Y CombinatorとDST、アーリーステージベンチャーの企業価値をさらに釣り上げる

何度か書いているが、シリコンバレーのアーリーステージのベンチャーの企業価値(バリュエーション)は、昨今高騰中である。

できて数カ月で、企業価値10億円、みたいベンチャーがちらほら・・・・。まぁ、よく考えると、できて数ヶ月、といっても、サービス・製品はもう完成し、しかもユーザまでついちゃって、しかも有料ユーザまでいたりする。10年前だったら、社員30人くらいの会社が到達したレベル。それを思えば、10億円も当然な気もするが、しかしやっぱり高い。


そして、そのアーリーステージベンチャーの価値釣り上げに一役かっているのが、インキュベータ・・・・というか、startup accelerator(起業の早い段階で、成長を迅速化する、という感じですな)のY Combinator。毎年2回、公募でベンチャーを選び、少額出資をして3ヶ月育成する。

その育成期間中の教育の賜物が「ベンチャーバリュエーション上昇の加速」だと私は思うのでした。

自分の会社の価値は自分で決めて提示すべし

Y Combinatorでは、教育の一環として

「どうやってエンジェル投資家からお金を集めるか」

というのを教えている。で、その教えの一つが、「バリュエーションはベンチャー側が提示しよう」、ということなのだった。

シリコンバレーのエンジェル投資は、一人当たり3~5万ドル程度(今の相場で250万円から400万円くらい)、時に10万ドル出す人がいる、というしょぼいレベル。

スーパーエンジェルと呼ばれる、人からお金を集めてミニファンドを作り、そこから投資しているプロも一部いるが、それ以外は普通の人。(ただし、accredited investorではある。)普通の人でも、投資契約を弁護士に見てもらうことはもちろん可能だが、300万円の投資に何十万円もかけて弁護士に見てもらうって結構不毛。

(数十万円になるのは、ちょこっとでも契約書の内容についてネゴをした場合。ちらっと契約書を読んで感想を言ってもらうだけならそんなにかからない。しかし、どうせネゴしないんだったら、チラッとでも読んでもらう意味がない・・・。)

というわけで、投資条件をマトモに読まずに投資してる人も結構多いと思われ。

(実際、「これまでに3人の投資家がこの条件でOKした」という投資契約をベンチャーから受け取って読んでみたら、途中で意味が通らなくなる場所があり、しかも結構大事なポイントのところだったので、指摘したら、「ごめん、1パラグラフ抜けてた・・・」と訂正版がきたことがあった。みんな読んでないし。)

なので、会社側が

「この値段で」

と言って来れば、

「まあいいか」

みたいな感じでその値段で決まる、、、ということも。もちろん、その値段があまりに常識から乖離すれば、

「えー、それはいくらなんでも」

と断られ、自己修正して企業価値を下げることになる。が、しかし、例えば、「3~4億円の企業価値が相場かな」と思われるベンチャーが、

「うちの会社のバリューは4.5億円。もう既に2人がこの条件で投資してくれた」

と言ってきたら、「まぁそれでいいか」となっちゃう人がほとんどでしょう。

(注:実際には、「投資家ごとにバリエーションを変える」ということも可能だし、行われる。・・・のではあるが、よっぽど強い立場の投資家でない限り、数百万円の投資しかしないのにバリュエーションを変えさせるってアレですし、ベンチャー側もいちいち考えるのは面倒だ。)

で、しばらくすると、その「ちょっと高めの企業価値」が相場になり、さらにそこからちょっと上乗せされ・・・・という連鎖が続いて、ミルミルと企業価値のインフレが起こるのであった。

売り手市場であり、アーリーステージのインターネットベンチャーに投資したい人が、投資を希望するベンチャーより多い、ということが根底にあるわけだが、投資される側のベンチャーのほうが、投資する側より、投資の現状をよく知っている状態になったことで相場高騰に拍車がかかっていると思われ。

Y Combinatorでは、単に価格だけでなく、様々な付帯条件も付けた「投資書類のテンプレート」を育成ベンチャーに提供している。なんとなくこれが「スタンダードなエンジェル投資書類」位置づけとなりつつあり、投資家側の「まぁこれでいいか」感を増大。

・・結果として、大雑把な印象としては、過去2年ほど、Y Combinator出身のベンチャーのバリュエーションは年間数割ずつ相場が上がっている感じ。それと共に、他のベンチャーのバリュエーションも上がっている。

もちろん、そもそも売り手市場である、ということが大きいことがあり、Y Combinatorがなくても相場は上がっているとは思う。しかし、Y Combinatorがバッチで数十社を年二回送り出している影響は結構あるんじゃないか、と思うのですよ。(quantifyできませんのであくまで直感的に、ですが。)

エンジェル投資での「転換社債」の普及

以下、この項はちょっとテクニカルなので興味のある人だけが対象。

シリコンバレーのエンジェル投資は「転換社債」で行われるケースが多い。ここ数年、特に西海岸(主にシリコンバレー)でその傾向が強まった。株で増資するより弁護士代が安くつく、早く終る、といったメリットがある。

<後日注:「転換社債」ではなく「転換権付き借入」といった訳が適切ではないか、というコメントを磯崎さんより頂きました。元はconvertible promissary note、です。)

(が、エンジェル投資でも、100万ドルを超える額を集める場合は、株式で行われることが多いし、それ以下でも株式で行われることもある。転換社債を啓蒙するY Combinator自身が発表した、株式でエンジェル投資を行う場合のテンプレートもあります。)

ここでの転換社債は、「ある条件が満たされると、まるごと株式に転換する」というシンプルな物。

して、株式への転換は、ベンチャーキャピタルからの数億円~規模の増資(いわゆるシリーズA)をするときとなる。

転換後は、シリーズAで発行される優先株となり、かつその優先株に付随する各種の有利な条件も同時に受け取ることとなる。(なので、エンジェル投資の際に細々条件を決める交渉をしなくて良い、というメリットがある。)

問題は、「どういう計算式で、ベンチャーに提供した金額を株にするのか」ということ。「500万円が何株になるのよ?」、ということですな。

シリーズAと全く同じ価格だと、せっかく早い時期にリスクテイクしてお金を提供したのに、その、早くリスクを取った分のリターンが全く考慮されないことになる。

  • 割引

で、登場したのが「割引」という考え方。「転換時のバリュエーションのX%引きで転換する」というもの。

でも、これも、急成長の可能性のあるベンチャーではあんまり美味しくない。例えば、3人のベンチャーに、20%の割引で転換する約束で(何人かのエンジェルがトータル)3000万円投資したとする。で、1年後、そのベンチャーが超イケイケとなり、60億円のバリュエーションでシリーズA増資をした場合、エンジェルの持分は0.6%くらいにしかならなくて超つまらない。せっかく海のものとも山のものともつかない3人のベンチャーに投資するリスクを取ったのに。

  • 上限価格設定

で、最近の主流が「転換価格の上限設定型」。「転換時、会社のバリュエーションが$X million(数億円)以上になったら、それがいくらであっても$X millionのバリュエーションで転換する」ということ。

ここ数カ月、$3~4 million、(2.5億円から、3億円)がこの上限値の相場。例えば$300万ドルを上限値として30万ドル出した場合、シリーズAがどんなバリュエーションであっても、30万ドルは10%になる。(リスクを取った投資家にとって)メデタシ、メデタシ、です。

転換価格無制限とはどういうことか

・・・だったのだが、中には、この上限値が無制限、というベンチャーも出てきつつあった今日この頃。無制限とは、すなわち、シリーズAと同価格で株に転換するということ。

これはどういうことかというと、上述した、

「将来のシリーズA投資家よりリスクを取って、今お金を出してあげるからその分リターンも多めにくださいね」

というエンジェル投資家側の理屈が通用せず、

「シリーズA増資する時にはあんたみたいなちびっ子エンジェルの出番はないけど、今なら入れてあげてもいいわよ」

というベンチャー上位の理屈に移るということだ。(なぜかバブル期のギャルっぽい口調。)

「無制限」を相場にしてしまうDSTの登場

・・・そして、最近、さらに相場を高騰させる事態が発生。

それは、ロシアの投資家、DSTのYuri Milnerが、バリュエーション無制限でY Combinator「全社」に15万ドル(約1200万円)ずつ投資する、と発表したこと。Wall Street Journalいわく

So Milner and SV Angel agreed to use convertible debt–which converts to equity once the company raises venture capital at a set price–with no valuation cap and no discount, an extremely rare set of terms for entrepreneurs.

(SV Angelは、この一連の投資でDSTのパートナーとなるRon Conwayのスーパーエンジェルファンド)。

エンジェル投資では、トータル30万ドルくらい集めて終わり、というケースが多い。(イケテル系だと50万ドル、100万ドル、と集めることもあるが。)そのうち15万ドルが青天井だったら、残りも青天井になっちゃう可能性は高いですよね。(もちろん、残りのエンジェルたちが一致団結して「上限値なかったら投資しない」となれば、「DST以外は上限値付き」というのも可能ではあるのだが。)

ということで、またもや一段階バブルへの階段を登ったシリコンバレーなのでありました。

Y Combinator、今年の夏のラウンドの応募締め切りは3月20日です。がんばろう。

参考:

How to close an angel round (トランスクリプト付きスピーチ)
Is convertible debt with a price cap really the best financing structure?(実は上限価格付き転換社債、ベンチャーに取って不利じゃん?と。liquidation preferenceの計算が合わん!という話)
Some Thoughts On Convertible Debt(転換社債は良くないと思う、というVCのブログ)
Has convertible debt won? And if it has, is that a good thing?

 

 

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Y CombinatorとDST、アーリーステージベンチャーの企業価値をさらに釣り上げる」への3件のフィードバック

  1. Preferredなら別に投資いらないや、なんて言う人達も増えてますね。
    エンジェル投資家で、何が何でもPreferredって言ってる人もよく見ますが。
    スタートアップ側が外部から投資を受けることに消極的になっていることも売り手市場になっている要因の一つのように感じます。
    消極的になる理由としてはよく指摘される理由の他にも、
    * 最近、創業1年で$3Mや創業2年で$15M前後で買われるケースが頻繁に見られて、この価格帯のExitを目指す場合にVCやAngelを入れることが足枷にしかならないこと。
    * GitHubのおかげでBootstrappingなスタートアップ同士の情報交換の場が拡大したこと。
    等も関係しているかもしれません。あとスタートアップの投資話が詳細に公開されCrunchBase等で整理されているおかげで、自分達の市場でのバリュエーションを結構簡単に見当をつけられるようになったことも、起業家にはありがたいことですね。
    最近は有利な投資話も多く、数ミリオンくらいの手頃な低価格でのExitも整備されつつあり、サービスローンチまでにかかるコストはどんどん下がっていて、起業家にとっては本当に夢のような時代だと思います。

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  2. なんか、こういうのシッカリミッチリやるところがアメリカの凄いとこだし、同じ事を日本でやろうとするとやっている間物凄く白々しい気分が漂う難しいところだなあと思いますね。出来れば直訳調に押し切ってしまえればスムーズだし、今日本で成功してるのはそういうのなんでしょうけど、それだけだとなかなか気持ちが付いて行かない人がマクロに見ると多かったりしてあんまり広がっていかなかったり。
    日本で、「関係者」の数を不特定に増やすと途端に意思決定の一貫性が難しくなる感じがするんですよね。お前の持ち分は0.5%だけだから黙ってろ的なのが難しい。いや何も言ってこないんでしょうけど、空気で影響受けるっていうか。そういうの無視できるタイプしかそれに参加できなくなって、でもそういう人のやることは「日本人の大勢」と感情的な連動が産み出せなくて結局叩かれて潰されたりとか。
    でも最近は、そういう嫉妬と怨念の連鎖みたいなのはアメリカにも普通にあるんだけど、それを力技でぶった切っているだけなんだなということがわかるようになりました。逆に日本で本当に根付くようになるには、「日本社会の粘着性」を、一種のパフォーマンスとして全人的に引き受けたりすることが必要になるんだろうなと思います。そういうこと出来る人と技術的・コンセプト的鋭さを持ってる人ってあんまり一致しないんですけど、新しい文化としてそこの協業関係が定着してくれば化けるように思います。そんな面倒臭いこと嫌だって人はアメリカでやってもいいし、日本の中でも「直訳調に成立する場所」を探してやっていくのもいいみたいな感じで。
    ところで質問なんですけど、そういう「ベンチャーに優しい時期」と「ベンチャーに厳しい時期」に成立した会社に傾向として違いとかあります?甘い時期の方がやっぱり大きく成功するんだとか、厳しい時期の方が鍛えられていいんだとか、そういうの。甘い時期は小粒だけど豊作だとか。まあでも横綱級になると総てが噛み合ったタイミングじゃないと難しいのかもしれないですけど。

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  3. >数ミリオンくらいの手頃な低価格でのExitも整備
    そうですねー、これ、いいですよね!プログラマの夢が広がりますよね。
    >「ベンチャーに優しい時期」と「ベンチャーに厳しい時期」に成立した会社に傾向として違い
    あんまりないんじゃないか、という気がします。Googleが上り坂の98年、Facebookはやっと悪夢を脱したくらいの2004年。あんまり違わないんじゃないかなぁ。

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