Misa Flamenca

paco.jpg昨日の夜、スタンフォード大学の教会でコンサートがあった。

フラメンコギターの大御所、Paco Penaによるフラメンコ風ミサMisa Flamenca。教会の設立100周年記念イベントである。

スタンフォードの教会はステンドガラスが散りばめられ天井は高く厳かな感じだ。コンサートはまず、教会内の全ての電気が消され、祭壇の蝋燭の明かりだけが灯る状態で始まる。スタンフォード大学の合唱団の男性コーラス4人が静かにアベマリアを祭壇上で歌う中、蝋燭を持ったコーラス隊が20人ほど後ろのドアから入場、静かに祭壇へと向かう。

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Stanford大学の苦しみ

今日は、スタンフォードの医学部で教授をしているJimと長々とランチをした。いろいろ「お医者さん裏話」を聞いて笑ったりゾーっとしたりした。私は医学ノンフィクションものを読むのが好きなのだが、そのリアル版という感じだろうか。

さて、Jimがこんなことを言った。
「スタンフォードの循環器科は、前は世界でも最高峰だったから、いろいろな循環器系のデバイスが開発された」
「今はどうして最高峰ではなくなったわけ?」と聞いたところ
「いいデバイスを開発した人がみんな起業して大学を出て行っちゃったからだよ」
ということで、なんといいましょうか、起業のメッカにある大学には、「大学発ベンチャーを」などとシャカリキになっている大学とは違う苦しみがあるんですね。

そして誰もいなくなった

ant farmアリハウスを買った。自動的専業分業アリ社会へのコメントでTakkyさんが紹介してくれたハイテク物。Nasaが開発した、巣にもなるしエサにもなる、という優れもののジェルが入った横10センチくらいの小さな容器。日本で買うとアリが4匹付いてくるけれど、アメリカで買うと、アリ採集用キットが付いてくる、というお国柄の違いが出たパッケージングがされている。

「巣にもなるしエサにもなる」というのは、ヘンゼルとグレーテルのお菓子の家のようである。

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プロなヒト

ちょっと前に、建築家のヒトと話をする機会があった。

そのとき、建築家氏は、建築デザインに関して鋭いセンスを持っているがゆえに困ったこととして、こんなことを言っていた。
「よく友達が、家を建てたり改装したりした時に招待してくれる。で、僕が建築家だと知っているから、『うちのデザイン、どう思う』と聞いてくる。これには本当に困る。もちろん相手は新しい家が嬉しくて、褒めて欲しくて聞いてくるわけだ。でも、僕はプロだから、殆どの場合『デザインのどこがだめか』というところに目が向いてしまう。よっぽどすばらしいデザインだったら別だけど、大抵はそうじゃない。」
で、それが苦痛なので
「最近、友達の新しい家に呼ばれること自体、ちょっと苦痛なんだよね」
と嘆息していた。

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建築雑誌にGiorgio Armaniのクルーザーが特集されていたことがあった。あの、デザイナーのアルマーニだ。すっきりとモノトーンを基調にしたイタリアンモダンは、ため息がでるようである。20人くらいいるクルーザーの常勤スタッフの制服ももちろんArmaniがデザイン。Armani本人のコメントとして
「いろいろなホテルに泊まったが、インテリアがゴテゴテしているのに耐えられない。だから、いつでも気持ちよく休暇が過ごせるようにとこのクルーザーを設計した」
とあった。Armaniが泊まるほどのホテルだから、超一流に違いない。それでも耐えられないのだ。

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村上春樹のねじまき鳥クロニクルには、周囲にセンスが悪い人間がいることに耐えられないデザイナーの女性が出てくる。彼女と知り合った主人公は、靴からパンツまで全て新品を買い与えられ、彼女の前では常にそれを着るように言われる。

美しいものを作り出すには、「美しくないもの」がきちんと見えなけばならない。さらに、なぜ美しくないのか、どうやったら美しくなるのか、というディテールが理解できて、初めて「美しいもの」を作る側にまわることができるのである。よく「こだわりを持つ」と簡単に言うけれど、「こだわる」ということは並大抵のことではない。

残念ながら、ウカウカ・ホノボノしていては、決して、断じて、芸術の域に達したものは生まれてこないのだ。

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「こだわり」が必要なのは、デザインという芸術的な分野だけではない。以前のエントリーの最後のほうで、Jerome Groopmanという人の書いたThe Doubting Diseaseというエッセーについてこんなことを書いた。

Joreme Groopmanは、優れた科学者にいかにObsessive-compulsive Disorder(OCD)(強迫性障害)が多いかに触れている。

その中で取り上げられた一人の化学者は、8歳の息子を公立学校から転校させた。「解決しようとする問題があるとき、完璧に解けるまでそれ以外のことを全くブロックアウトする」という非社会性を学校が受け入れなかったからだ。しかし化学者として成功した父親にとっては、その神経症的性格こそが自分を成功に導いたことが明らかだった。息子がせっかく引き継いだその性格をつぶすなんてとんでもない、と彼は考えたのだ。

エッセーには、論文の締め切りが近づいて、完璧を期そうとすると、強迫性障害の症状が花開くように現われて「鍵を閉めただろうか」と何度も家に戻らなければならなくなったりする、という科学者も登場、最後はGenentechのmolecular biologistのLaurence Laskyの「Who says advancing science has anything to do with being happy?」という言葉で締めくくられる。

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Laskyの言葉を借りれば
「Who says being professional has anything to do with being happy?」
ということか。どんな分野であっても、何かで他の人に認められるほどの成果を出すためには、とてつもない細部にまで執着することが必須なのであろう。

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ちなみに、最初の建築家氏との会話には、もう一人加わっていて、その人は対人コミュニケーションの専門家であった。彼に
「周りの人たちのコミュニケーションスタイルのアラばかりわかって辛くない?」
と聞いたら、
「いや、誰でも、建設的に向上できるわけで、その向上ポイントを上手に指摘できるのはよいことなわけで・・・」
といった回りくどい、一見前向きなコメントが返ってきたが、これは、彼がコミュニケーションの専門家である以上、
「いやー、コミュニケーションがイマイチなヒトと話してると疲れるんだよね」
というネガティブなコメントはいえない、ということであろう。

なお、このコミュニケーションのプロ氏を招いて、JTPAで2月5日にコミュニケーション・スキルのセミナーをRedwood Cityで行います。是非ご参加下さい。

インターネットとともに去りぬ

民主党大統領候補のHoward DeanがIowa予備選で予想外の大敗、というエントリーを書いたが、その続報。

Howard Deanはインターネットによる草の根募金活動・選挙活動で、無名の人から筆頭候補の噂が出るまでに一気に上り詰めて大いなる話題を呼んでいたのだが、Iowa予備選では3位と大敗。

予備選翌日の新聞では、Deanが満面の笑顔でシャウトしている、という顔の写真が載っていて、「はて、大敗なのに、このヨロコビ顔はなぜ?」と思っていた。この日以降テレビを全く見ていなかったので、知らなかったのだが、Deanは開票結果後に
「やったぜ、イェー、ビリじゃなかったぜ」
みたいな、訳のわからない大絶叫スピーチをかましたようである。

テレビやウェブキャストでそれを見た人たちはみな「This guy is crazy・・・」と思ったようだ。さらに、あまりに異様なので、Deanの絶叫をサンプリングして、ラップ音楽を作ってインターネットにアップする人が複数登場。どれもDeanのスピーチの変さ加減の的を上手く付いている。CNNのテレビでまで放映され、一躍有名に。

ちまたでは、「Deanもこれでおしまいだ」とのもっぱらの分析だ。派手好きのアメリカ人も、
「さすがにここまで変な人が大統領なのは困る」
という感想。

Dean Remixは殆どが「イャオェーーッツッ」といった謎の絶叫と、Deanが
「今から行くぞ、待ってろよ」
とばかり連呼した、これから予備選を行う様々な州の名前。

Dean Remixを聞きたい方には・・・・
http://aginsights.com/dean.html
■博士課程取得中で29歳で4人の父のBarlowがblogで発表したhttp://homepage.mac.com/jonathanbarlow/.Public/howarddean.mp3
■Deanの絶叫を揶揄してYeaghと名づけられているhttp://homepage.mac.com/lileks/.cv/lileks/Public/Yeagh.mp3-link.mp3

聞いてもらえばわかりますがすごいです。こんな人が4千万ドル募金で集めて大統領選に出るアメリカ。とんでもありません。

というわけで、インターネットとともに流星のように現われ、インターネットとともに流星のように去っていったHoward Deanなのでした。大勢にリーチするために非常に有効なツールながら、問題があるときも一気に大勢にマルチメディアで広がってしまう、というインターネットらしい一面が如実に出たと言えましょう。

(といっても、Deanはまだ予備選を戦うようですので、この後どう復活トライをするかちょっと期待。)

読売新聞

そういえば、1月12日の読売新聞の日曜版にこんなインタビュー記事を掲載していただきました。

記事を書いた記者の館林さんに撮ってもらった写真。オフィスのあるCalifornia AvenueのSolというメキシコ料理屋の前のベンチで。ちなみに、Palo AltoからMountain Viewにかけてのメキシコ料理屋の多くの経営者は親戚。「おばあちゃんのソース」というメニューアイテムがどこに行っても同じところを見ると、みんなイトコなのか。Solもその一つ。

(ミニ)バブル再び

景気が上向いている。今週は、ハイテク企業の去年10-12月期業績発表が続くが、多くが好調。Reutersの記事にもあるとおりeBayは利益が64%増、2004年の売上げ予測も30億ドルに上方修正。

チップやネットワーク機器関係は、業績はよいのに株価が下がるという事態となっているが、Financial Timesの記事にあるとおり、これは、最近随分株価も上がったから、そこそこよい業績発表があったところで利益確定の売りがドッと出た、ということのようだ。Lucentは2期連続黒字、AMDは1年以上ぶりの四半期黒転。

政府発表の住宅着工件数も、12月にはダウンするという大方の予想を裏切って上昇。

後は、IPO windowの開くのを待つばかり。というか、IPO windowが開くことを前提に、いろいろ次の手を打つ人が出始めている。知り合いのベンチャー経営者も、
「今年はミニバブルになる。でも来年はまた危ないかも。だから今年の夏ごろ、多めに増資しておこうと思う」と。

IPO候補としては、知らぬものとてないGoogleがある。公開時の企業価値は200億ドルとも300億ドルとも言われ、実に日本円にして2兆円から3兆円。IPOするなり3桁億ドルという企業価値がついた例では、AT&Tが技術部門をスピンオフしたLucentがある。1996年当時で170億ドルという企業価値がついて話題を呼んだが、Googleはそれすら凌駕する可能性があることにある。引き受け幹事はGoogleもLucentもGoldmanとMorgan Stanley。(ちなみに、新日本監査法人の荒尾さんによれば、去年の日本の最大のIPOがNECエレクトロニクスとセイコーエプソンで、いずれも公開時は5000億円程度の企業価値とのコトで、桁違い。)

これ以外ではsalesforce.comもファイルしているが、思ったより小ぶりになるかも。ワイヤレスチップ(802.11)のAtherosも公開申請書類を既に提出したようだ。

あとは、今日のWall Street Journalでは、eMachinesが候補として取り上げられていた。ローエンドのPC販売で成長、公開していたが、不景気の折に公開取り止めでプライベート化、落ち着いて業績回復を行ってきた。建て直しは、日系人のWayne Inouye氏がCEOとしてリードしてきたが、最近元投資銀行員のCFOも雇ってIPO準備開始。2004年の売上げは去年の40%増で14億ドルの見込みということで1500億円。

ちなみにGoogleがIPOで調達するのは,15億ドルから40億ドル(1500億円から4000億円)くらいの幅がささやかれているが、こんなに調達したら使い道はM&Aしかない。まさかいきなりVerisign(企業価値48億ドル)を買ったりしないとは思うが、どういう手に出るか興味深いところ。逆に、MicrosoftがGoogleの敵対的買収に出るとAlwaysonのTony Perkinsは言っているが。

一方で、アメリカ国内の人を切って、インドや中国にプログラミングやサポートの要員を移すoff shoringの動きはさらに加速している。今週になって「off shoringで2006年から1億6800万ドル削減する、まず今年は3000人の職をアメリカから海外に移す」という具体的な数字付きのIBMの社内文書がリークして話題になった。

全体として「華やか」だが、海外に移されるレベルのスキルしかない人は「華やかの外側」、という吉凶入り乱れた2004年になりそうだ。

大統領選挙とインターネット

昨日は、大統領選予備選の第一歩、Iowa caucusが行われ、人気一番と思われたHoward Deanは18%の得票で3位、もはや過去の人と言われていたJohn Kerryが38%で1位という意外な結果となった。「インターネットを最大限に活用した選挙活動で人気を集めたDeanが、テレビでの討論や広告など実体の方で不人気なことが判明」というのがアナリストたちの見解のようだ。

ちなみに、caucusといっても、なんのこっちゃ、という人が殆どであろう。私もそうだ。そもそも予備選ってなんだという感じなのに、さらにcaucus。
「民族衣装を着て銃を持ったロシア人が輪になって踊っている」
という謎のイメージが頭の中には浮かぶのだが、それはコサック兵とマイムマイムがごっちゃになっているのであろう。
(連想の流れ:コーカス→コーカサス地方→ロシア→コサック兵)

もとい、コーカス。一応アメリカで教育を受けたダンナですら
「Caucusはイマイチ変なシステムだからよくわからないんだよねー」
ということで、アメリカの選挙はえらく複雑である。

ごく簡単に概略だけ言うと、
1)大統領選では、まず党ごとに自分たちの推す候補者を選ぶ
2)選ぶために、州ごとに、個々の党が「どうやって選ぶか」というルールを決める
3)ルールには党員がみなで投票するprimaryと、党員がグループを作ってそれぞれのグループごとに決めるcaucusがある。予備選出だしのIowa州はcaucusルールを採用。(caucusはとても複雑。詳しくはNew York Timesの記事をご覧下さい)
4)いろいろな州で順繰りに候補者を決めていく。今回共和党は、現大統領のブッシュが候補者として決定済みなので決めるのは民主党のみ。民主党は、最後に大パーティーをして、
「XX州はYYさんを選んだー」
「おおおお(拍手拍手)」
みたいにワーワーと発表する、というパフォーマンスをして、党の候補者を発表
5)そして、異なる党の候補者同士に対する直接投票の本選が行われる
(上記、1月21日に少々訂正しました)

ということのようだ。かように、半年以上かけたお祭りが繰り広げられるのである。

さて、話題を呼んだDeanのインターネットを使った選挙活動だが、ウェブ上の募金活動で、4千万ドル、実に40億円超を調達した。

サイトはよくできていて、ビデオもあるし、非常に頻繁にアップデートされている。選挙スタッフが作るblogまである。
募金ページはVerisignのsecure siteマークも入っているし、クレジットカード(Visa、 Master、 American Express)も利用可能。ニュースはRSSフィードもできるようになっている。

募金ページはConvioという会社が作っている。Convioは、オンライン募金活動を専門にサポートということで、いろいろな会社があるものである。

通常大統領選の募金活動といえば、うん千ドルのディナーパーティーなどというのがメジャーだが、今回Deanは「小額を大勢から集める」という方法で多額の資金を集めた。この「小額を大勢から集める」というのは、選挙に限らず、ありとあらゆるビジネスで重要になっていくビジネスモデルだと思う。例えば、AppleのiTunesで一曲99セントで音楽が買えるというのもそうだし、誰かが広告リンクをクリックするたびにチビチビと広告料が課金されるGoogleのAdsenseAdwordsもそう。AmazonのAssociate Programのように、「本を売ってくれたらちょっとだけ販売手数料をあげる」という仕組みを導入して、世の中全員セールスマンにしてしまおう、というのも「小額×大勢」。

以前、MozartとMichael Jacksonと印税というエントリーで、「多額×少数」をクライアントとして、貧乏のうちに30代で死んだMozartと、「小額×大勢」で大金持ちになったMichael Jacksonを比較した。MozartとMichael Jacksonどちらが才能があるかはさてはおきつ、「多額×少数」から「小額×大勢」へとビジネスモデルが変わるということは、とても大きな変化なのである。

ルックスと成功

以前書いたエントリーのルックスはビジネスと関係あるか?にMozanさんがコメントで書き込んでくれたリンク先の記事がとても面白かったのでご紹介。

Hidden camera investigation: Do looks really matter?

元のエントリーは、「見た目がいいと、ビジネスに役立つのか?」という内容だが、この記事は、NBCの社員男女2人と、超美形モデルの男女2人が、街を歩いて人々の反応の違いを見る、というもの。(ルックス以外の条件(年齢・人種など)はなるべく同じにしたとのこと)

ということで、書類をばさっと街角で落とした場合、どんな違いがあるか。

1)落としたのがモデルの女性の場合
When model Allison drops her file, there seems to be a sudden change in the weather. Is it raining men? A man even uses his cane to stop the pages from flying away.

「急に雨でも降ってきたのか」というくらい、周り中が騒然となり、皆必死に書類を拾ってくれる。杖を付いている男性まで、杖で書類を押さえる。

2)女性社員の場合
NBC staffer Loren is about to be that someone else. She drops the papers and people step by, rather than stop. About a dozen people pass by before, finally, a woman offers help.

10人以上が歩き去ったあと、やっと一人立ち止まって書類を拾ってくれる。女性社員氏は、“I felt embarrassed・・・・You know, wait a second, I think I’m somewhat attractive. Why didn’t anyone help me?”
「私だって、割合魅力的だと思うんだけど、どうして誰も止まってくれないの、と恥ずかしかった」とのこと。いや、よーくわかりますなぁ。。。。

3)社員の男性の場合
But that’s nothing compared to our other NBC colleague, Anthony. When he drops the folder, the sidewalk literally clears. Even as he spreads out the papers he’s supposedly collecting, people just walk on by.

書類が散らばった瞬間、道行く人はくもの子を散らすようにいなくなって、ぽっかり空間が。拾うふりをしながら、敢えて書類を広げるも、誰も手助けしてはくれない。むなしい。

4)モデル男性の場合
Model Anthony wouldn’t know how that feels. He drops the folder and immediately an entire family stops to help.

男だから助けてもらえないわけではないのである。美形の男性の場合、即座に通りがかった家族が全員で書類拾いを手伝ってくれる。

これ以外にも、道を聞く、列に割り込んで許してもらう、など、いろいろトライするが、結果は一緒。コメントを求められた専門家いわく

“we are just hard wired to respond more favorably to attractive people. ・・・This is something anthropologically that has existed for as long as history exists,

ということで、「人類学的に見て人間は魅力的な人に優しくするようにできてるんです」という実もフタもない答え。

去年の12月18日号のEconomistには、こんな記事もありました。
Hey, big spender: Men lose their fiscal prudence in the presence of attractive women

明日25ドルもらうのと、1年後に100ドルもらうのとどちらがよいか、といった質問をいくつかすると、その人の時間価値がわかる。一般的に男性は女性に比べて「将来の大金」より「今の小金」を選ぶ傾向があることは知られている。

さらに、実験として、200人の男女に、12枚の写真を見せる。ある人は、12人の魅力的異性の写真を見る。他の人は、12人の普通の異性、12台のかっこいい車、12台の普通の車の写真を見る。写真を見た後、「今」と「将来」の選び方がどう変わるか。

As predicted, men who had seen pictures of pretty women discounted the future more steeply than they had done before—in other words, they were more likely to take the lesser sum tomorrow.

魅力的異性の写真を見た男性は、「たくさんだが、もらうまでに時間がかかる報酬」よりも、「少なくてもいいから、なるべく近い未来にもらえる報酬」を選ぶようになる。

(I)t was as though a special “I-want-that-now” pathway had been activated in their brains. After all, the money might come in handy immediately. No one else was much affected.

というわけで、魅力的異性を「見る」だけで、男性の選択は刹那的になる、というそういう結果だそうです。

Steve Jobs: Return of the King

San Jose Mercury Newsの日曜版のビジネス欄はアップルコンピュータ特集であった。初代Macintoshが発売されたのが1984年の1月24日ということで、20周年を記念したもの。
The Mac that roared
Jobs’ personality, values inseparable from Apple saga
上の二つの記事以外にも、紙バージョンでは、製品やマネジメントの変遷に関する年表が満載。その代わりオンラインでは、1984年当時のマック発表に関する記事が二つ転載されている。20年前といえば、もうなんというか、コンピュータの歴史的には、縄文時代みたいなものだ。
Archive: A look at secret new Apple computer (Jan. 1984)
Archive: How the Macintosh computer grew (Jan. 1984)

一番上の記事には、Mac誕生の経緯が載っている。

The seeds of the Mac were planted in 1979, when Jef Raskin, an early Apple employee, decided to name his dream — a new type of user-friendly computer — after a fruit he liked to buy as a boy in Manhattan. “I figured if I was going to name an Apple, it might as well be my favorite,” he recalled.

So Raskin christened the project Macintosh, after the McIntosh apple. Though Apple had asked him to build a $500 game machine, he morphed that mandate into a $1,000 computer.

Well, sort of a computer. Raskin envisioned a machine people would love, a machine people would find friendly more than just necessary. Raskin’s vision — in broad strokes, at least — carried through into the final product.

But it was Jobs who made the Mac real. Jobs, who recognized the Macintosh project as an opportunity to fulfill his own computing vision, took control of the team from Raskin, and remade it in his own image.

ということで、AppleをAppleたらしめたといってよいMacは、実はJobsの発案ではなく、他の社員のアイデアなのであった。途中で、Jobsがプロジェクトを乗っ取って、自分のテーストを加えて仕上げたわけである。

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