Theranosのその後

Theranos HQ
Theranosウォッチャー渡辺です。冒頭の写真はTheranos本社。今月に入っていろいろ動きがあり、340人レイオフ(しかしまだ450人残っているらしい)、血液検査所はすべて閉鎖、同社に$100M投資したヘッジファンドがついに訴訟。Vanity Fairの記事によればFBIまで調査に入っているらしいので、まだまだこれからいろいろありそう。CEOのElizabeth Holmesはこの際銀行に残っているお金を持ってモスクワとかに亡命したらいいんじゃないだろうか・・・というのはnone of my businessですね。ご本人は(テニスの)Serena Williamsとパーティーでニッコリしてるし。

なお、Yomiuri Onlineの深読みチャンネルにも、Theranosについて書いたコラムを9月23日に掲載いただいている。しかしながら自分のブログ以外に書いたものはどんどん消えてしまう。削除されるものもあればURLが変わってしまうこともある。私的には、自分が面白いと思うことを書いているので、10年後とかにも読んでもう一回面白いと思いたいのだが。また、この「どんどん消えてしまう現象」は、一般企業のサイトならまだしも、新聞社のサイトなどはSEO的にもマネタイズ的にもそれでいいのだろうか?と思うわけだが、これまたnone of my businessですね。一応今回は「後日であれば自分のサイトに転載しても良い」と許可をいただいたので下記に転載して記録に残すことにします。(なお、タイトル・小見出しは読売の方がつけてくださったものです。)

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「大成功」ある米ベンチャーの大嘘と破綻

セラノスはここ1年ほど、いろんな意味で米国を騒がせてきたシリコンバレーの医療ベンチャーである。2003年にスタンフォード大学を1年でドロップアウトしたエリザベス・ホームズが19歳で起業。「1滴の血液でどんな血液検査をも可能にする」とうたって、これまでに7億ドル、約700億円近くを調達してきた(1ドル100円で換算)。14年6月には380億円を調達、その時点で時価総額は9000億円になったと言われている。会社株式の過半を所有する創業者のホームズは、「自力でビリオネアになった最年少の女性」として話題を呼んだ。

セラノスのビジネスは「患者の指先から採取した少量の血液を(自社開発の)小さなカプセルに入れて診断センターに輸送し、(同じく自社開発の)エジソンという診断器を利用して迅速に検査結果を出す」というものだ。「1滴の血液で同時に30種類の検査項目を実施できる」という夢のような技術が実現した、としていた。大手ドラッグストアチェーンとも提携、アリゾナ州に掛け合って法規制まで変更させ、同州にあるチェーンの40店舗内にセラノス血液採取センターをオープンさせた。社員も300人を超し、ビジネスは着々と進展しているかに見えた。これらの成功を可能にしているのは19歳のホームズが考え出した革命的アイデアとされていたが、その技術の内容は「企業秘密」として謎に包まれていた。

ホームズの行動は多分に、アップルの共同設立者スティーブ・ジョブズを意識したもので、ジョブズ同様、365日長袖で黒のタートルネックを着用していた。彼女が快適に過ごせるよう、社内の空調は夏でも摂氏20度を下回っていたそうだ(ジョブズがいたアップルのフロアも異様に寒かったが)。彼女の話し方はゆっくりで重々しく、声のトーンはありえないぐらい低くて一部のメディアでは「バリトン(男性の声域、バスとテノールの間)」とまで表現された。一方、座って話す際には足首を反対側の足の膝に乗せる、大胆というか挑発的な姿勢をとった。しかも、大きなアーモンド型の目を持つ、非常にフォトジェニックな若い女性である。メディアに取り上げられないはずもなく、フォーブス誌の表紙になるなど一躍時代の寵児ちょうじとなった。

WSJが暴いた嘘

しかし、少しずつ綻ほころびが出始める。とある雑誌のインタビューで自社技術について尋ねられたホームズはこんな謎の回答を返した。

“a chemistry is performed so that a chemical reaction occurs and generates a signal from the chemical interaction with the sample, which is translated into a result, which is then reviewed by certified laboratory personnel.”

「化学によって化学反応が起こって、検体との化学的相互作用により信号が発せられ、それを結果に換算してラボの認可スタッフがレビューする」

この奇妙な発言に違和感を感じたのは、ウォール・ストリート・ジャーナル紙の記者である。調査報道でピュリツァー賞を2度受賞したこの記者が、半年にわたる綿密な取材を経てセラノスの告発記事を昨年10月に同紙に載せたことで、事態は一変した。

記事の内容は、セラノスが自社のエジソンを利用しているのはごく一部の血液検査だけで、それ以外は競合他社が市販する診断器を使っており、しかも指先で採取した少量の血を薄めて検査しているため結果の信頼性が低い、という衝撃的なものだった。

その後、政府各種機関の調査が行われ、検査の不正が確認されたため、セラノスの検査センターは検査施設の許認可が取り消され、全て閉鎖。ホームズは2年間医療検査会社で働いてはならないという禁止命令まで出された(セラノスはこの勤務禁止命令処分に対し、現在反対提訴中であるが)。

キッシンジャーはじめとした人脈による目くらまし

なぜ、こんな会社に700億円もの投資資金が集まったのか。そこには「人材わらしべ長者」といもいうべきホームズのネットワーク構築術があったとされる。まず最初の「わら」は、ホームズの幼なじみで、メディアにもよく登場するベンチャーキャピタリストだった。彼から100万ドル(約1億円)調達したのを契機とし、そこから雪だるま式に投資家や政財界の大物へと人脈を広げていったのだ。

ベンチャー投資は将来性に投資するもの。つまり「今はまだない何か」に投資するわけで、その際には技術やビジネスモデルもさることながら、起業家の「人間力」が大きな判断ポイントとなる。「業界著名人の推薦」はもちろんプラスだ。そしてセラノスが絡め取っていった有名人のリストたるや、そうそうたるものである。

セラノスの初期の投資家にはオラクルCEO(最高経営責任者)のラリー・エリソンがおり、社外取締役には、ジョージ・シュルツ元国務長官、ウィリアム・ペリー元国防長官を始め元海軍大将、元海兵隊大将、そしてヘンリー・キッシンジャー元国務長官までが名を連ねていた。さらにホームズはクリントン家とも交流があり、今年の3月にはビルとヒラリーの愛娘まなむすめチェルシー・クリントンを会社に招いて政治資金調達パーティーを開く計画もあったという。

こうして「わらしべ長者」的に次々に人脈を広げていくことで、彼女の正統性を疑う人が少なくなっていったようだ。(現在、社外取締役の多くは退任し、クリントンのパーティーは直前にキャンセルされた。)

ベンチャーキャピタルは怪しんでいた

しかし、セラノスの飛躍の間も、疑いの目を向けていたのはシリコンバレーの大手ベンチャーキャピタルである。初期の段階でこそ、ベンチャーキャピタルが数社投資しているが、これだけの大規模増資ならばほぼ必ず含まれているはずのセコイアやアンドリーセン・ホロウィッツなどの大手ファンドが全く投資家リストにない。これは、シリコンバレーのベンチャーとしては異例なことである。

ウォール・ストリート・ジャーナルの記事が出た後で、シリコバレーを代表する大手ファンドであり、医療系ベンチャーにも数々の投資をしてきたグーグル・ベンチャーズ(GV)の代表は、「何度かセラノスへの投資を検討したが、あまりに不明瞭な点が多かったため投資しなかった」と話している。実際GVの社員がセラノスの検査所に血液検査を受けに行ったら、指先からではなく腕から静脈血をたくさん取っていることが判明し、「宣伝に偽りあり」と判断したとも言っている。シリコンバレーのインサイダーである海千山千の投資家たちは、静かにセラノスを切り捨てていたのである。

ひっかかったのはベンチャー投資が本業でないファンド

では、どこから700億円規模の資金を集めてきたかといえば、その多くはプライベート・エクイティ・ファンド(PE、主に機関投資家から資金を集め、未公開株式に投資するファンド形態の一つ)だ。最初の40億円ほどは主にシリコンバレー内部からの調達だが、その後の100億円規模の大規模な調達はベンチャー投資が本業ではないファンドからのものだったのである。「すべてこれから」の企業の将来性を見抜こうとするベンチャーファンドに対し、PEは既に業績がある程度確定した企業を対象とすることが多く、その経験の差が出たのかもしれない。

さらに、その後の調べで「セラノスは、投資家に全く技術の中身を開示しないまま投資を受けていた」という驚くべき事実も判明した。これもまた極めて異例なことである。しかも、投資家への説明はおろか、学会誌への発表すらセラノスは全くしていない。医療では、たとえベンチャーであっても医学会からの信用が重要であり、そのために研究者・専門家によるピアレビュー(査読)を受けて論文を発表するのが一般的だ。しかしセラノスに限っては、肝心要の情報がブラックボックスのまま何百億円も出す投資家が登場したのである。前述の社外取締役のそうそうたる顔ぶれで幻惑されたのだろうか。実績あるシリコンバレーの医療系投資家に、どうしてこんなことが起こったか聞いたところ「酔ってたんじゃないですか」というコメントが返ってきた。

製品化までが長い医療系ベンチャー

このように、「世間で話題になっている」「素晴らしい人たちから高く評価されている」「大手のビジネスパートナーがいる」といった「客観的には高得点」なベンチャーですら、怪しいことが起こり得るのが、ベンチャー投資の世界である。特に製品化までの道のりが長い(10年~20年もかかる)医療系ベンチャーでは、驚くべき詐欺まがいの起業家に出会うことはそれほど稀まれではない(「ドッグイヤー」(変化の激しい)のIT系では、すぐ成果を求められるため「怪しい人」は早期に淘汰とうたされがちなのと対照的である)。

創業CEOとして、テスラモーターズ(電気自動車メーカー)を上場させるという神業を実現、今やエスタブリッシュメント化しつつあるイーロン・マスクですら、これまでの道のりは怪しい話と危ない橋の連続である。テスラの共同創業者との出会いは「火星ソサエティー」という怪しい感じだし、初代テスラ発売前には回転資金が底をつき、予約金を払ったユーザーにマスク自ら個人保証を約束したこともある。ベンチャーを遠巻きに見る人からすれば、イーロン・マスクとエリザベス・ホームズの違いはわかりにくいことだろう。

「主観的な点数」発見のために汗をかく

ではどうすれば良いのか。ベンチャー投資では「世の中一般による客観的な点数」ではなく、「主観的な点数」を見つけ出すしかない。その主観的な点数を出すには、まず労を厭いとわず自分の足で知識を稼ぐ必要がある。それは「専門家に話を聞きに行く」「ユーザーの話を聞く」「事業提携先の話を聞く」「製造や開発の現場を見る」といった、地道な「知識の稼ぎ方」である。もちろん、絶対に信用できる人のネットワークも重要ではあるが、単にネットワークだけではセラノスのようなケースを防ぐことは難しく、常に労を厭わない知的勤勉さが求められる。

最後は自分の目

日本の企業からは「シリコンバレーで話題のベンチャーはどこですか」という「世の中の客観的点数」を問うような質問をされることが多い。しかし、こうした「評判」という「集団の英知」に基づく判断は、魑魅魍魎ちみもうりょうが渦巻くベンチャー界では極めて危険なのだ。日本国内でもベンチャー投資への機運が盛んになってきているが、この点をそれぞれが自らの力でよく考えながら投資をしていかないと、いつかセラノスのようなケースが登場するのではないか、と心配である。

Theranosのその後」への4件のフィードバック

  1. 私は投資のことは全然分からないけど、「その主観的な点数を出すには、まず労を厭いとわず自分の足で知識を稼ぐ必要がある。」というところ、「そうだろうなー」と思いました。何でも人と違うことをするには、自分の足と目を使って、その対象を見極める必要がありますよね。

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  2. 時間が経つとYomiuri Onlineなどに投稿されていた記事が見れなくなってしまうことをずっと残念に思っていました。今後も外部で書かれた記事を転載していただけるとありがたいです。

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  3. 割と、日本人のサラリーマン経営者は主観を持っていないと思料。骨身を削った体験をしない、もしくは逃げるのがうまければ上に行きやすい。キズを極端に恐れる。平成になってからその傾向がとみに強くなっている様な。
    で、変に空気に流されてフワフワ。危ないことこの上無い。同感です。

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  4. ピンバック: Theranos(セラノス)まとめ記事(WIRED) – 九州医事研究会の資料ブログ

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