左脳と右脳とパラダイム

決断のスピードというエントリーを書いた。

基本的にその通り、という類のコメントをNaotakeさんとTakiさんのお二人からもらった。一方で、trackbackして頂いたblogでは

「決断のスピードを読んで思ったのは、日本の商売の形というのは、責任と信用と過程で金を取っているということ。要するに根付いているのは、「任侠」の精神だと、義理人情だと。これに対するグローバルという流れに対して、先進的な流れを好む人、誰かの前に立って目立ちたがる人、新し物好きな人、学者等を除き日本人は、反感を覚えているように感じる。」

という、ネガティブなコメントを頂いている。(ちょっと分かり難いのだが、多分ネガティブだと理解しました。)

どうして読み手によってこういう差が生じるのか。

私の元のエントリーは、アメリカ式=よい、日本式=悪い、という単純な図式を描こうとしているわけではない。私は、日本でも良い会社はキチキチと決断をタイムリーに下しており、アメリカだって上手くいっていない会社は、決断のスピードも鋭さも鈍っている、と思っている。さらに、日本も高度成長期の頃には、事業機会の多さに比べて人材が少なかったことから、30代で足が震えるような決断をせざるを得ないような局面がたくさんあったはず。今50代の日本の大企業の人から、若い頃には胸のすくような勝負をしてきたという話を聞くことが良くある。

この思いを、オリジナルのエントリーでは

「びしびしと決断していた昔に築き上げた事業があまりにすばらしかったので、いまだにそれの残り火で生きていける会社」を「みんなで合議に合議を重ねて、集団でスクラムを組む日本的美徳がゆえに成功している会社」と思ってしまった90年代はちょっと不幸だった。

とさらっと書いてしまったが、こんな短さでは、元々「アメリカ=いい、日本=悪い、という図式は納得いかないぞ」と思っている人を説得することは無論不可能。人間は普通は、既に自分の中にあるアイデアしか理解できない。それ以外のことは、目にし、耳にしても、電車から眺める景色のようにサーっと流れ去ってしまう。なにかを読んで「わかった」と思う時は、本当は「前から自分が思ってきたことが、まとめて表現されている」、というだけであることが殆どだ。全く違う考えを持っている人の心に響くためには、相当な厚みのある説得が必要なのである。

私の元のエントリーは、例えばコンサルティングレポートとしては絶対失格だ。(当たり前だが)。コンサルティングのレポートは、客観的なデータを満載することで、懐疑心を持っている人でも納得させられるように構築しなければならない。これを、「相撲取りは太っている証明」と私は呼んでいる。相撲取りが太ってことを100ページのレポートにしたとする。そんなの当たり前、と思う人から見れば、
「くどくどと何を証明しているんだ、平均体重や平均身長・体重比なんてデータなんか何もなくたって相撲取りはでかいのは当たり前だ」
となる。しかし、生まれてこの方相撲取りを見たことない人にとっては客観的データは重要。しかも、たくさんのデータを積み重ねられることで、だんだんと納得していくのである。(相撲取り話については以前のエントリーでも書いた。)

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話は飛ぶが、Ramachandranという人が書いた「Phantoms in the Brain」には、人間の右脳と左脳の役割に関する興味深い症例が出てくる。どうも、右脳は「パラダイムシフト認識担当」、左脳は「秩序作成および入ってきた情報をその秩序のの枠組みの中に整理する担当」、となっているらしい。で、脳溢血などで右脳が大々的にダメージを受けた人の間で、時として非常に特異な障害がでることがとあるのだという。右脳がやられたため、左半身が麻痺しているにも関わらず「左半身不随であることを認識できない・しようとしない」という障害が現われるのだ。

「健常」という、自分が世界を捉えていたパラダイムから、「左半身不随」という全く新しい世界観のパラダイムに移行したのに、その変革を認識する担当の右脳は機能していない。そこで、左脳は「健常」という従来の秩序の枠組みに、「左半身が動かない」という情報を格納しようとする。そのためにはありとあらゆるギミックを駆使するらしい。医者に「左手を上げて下さい」といわれて「いや、皆さんに邪魔されていて上げられません」と言い切ったり。

(ちなみに、右脳については、Amazonの「立ち読み」でいろいろ読めます。Amazonの立ち読みの説明はこちら。)

ということで、通常は左脳がフル活動して秩序を作り上げている。大抵のことは、従来の秩序に整理できるし、そうするのが生き方としても正しい。ちょっとした差異が誕生するたびに新しいパラダイムを構築していては普通の生活ができなくなってしまう。読んだものの中から既にわかっているアイデアを拾い出して納得する、というのはまさに左脳的正しい反応である。

しかし、左脳で処理しきれない「差異」がある一定量をオーバーすると、右脳が「コレハチガウ!」と新しいパラダイムを構築するわけだし、それができないとまずい。

村上春樹のアンダーグラウンドには、サリン事件の地下鉄に乗り合わせ、あちこちで人が倒れ、周りの人たちがみんな避難した後にまだ「今日は倒れる人が多い日だなぁ」程度に思ったという若い男性が登場する。彼はもしかしたらサリンのせいで判断力を失っていたのかもしれないが、右脳が機能していないとこういうことになりかねず、命の危険を伴うので、右脳は大切にしよう。

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さて、本題に戻ると、「スピーディーな決断をするのが良い会社」というのは、きちんとデータを取って証明できない限り、私の個人的パラダイムである。個人的なものではあるが、私自身がそれを元に転職や引越しという行動を起こすためには、十分納得性のあるパラダイムである。が、これをもっと普遍的に説得するには、「平均的決断の規模とそれに関わる担当者数」とか、「XX円の資金投下を必要とする決断に要する時間」とか、「その指標の同じ会社の中での経年変化と、業績の相関」とか、「異なる会社間での、指標と業績の相関」とか、いろいろなデータをきちんとる必要があるのであります。。。。

左脳と右脳とパラダイム」への3件のフィードバック

  1. 「ひのとのみ」さんの「信用と責任に値段」を読んでみました。
    ???
    それこそどこかで聞いたり読んだりしたことのある内容がパッチワークのように寄せ集められていて、バカな私には大きな壁に阻まれてしまい、理解できませんでした。
    まあ、意見にも反論する価値のあるものと、そうでないもとがあるということが分かっただけでも良しとしますか。
    毎日楽しみにしていますので、これからもどうぞblogをお続けください、千賀さん。

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  2. こんにちは。いつも読んでいただいてありがとうございます。
    今回は、反論というより、「外的現象を元に、もともと私の中にあった思いを書いてみた」という「左脳型エントリー」のつもりです。右脳さんは、どうも一回の「パラダイムシフト認知」で莫大にブドウ糖を消耗するらしく、あまり使うと疲れてしまうので、今日はお休みです。。。ではでは。

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  3. こんにちは。はじめまして。
    日本企業の決断Speedの遅さ、実感してます。
    情勢変化しても、帰るのもくるのも一足遅れ気味(笑)
    個人的認識としては、決断の度胸によるのかなと。
    責任とともに権限も委譲されているのに、相変わらず
    非公式な合議をとりたがる方たちが沢山います。
    しかも話をしていると、正しい判断をしていらっしゃる。
    それなのに、決断を下さない。「タイミングを見ている」
    とかなんとかおっしゃる。
    決断をしないから、いつまでも度胸がつかない。で、決断
    できない悪循環。
    この「タイミングを見ている」というのは、”決断しない”
    という決断なのかもしれません。
    とはいうものの、Speedは相対的に以前よりは速くなって
    いるようです。外資系と比べたら遅いのかもしれませんが。
    段々度胸がついてきたかな♪

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yalie@kobe への返信 コメントをキャンセル