プロなヒト

ちょっと前に、建築家のヒトと話をする機会があった。

そのとき、建築家氏は、建築デザインに関して鋭いセンスを持っているがゆえに困ったこととして、こんなことを言っていた。
「よく友達が、家を建てたり改装したりした時に招待してくれる。で、僕が建築家だと知っているから、『うちのデザイン、どう思う』と聞いてくる。これには本当に困る。もちろん相手は新しい家が嬉しくて、褒めて欲しくて聞いてくるわけだ。でも、僕はプロだから、殆どの場合『デザインのどこがだめか』というところに目が向いてしまう。よっぽどすばらしいデザインだったら別だけど、大抵はそうじゃない。」
で、それが苦痛なので
「最近、友達の新しい家に呼ばれること自体、ちょっと苦痛なんだよね」
と嘆息していた。

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建築雑誌にGiorgio Armaniのクルーザーが特集されていたことがあった。あの、デザイナーのアルマーニだ。すっきりとモノトーンを基調にしたイタリアンモダンは、ため息がでるようである。20人くらいいるクルーザーの常勤スタッフの制服ももちろんArmaniがデザイン。Armani本人のコメントとして
「いろいろなホテルに泊まったが、インテリアがゴテゴテしているのに耐えられない。だから、いつでも気持ちよく休暇が過ごせるようにとこのクルーザーを設計した」
とあった。Armaniが泊まるほどのホテルだから、超一流に違いない。それでも耐えられないのだ。

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村上春樹のねじまき鳥クロニクルには、周囲にセンスが悪い人間がいることに耐えられないデザイナーの女性が出てくる。彼女と知り合った主人公は、靴からパンツまで全て新品を買い与えられ、彼女の前では常にそれを着るように言われる。

美しいものを作り出すには、「美しくないもの」がきちんと見えなけばならない。さらに、なぜ美しくないのか、どうやったら美しくなるのか、というディテールが理解できて、初めて「美しいもの」を作る側にまわることができるのである。よく「こだわりを持つ」と簡単に言うけれど、「こだわる」ということは並大抵のことではない。

残念ながら、ウカウカ・ホノボノしていては、決して、断じて、芸術の域に達したものは生まれてこないのだ。

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「こだわり」が必要なのは、デザインという芸術的な分野だけではない。以前のエントリーの最後のほうで、Jerome Groopmanという人の書いたThe Doubting Diseaseというエッセーについてこんなことを書いた。

Joreme Groopmanは、優れた科学者にいかにObsessive-compulsive Disorder(OCD)(強迫性障害)が多いかに触れている。

その中で取り上げられた一人の化学者は、8歳の息子を公立学校から転校させた。「解決しようとする問題があるとき、完璧に解けるまでそれ以外のことを全くブロックアウトする」という非社会性を学校が受け入れなかったからだ。しかし化学者として成功した父親にとっては、その神経症的性格こそが自分を成功に導いたことが明らかだった。息子がせっかく引き継いだその性格をつぶすなんてとんでもない、と彼は考えたのだ。

エッセーには、論文の締め切りが近づいて、完璧を期そうとすると、強迫性障害の症状が花開くように現われて「鍵を閉めただろうか」と何度も家に戻らなければならなくなったりする、という科学者も登場、最後はGenentechのmolecular biologistのLaurence Laskyの「Who says advancing science has anything to do with being happy?」という言葉で締めくくられる。

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Laskyの言葉を借りれば
「Who says being professional has anything to do with being happy?」
ということか。どんな分野であっても、何かで他の人に認められるほどの成果を出すためには、とてつもない細部にまで執着することが必須なのであろう。

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ちなみに、最初の建築家氏との会話には、もう一人加わっていて、その人は対人コミュニケーションの専門家であった。彼に
「周りの人たちのコミュニケーションスタイルのアラばかりわかって辛くない?」
と聞いたら、
「いや、誰でも、建設的に向上できるわけで、その向上ポイントを上手に指摘できるのはよいことなわけで・・・」
といった回りくどい、一見前向きなコメントが返ってきたが、これは、彼がコミュニケーションの専門家である以上、
「いやー、コミュニケーションがイマイチなヒトと話してると疲れるんだよね」
というネガティブなコメントはいえない、ということであろう。

なお、このコミュニケーションのプロ氏を招いて、JTPAで2月5日にコミュニケーション・スキルのセミナーをRedwood Cityで行います。是非ご参加下さい。

プロなヒト」への9件のフィードバック

  1. 余計なお世話かも知れませんが、今回の話は無理がある、というか正直言って何が言いたいのかわかりにくいです。JTPAイベントの宣伝なのかも知れませんが、いつもの渡辺さんらしい歯切れのよさが感じられなくて、何となくすっきりしません。無理やり持っていった感じが否めないのですが、渡辺さん的にはすっきりしているのでしょうか? 自分だったらどんな感想でも欲しいと思うので、ややネガティブな内容ではありますが、渡辺さんを信じてあえてコメントさせていただきます。

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  2. 私は、最後のイベント告知の方が浮いて見えました。
    主題は、これに通じるのかな、と↓
    Paul Graham: “Taste for Makers” (http://www.shiro.dreamhost.com/scheme/trans/taste-j.html )より:
    「実際問題としては、美を想像するよりは醜に目をやる方が簡単だと思う。美しいものを作った人々の多くは、彼らが醜いと思ったところを直していったのだと思える。誰かが何かを見てこう考える:「俺ならもっとうまくできる」。これが偉大な仕事の発端なのだろう。[…] その分野で熟練者となれば、内なる声が囁き出すだろう。「なんてハックだ!もっと良い方法があるはずだ」。この声を無視してはいけない。それを追求するんだ。」

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  3. Akama-san, Shiro-san
    そんなに無理あります?そうか・・・。
    まず最後のところ宣伝じゃん?というコトに関しては、そうです。その通り。その通りです。
    でも、宣伝ということを抜いて、このエントリーを書こうと思ったきっかけは、建築家氏と、コミュニケーションのヒトとの3人の会話なんですよね。間にいろいろ、その主題から連想したあれこれ(アルマーニとか)を入れただけです。ということで、全体としては、私の中では無理はありません。
    主題は、Shiro-sanの書いている通りですが、
    「他人から見ても認められる仕事を達成するには、それが芸術でも科学でも、その他もろもろの全ての分野であろうとも、結局『醜いもの』が『なぜ』醜いかが『見えてしまう』苦しみを負わなければならない」
    ということで、私的には、単なる1エントリーを超えたかなり深いテーマなんですけど。Akamaさんも、こうしたこと、ご自身の日常の仕事の中で感じませんか?
    もとい、また懲りずにいつか書きます:^)

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  4. 「Who says being professional has anything to do with being happy?」
    以前の仕事を思い出し、見につまされました。
    アルマーニといえば、彼の仕事っぷりと私生活を1年間追った「Armani」というドキュメンタリー映画を見ました。その中の、「たとえ愛する人が、朝までベッドに一緒にいて欲しいといっても、私は断るだろう。翌日もアルマーニでいたいからだ。」という彼の言葉がとても印象に残っています。
    私のような凡人は、そんな人生さみしすぎではと感じてしまいますが、アルマーニは、「私はアルマーニとしての人生を愛している」と言い切っておりました。何かの道でナンバーワンになる人は、突き抜けちゃってるんですね。
    この映画、アルマーニのPerfectionistっぷりにご興味があれば、お勧めです。

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  5. 再度読み返してみました。結局何が一番ひっかかったのかと言うと、冒頭の建築家氏の言葉なのです。他人の仕事の醜さが見えてしまうというのは確かに「できる」あるいは「他人から認められている」人にとって苦痛なのかも知れません。でもそれは本当に」「醜い」ものなのだろうかと。未熟なものが、その分野で成熟した人から見れば未熟に見えるというのは納得できますし、私も日常の仕事の中で感じることもあります。ただ「デザインのどこがだめか」を見てしまうというスタンスと「よっぽどすばらしいデザイン」をどう定義されているのかという点にちょっと疑問を感じてしまったのでした。これってもしかしてサイエンスとアートの違いなのでしょうか?

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  6. Akama-san
    コメントありがとうございます。美しいものは相対か絶対か、単なる個人の好みなのか、という問題は常にありますよね。
    ただ、私は、Shiroさんの
    http://www.shiro.dreamhost.com/scheme/trans/taste-j.html
    読んで、深くうなずいてしまいました。『美は絶対である』ということが綿々と深く説明してあります。
    「絶対的に美しいもの」というのがサイエンスでもアートでもある、と私は思うんですよね・・・。

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  7. Eri-sama
    Armani、面白そう!!是非見てみたいです。
    といっても、Armaniの服は私はどうしても着こなせないんですが、彼の美学には感服してますので。

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  8. >>>「絶対的に美しいもの」というのがサイエンスでもアートでもある、と私は思うんですよね・・・。
    ABSOLUTELY!
    Don’t mix up beauty as an absolute value with personal preferences/tastes/culture. I will write more later. I like this topic.

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  9. アルマーニのジャケットは、確か一番小さめのサイズで、肩とウェストの高さが私にジャストフィットするぐらいでした。がたいのよい女が少しセクシーに見せたい時の服とでもいうのでしょうか(笑)
    「日本人のほとんどの女性は、ここの服は着られないのでは???」というのが、イタリアン・ブランドへのかねてからのギモンです。みなさん、お直しとかしているのでしょうか?それとも、日本市場に向けて小さめのサイズを作っているのかしら?
    ちょっと調べてみたら、映画の原題は、「Giorgio Armani: A man for all seasons」でした。マイナーな映画っぽいので、こちらで入手するのはどうしたらいいのでしょうね。
    http://www.comstock.co.jp/armani.html

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