昨日のエントリーに
「学力とマネジメント能力の相関もデータがあるのか」
という質問があって、答えると長いので別エントリーにします。というか、ひたすら、そういう「きっと出るであろう反論」を予想してそれを先回りして答えまくる、というのがこの本なので、疑わしーと思う人は是非オリジナルを読んでね。
まず人間の能力を7つに分解(これは、1983年にHoward Gardnerが編み出した分類を使用。)
- 身体運動知能 Bodily-kinesthetic intelligence
- 音楽知能 Musical intelligence
- 対人知能 Interpersonal intelligence
- 内知能 Intrapersonal intelligence
- 空間知能 Spatial intelligence
- 論理数学知能 Logical-mathematical intelligence
- 言語知能 Linguistic intelligence
このうち、最後の3つはIQとの相関が非常に高い。相関係数は+0.7から+0.9。(1で完全に一緒、−1で真逆、ゼロだと全然相関がない)。
ま、ここまではそもそもIQはこの3つをテストした結果なので納得、でありましょう。
「私は弁護士で言語能力は高いけど、数学は苦手」
てなことと混同しないように、と注意書きあり。ここでは集団における分布を言ってるので、弁護士だけど・・・という言う人は、それでも社会全体の平均よりずっと数学ができるはず、少なくとも統計的にはそう、と。
ここからが意外。
それは、対人知能、内知能もIQと正の相関があると。
対人知能とは、他人の気持ちを汲み取れる、協調性がある、コミュニケーション能力がある、他人を効果的に操ることができる(というと聞こえが悪いが、他人にやる気を出させるのは大事ですな)といった能力。
内知能とは、自分の感情や動機、強み、弱みを理解し、克己心をもち、将来のために努力できる能力。
こうした能力のうち、キーとなる個別の能力とIQとの相関を調査した多数の各種調査によると、IQとの相関は+0.1から+0.3。部分集合の相関を全部統合して行くと、統計的にはより大きな相関がでるのが普通なので、おそらく「対人知能」「内知能」とIQとの相関はもっと大きいであろう、と。たとえ0.1−0.3であってもそもそも有意な正の相関があること自体がポイントです。
筆者自身、自分の知り合いを思い出して
「そもそもIQと対人能力に正の相関があるって変じゃないか?」
と疑問に思うのだが、それは「IQが高い変人が目につきやすいだけ」と。
以上の「対人能力」「自己理解」「克己心」といったものがマネジメント能力と相関あるのは言うまでもないが、「リーダーシップとIQの相関」を直接調査したものもあり、その相関は+0.27だそうです。
・・・ますます身も蓋もないですなぁ。
で、IQとマネジメントの相関が出たところで、「国のリーダーたる重要な人材のIQは120以上」というのは、これまたそういう調査があると。こちらの54ページのpdfファイルが参照されている。 IQと複雑な仕事におけるパフォーマンスの相関はかなり高いのであるな。興味のある人は見てみて。ファイルは4M近くあるが。あと、弁護士とか、医者とか、エンジニア、科学者、大学教授とかは、IQ120以上でないとなれないし、と。
(ここで、しつこいようだが、IQ120は全人口のトップ10%。偏差値で言うと60ちょっとって感じ?)
さて、そこまでいったところで、「生まれつきのIQがあがるかどうか」なのだが、ここが一番議論を呼ぶところなのは著者も承知の助であります。
(ただし、厳密には「生まれつき」というのは正確ではなく、「幼稚園に上がる頃に持っているIQ」ということですが。)
で、言及されるのが、1960年代に行われた調査に基づくThe Coleman Report。これは64万5千人という大量の児童を対象とした学力調査で、学校の成績、両親の生活レベル(socioeconomic background)、居住地域、学校のカリキュラムや設備、教師のクオリティの相関を調査したもの。皆「いい学校には学力の高い生徒がいる」という結果になることを予想していたのだが、結果は、先生のレベルも、カリキュラムも、施設も、生徒あたりの予算も、学力と関係なし。(関係あったのはファミリーバックグランドだけであった)。がーん。学校関係ないんか?ということになったのでした。
しかしそれでも、「中にはIQが伸びる生徒もいる」という反論が消えないことを筆者は理解しており、それを消すためにはColeman Reportのようなスナップショット的一時点での調査ではなく、15−20年かけて生徒のレベルがどう変わって行くかを調査するlongitudinal studyを行うべきである、としてます。これを全米規模で実施すると100億円くらいかかるらしいが、「その結果が生み出す成果を考えれば安いもんじゃ」と。
・・・というわけで、質問いただいたことには答えたかなぁと思うんですが、知れば知るほど「身も蓋もない」ですよねぇ。他にもデータ満載なんで、ほんと、興味のある人は読んでみてください。
この筆者、94年にThe Bell Curveという「IQで収入や仕事の実績など多くのものが証明できる」という本を書いて、「心理学で史上最大の論争を呼んだ」と言われる人。あまりの騒動に全米心理学会が、特別タスクフォースを作ってフォローアップのレポートを発表したくらいなのだが、その結果は「Bell Curveがほぼ正しい」ということに。でもやっぱり攻撃は消えず、という感じの本。
そのBell Curve経験を経た著者が「どれくらいアタックされるか百も承知の上で書いた」本でありましょう。なので、「きっとこういうと思うけど、それが違う理由はコレだ」みたいに延々書いてあります。はい。
いや、もちろん、全て懐疑的に考えるのは大事だと思うが、まぁ読んだら圧倒されるんじゃないかと。
余談ながら、その昔、三菱商事の人事のお姉さんで、長年人事面接の受付をしていて、
「受け付けにきた学生を見た瞬間に、その学生が入社試験に受かるかどうかわかる」
と言ってる人がいました。だったら多大なコストをかけて入社面接したりせず、この人が合否決定すればいいんじゃないかと思いますが、そうは問屋が卸さないわけですね。
あ、あと、「アメリカはIQが重視されている」「アメリカより日本が学歴社会」てなコメントもありましたが、どちらも正しくないです。日本だと小学校の低学年でIQテストすることが多いのではないかと思うがアメリカでは一般的ではないし。学歴社会うんぬんの話しは過去何度か書いてるので私のブログを検索してみてください。
<追記:ベルカーブはトンデモ本である、と決めつけてる人が結構いるみたいなんで、ベルカーブはトンデモ本ではありませんというエントリーを書きました。FYI>
となると、次の一冊はこれで。
http://kashino.exblog.jp/7771399/
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chikaです
ああ、Outliers、「反論」として出がちな本ですが、実は相反する内容じゃないんじゃないかな、と思うんですよね。IQ120というthresholdを超してさえいれば、ホワイトカラー的成功はIQ以外の要因、とReal Educationの筆者も明快に言ってるので。
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結局、この本を読まないと、内容が事実かどうかは判断できないのだけれど、事実と仮定しても、真実(取るべき施策)は
「アメリカの将来は学力の高い子供をいかに教育するかにかかっている」なのだろうか?
「幼稚園に上がる頃に持っているIQ」と(関係あったのはファミリーバックグランドだけであった)とすると、ファミリーバックグランドを底上げするという考え方もあるのでは?
ところで、ファミリーバックグランドって具体的には何なのだろう。やはり、原著を読むしかないかなぁ。
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> で、この「足切り(トップ10%)」レベルを凌駕したら、社会で成功するかどうかは、知能の問題ではなくそれ以外の様々な要因による、と。
>
> この層を「よくできますね」と甘やかして育ててはいかん、びしびしとより高い挑戦をさせて、挫折するまで高みを目指せさせるべきである、というのが著者の主張。ま、これはよくわかる。
前回のエントリーのこの記述と、音楽とスポーツ以外の能力はIQと相関関係があるということを考えると、ミュージシャンやスポーツ選手でない人のうち、これはもうほとんど全員と言っていいと思いますが、挫折するまで高みを目指して努力できるのは、できる人間だけである、ということになるでしょうか。
衝撃です。超リアリストです。
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これを信用すると、下位の国は悲惨だ。
IQ and the Wealth of Nations
http://en.wikipedia.org/wiki/IQ_and_the_Wealth_of_Nations
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もともと米軍が新兵採用基準を計るために考え出したIQテスト、アメリカ的な組織集団を円滑に運用、統率するためにはどんな能力が必要かで評価の基準が作られたと思われるので、アメリカ的な組織集団のリーダーシップを握る人の能力に正の相関があるのは理解できるのですが、そのIQとか学力とかが好きな日本にいまだにアメリカ的な組織集団の土壌ができないのはどうしたものなのでしょう。
別にアメリカ的なものがいいと持ち上げる気はないですが、もういちど戦争したらまた負けそうな気がするのです。
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>IQ120というthresholdを超してさえいれば、ホワイトカラー的成功はIQ以外の要因、とReal Educationの筆者も明快に言ってるので。
との事で、IQ以外の要因を説明してくれるこんな本があります。
A Framework for Understanding Poverty
by Ruby K. Payne
あまり科学的なデータとかは入っていませんが、長年公立校で校長を務めた筆者が自分の経験を元に、上流や中流階級、または貧困層の生徒のものの考え方がいかように違うかを説明したものです。
学校の先生になろうとする人には中流階級の人が多いですが、そういう人が例えば貧困層の生徒をよりよく理解できるようにとの思いで出された本だそうです。私も先生をやっている友人に借りたのですが、読んでびっくりの内容でした。
あと個人的な感想ですが、
内知能と対人知能には非常な相関性があると思います。自分自身を理解できない人は他人も理解できないという感じでしょうか。。。
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アメリカ型組織が最善ではないことは今回の金融危機で実証済みです。日本型組織集団の方がより成功しているとみなされる時代が再び来ています。仮に、アメリカが日本と同じ人口、国土の国だったら、アメリカは今の日本に負けますよ。完敗でしょう。
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横レス失礼いたします
>>アメリカ型組織が最善ではないことは今回の金融危機で実証済みです
初めて知りました。
今回の金融危機とアメリカ型組織の間にどういった相関があるのですか?
また、日経225とDowの過去30年程度の上昇率は、Dowが勝っていますが、それについてはどう思われますか?
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