米国のベンチャー投資には「ラウンド」がある。ラウンドは、複数の投資家が同じ投資条件で投資する「ひとくくり」。リードインベスターというのがいて、その人・会社が、投資を受ける会社と投資条件をネゴ、リード以外のインベスターは、そこで決まった条件に乗る。
さてさて、ソフトウェア・インターネットサービスを作るコストが劇的に安くなった昨今、昔のような大掛かりなベンチャーキャピタル投資がいらないベンチャーが増えてきた。少なくとも最初はいらない、というケースが多い。
ということで、ベンチャーキャピタルより少額の投資の必要性が大きくなっている。
大ざっぱにいうと、「ベンチャーキャピタルラウンド」は数億円以上、というのが相場なので、それより下の数千万〜1−2億円程度というニーズがあり、このあたりをターゲットにした「エンジェルラウンド」と呼ばれる増資がある。
「エンジェル」は多くの場合は個人投資家だが、「エンジェル的な投資を行うファンド」もある。
で、そのエンジェルラウンドの投資書類のテンプレート、というのが発表されました。
Netscape長者、Mark AndreessenとBen Horowitzが新しく作ったファンドがスポンサーとなって、Fenwick & Westという弁護士事務所のTed Wangが作成。この弁護士さん、Twitterの弁護士でもあるそうな。
テンプレートはこちらでダウンロードできます。少しだけ解説すると・・・・
- Preferred Stock Purchase Agreement:
投資契約。会社と投資家の間で結ばれるもの。15ページ。
- Investors’ Rights Agreement:
投資家の権利についての契約。会社は情報開示すべし、とかいろいろ。13ページ。
- Restated Certificate of Incorporation:
定款の改訂版。13ページ。上記の契約を有効にするために必要。ちなみに、中に「Delaware corporation」と書いてあるが、ベンチャーキャピタルから投資を受ける際にはDelawareで会社登記をしてある必要があるので、将来VC投資を受けようと思うような会社はみなDelaware Corporationである。営業場所はDelawareである必要はありません。なぜDelawareが好まれるのかはこちらを参照あれ。「会社を売却するときに、Californiaだと、全ての株式クラスごとに多数決が必要だが、Delawareだったら、株主全体で多数決でOK」みたいなことがあると。
- Term Sheet:
タームシート。1枚もの。上記の細々した契約をする前に、最もかなめとなることだけを会社と投資家の間で了承しあうためのもの。アントレプレナーも、ここに書いてあることは全てきっちり理解する必要がある。それをしないで泣いた人たちのさまざまな「教育的指導ブログエントリー」があちこちにあります。
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さて、で、このテンプレートがあることでどういうメリットがあるかというと、Mark AndreessenにインタビューしたKara Swisherの記事より
Andreessen said using Series Seed Documents would cost start-ups about
$7,000 compared with a low of $15,000 and up to $100,000 in many
similar deals.
「これまで$15,000から$100,000かかっていた弁護士費用が$7,000に抑えられる」
ちなみにこのテンプレート、50万ドルから100万ドル程度の投資のためのもの、ということで、つまり(計算が楽な)1ドル100円で換算すると、
「これまでは、5千万円から1億円の投資を受けるのに、150万円から1000万円かかっていた弁護士費用が70万円に抑えられる。」
1億円の投資受けるのに1000万円弁護士費用使ってどうするんでしょうか。ちなみに、投資にかかる弁護士費用は全部会社持ちです。投資家側が使った分も会社持ちです。はい。えらい無駄なことであります。
こんな無駄が生じる背景には、この程度のラウンドだと、会社側がベンチャー投資の経験のない弁護士を使うケースが結構あって、そうすると、本来は定番であるべき条件にまでいちゃもんつけて交渉が非常に長引くことがあるのでした。なので、このテンプレートが広く使われるようになると、「これがスタンダード」という認識が広まり無駄が減る、という効果も期待されます。
本テンプレート、Andreessen Horowitsだけでなく、Ron Conway, First Round Capital, Mike Maples, Jeff Clavier, True Ventures, Polaris Venturesといった「泣く子も黙るエンジェル投資家」のサポートも受けてます。
しかし、それにしてもテンプレート使っても70万円かい!と日本のベンチャーの皆さんは驚かれるかもしれませんね。
日本の人と話すと、会社の大小に関わらず、「あ、その程度の契約なら社内で書いちゃいます」的話が多く、ここでも「アメリカのベンチャーはカネがかかる」ということが如実にでるのでありました。
テンプレートを作ったさらに詳しい背景は、Ben Horowitzが書いたブログを参照あれ。
<参考:ベンチャー投資について、あれこれ解説したWilson Sonsiniの弁護士のYokum Takuサイトをさらに解説した過去エントリーはこちら。ベンチャーキャピタル投資のテンプレートなんてのもあります。>
シードラウンド&上記で予定している金額での調達はconvertible noteが主流ですので、どこまでこのテンプレートが使われるか不明ですが、便利ですね。現役Lawyer自らでつくっているのが、一見、自分の首をしめているように思えますが、twitterの担当Lawyerということで、自信があるのでしょうね。当然、優先株だとpriceを決めなきゃいけなく、このステージへの投資だと、パワーバランスは投資家側にあり、実は起業家側には罠になりかねないか、と(特に、起業家側弁護士をスキップしてこのタームにサインすると)。弁護士といえば、こんなエントリーがありました。:http://abovethelaw.com/2010/02/lawyer_sells_law_degree_on_craigslist.php
大手弁護士事務所でも、よほど以前に事務所に金銭的貢献がないと、売上あがらなければ、首切られますし、弁護士も大変ですよね。
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