メディカルデバイス起業のココロ

スタンフォード大学のバイオ関係セミナーに行ってきた。今日は、動脈などを内部から拡張するために使うstentという小さなデバイスを、世界で最初に製品化したJulio Palmazというアルゼンチン出身のドクターの講演だった。

2000年の終わりごろからバイオとITの融合領域に注目している。こういう全くの異分野の場合、どちらか一つしか知識のない人がもう一方に進出していくことになるが、私の場合もちろんITからバイオというBrave New Worldへの侵入である。物理・化学専攻で、生物を毛嫌いしていた(ただの暗記学かと思ったので)私の知識吸収に、非常に役に立っているのがスタンフォード大学。2年前にまず、社会人向けのバイオテクノロジーのクラスを取って最新動向の全体像を掴み、その後はあれこれと行われるキャンパスでのセミナーに参加して知識の厚みを増している。

今日のセミナーはStanford Biodesign Innovation Programというプログラムの一環で、From the Innovator’s Workbenchと称されたセミナーシリーズ。「Step inside the experiences of some of the most successful medical technology innovators of all time」とちょっと大げさなサブタイトルの付いたこのシリーズは、Wilson Sonsiniというシリコンバレー屈指の弁護士事務所と、PriceWaterhouseCoopersの協賛で行われている。

「産学協同」というとなんだか恐れ多いのだが、そんな大げさな感じじゃなく、ごく自然にこういうことが行われている。スポンサーのあるなしに関わらず、毎日のように大学のどこかで何らかのセミナーやワークショップがあり、外部の人も参加できる。VC、弁護士、業界の人、学生、研究者が入り乱れて参加、終わったあとはちょっとした飲み物とツマミが出て懇親会となり、これまた「異業種交流会」というような恐れ多い感じじゃなく、自然といろいろな人が知り合う仕組みとなっている。

今日のセミナーで出た質問に「アルゼンチン出身で、どうしてアメリカに来て起業したのか」というのがあった。Dr. Palmazは
「アルゼンチンでも、雑誌や学会誌は全て手に入る。それを読んだら、どこで最先端のイノベーションが起こっているかわかる。だからアメリカに来たのは自然なことだった」と。

印象に残ったのは「個人の力」だ。

最初の事業の転機は、シリコンバレーで最初のプロトタイプを作ろうとしていた時、リタイアしたエンジニアに紹介されたことだった、とDr. Palmazは言う。このエンジニア氏の家のガレージに行った所、「細胞をソートするための針」とか、80年代半ばとしては最先端のハイテク機器が揃っていて驚いた、とのことで、そのエンジニア氏から「electro-mechanical dischargeで作るのが一番」との製法アドバイスを受けたのが開発成功の最初の鍵だった、と。

その後、テキサス大学で構想を暖め、起業に協力する人が現われるが、Dr. Palmazが相手にテキサス大学との契約を結ぶよう頼むと、「I don’t do business with government」と言って、大学とではなくDr. Palmaz個人と契約したい、と言って来たと。

さらに、Johnson&Johnsonの全面的なバックアップで会社として成長するのだが、その当時まだ認可も受けておらずリスクのあるstentに参入すべきか、J&Jは相当迷ったそうだ。そこでJ&Jは20人近い専門家を集めて喧々諤々のdiscussionを行う。かなり前向きな評価となったところで、Dr. Palmazや起業メンバーが、J&Jの会長と会食、様々な問題を話し合った結果、会長がその場で事業化を即決した、とのこと。ここでも、決断したのは「会長」一人だ。(もちろん、その後いろんな社内手続きはあったとは思う。)

個人の力を信じ、個人で決断する、ということはとても大切だと思う。そもそもビジネスにおいて「みんなで決断する」なんてことはありえないのではないか。「誰かが一人で決め、それに他の人が賛同する」という流れで、大勢がある一つの決断に同意することはあっても、「決定そのものをみんなでする」なんてことが可能なのか。

昔、北山創造研究所の北山孝雄さんが、
「ええか、仕事ってのは、決めることや。決めないということは、仕事しとらんのや」と言っていたのをふと思い出した。

それから今日のセミナーのもう一つのtake awayは、当たり前だけど「諦めない」ということ。

起業成功の秘訣は、と聞かれてDr. Palmazは、アイデアを思いついたらすぐメモすることと、あきらめないことの二つをあげていた。ありきたりだけど「諦めない」というのはやっぱり重要。彼はテキサス大学でstentの特許を申請してもらおうとして、「申請するほどの意味がないから」と却下されたこともあったという。There are always more reasons to drop than to continue、というDr. Palmazの言葉通り、何かをすべきでない理由はいくらでも挙げられるのは起業に限らない。いちいち諦めてたら何もできなくなってしまう。

メディカルデバイス起業のココロ」への2件のフィードバック

  1. chika-san、初めまして!
    Waseda Universityに通うItoと申します。
    夏休み前ころに千賀さんのブログに出会い、チョコチョコ読んでいてこの記事でおそらくすべて読んでしまったと思うので、コメントさせていただきました。
    このエントリの「決断」とか「個人の力」もそうなのですが、千賀さんの日記には全体を通して「おおっ、かっこいい!」と刺激を受ける箇所がたくさんありました。秋から就職活動シーズンを迎えるのですが、そんなものほっぽって「アメリカの学士・修士に挑戦してみたい!そんでもって日本の外で活躍してみたい!」という闘志が湧いてきました。
    いかんせん既に奨学金+バイトでなんとかやっているビンボー学生で貯金も最低限しかないのですが、なんとかアメリカに挑戦できる方法を見つけ、アクションにつなげたいと思います!
    「アメリカ(国外)でプロとしてはたらく」という選択肢に気づかせていただき、本当にありがとうございます!
    これからも更新楽しみにしていますね♪

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  2. chikaです。
    ありがとう~。Itoさんのような方が一人でも二人でも現れるといいなぁと思ってこのブログを書いてます。

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