<日経産業新聞2003年10月28日に掲載されたコラムです。>
シリコンバレーでは今、初級・中級レベルのエンジニアの仕事がどんどんインドや中国に移っている。
海外流出の先陣を切ったのはコールセンターやデータエントリーの仕事だった。今は、半導体やソフトウェアのベーシックな設計がそれに続いている。給
与で言うと4-8万ドル、日本円にして5百万から1千万円くらいの「バルク層」の仕事だ。IT企業は、不景気でレイオフしてもあまり文句を言われないのを
利用して、景気がよいときではなかなか実行できない思い切ったリストラをばさばさと進め、賃金の安い国でもできる仕事を、激しい勢いで海外に移管中であ
る。
一方、そんな状況にもかかわらず、エンジニアを雇おうとしているIT関連のベンチャーの人たちは一様に「中々いい人材がいない」という。職探し中の
人があふれ、無給の仕事ですら100人を超す応募があり、サーチエンジンのGoogleでは、求人に対して一日なんと1000通の応募があるのに、だ。
ベンチャー側は、4-8万ドル級の「普通のエンジニア」ではなく、「スターエンジニア」を求めているからだ。数十数百とやってくる初級・中級エンジ
ニアの応募者をふるいにかけて、きらりと光る人材を探すのは中々大変なのに加え、経験豊富なスターは、バブル期にかなりの経済的成功をおさめているケース
もあり、相当なインセンティブがなければ迎え入れられないことも多い。そんな事情で、ずば抜けて優れた能力を持つぴかぴかの人材を、みな血眼でさがしてい
るのだ。
しかし、「スターエンジニアばかりが追い求められ、エントリーレベルの仕事がなくなってしまっては、人材が育たないではないか」という不安を口にす
る人もいる。しかし、そこは移民で成り立つシリコンバレーの強みで、中国やインドで人材が育ったら、そこから優秀な人を連れてくればよいだけだ。既に、イ
ンド人や中国人の移民がCEOとなっている企業もシリコンバレーにはあまたあり、海外からの人材に対する抵抗は殆どない。
それに「背に腹は変えられない」という事情もある。ITの競争はグローバルだ。ネットワーク機器の華為技術(中国)やITサービスのウィプロ(イン
ド)といった企業は、人件費が数分の一の国で、世界の一流企業と肩を並べる力をつけてきている。この流れを止められない以上、勝ち目のない人材を温存し
て、結局会社が傾いてしまえば元も子もない。社員の首を切るのはアメリカ人だって苦しいが、みんなで沈むくらいだったら、生き残れる人が生き残れる方策を
果敢に実行するしかない。
解雇される側も、短期的にはもちろんつらいが、長期的にみればなるべく早く自分の仕事に未来がないことに気づかされる方がよい。早ければ早いほど、別のキャリアで道が開ける可能性が高まる。
とはいうものの、「普通に4年制の大学を出て、意気揚々とつくエンジニアの初仕事」がなくなっていくシリコンバレーで、これからITの仕事につきた
い若い人たちはどうしたらよいのか。一つの解は、「お金をもらって」する仕事がないなら、「お金を払って」技能を身につけることだ。つまり学校である。修
士、博士と、学校に長くいて、そこで一目おかれるくらいのスキルを身につけてから社会に出る。そうでなければ、思い切ってインドや中国に行って、そこでま
ず基礎レベルの技能を身につけるしかない。これからのITキャリアは精進と冒険に満ちているのである。