子供の頃、「赤い靴」の歌の歌詞の「異人さんに連れられて・・・」というところを「ニンジンさんに連れられて・・・」だと思っていた。葉っぱのついたニンジンが巨大化し、スーツを着て、赤い靴を履いた女の子の手を引いて連れて行くところを想像し、「それは怖い」と思っていた。
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最近、私自身のニンジン化が進んでいるのではないかという気がする。日本的なものに共感しにくくなり、アメリカ的なものが自然に感じられるようになってきたのだ。
日本の週刊誌などを見ても「なんだかみんな大変そうだねー」という遠い感じだ。一方で、アメリカに住み始めた当初は「なんてドライで恐ろしい」と思った映画を久しぶりにDVDで見たら、それほどドライに感じられなくなり、「そういうこともあるよねえ」という感じになってきた。
例えば、政府の特別麻薬担当官の娘が麻薬におぼれる話のTrafficという映画とか、有名になりたいだけで連続殺人を犯す移民が出てくる15 Minutesとか。なんて乾いた異常さなんだろう、と最初は思ったのだが。
とはいうものの、まだ完璧にニンジン化したわけでもないようだ。
先日日本から親戚が遊びに来ていたのだが、9歳の甥がある映画を説明してくれた。彼いわく、
「例えばMatrixだと、バンバン撃たれても全然死なないけど、その映画は一発撃たれただけで死んじゃうんだよ」とのこと。
なんのことやらと思ったのだが、実は恋人が討たれて死ぬという悲劇的恋愛映画のことなのであった。恋愛の部分は全然心に残らず、一発撃たれただけで死ぬ、というところだけ覚えているとは、子供とはいえまさに男的感性だと笑ってしまったのだが、生粋のアメリカ人であるうちのダンナは
「間違って小学生の子供が銃を持ち出して友達や家族を殺してしまったりする事件が時々あるけれど、なるほど、Matrixみたいな映画をたくさん見た子供たちは『一発撃ったくらいでは死なない』と思ってるんだな。危険だなぁ」
という感想で、それはいたって「アメリカ人的感慨」だなぁ、と思った。
ということで、そこまで私はまだニンジン化してないようであります。