶になってました。
    うろ覚えの話なんですけれど、日本の刑務所はたしかものすごい分刻みのスケジュール管理をするんじゃなかったでしたっけ?それから、たしか管理者からのプライバシーがないようなお部屋のつくりだったりして。”悪いことしたら恐怖の独房”で抑止するより、それ以前にやんちゃする気力をうばってしまえ、みたいな。
    刑務所にもお国柄ですねえ。

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