<日経産業新聞2003年9月10日に掲載されたコラムです。>
成熟産業へと移行するかと思われたITに、新たな転機が訪れつつある。開発者がソフトウェアの中身であるソースコードを公開し、インターネットを通して世界規模で共同開発を行うという「オープンソース」がその原動力だ。
短期的に見たオープンソースの最大の効用は、IT業界の寡占化、競争沈滞、その結果として起こる成熟産業化の前倒しを防ぐことだ。例えば、圧倒的な
強者であるマイクロソフトの地位すら揺らぎかねない。現状、ウィンドウズでOSのモノポリーを握ったマイクロソフトは、その力を武器に、ブラウザーやE
メールクライアント、その他オフィスユーティリティー製品も支配、そういった全ての分野での競争が阻害されているのは明らかだ。しかし、そのマイクロソフ
トも、リナックスを筆頭とするオープンソースとの競いを余儀なくされており、「オープンソース・ソフトウェアは商用開発ソフトウェアと同等もしくは凌駕す
る機能を持ち」、「数千人の開発者のIQを統合・活用プロセスは驚嘆というほかない」と社内文書で語るなど、その脅威にどうやって立ち向かうか頭を悩ませ
ている。
なぜ、オープンソースは強力なのか。
その秘密は、「能力ある人たちが」「世界中から」「余暇を使って参加する」というオープンソース開発のプロセスにある。開発者たちは、オープンソースという思想を信じ、同じ信念を持ったコミュニティで自己実現を図るために、無償で能力を提供するのだ。
これまでも、能力ある人たちが無償で働くという「ボランティア活動」は社会のあちこちで行われてきた。しかしソフトウェアという、「最初の一つを作
るのは複雑な知的作業が必要だが、コピーして複製を作るのはほぼ無料」という、歴史上例を見ない知識集約型の製品が普及し、さらにインターネットという、
世界の通信基盤メディアが誕生したことで、大勢の能力を結集して営利企業の存在を脅かすまでのものができるようになった。例えば、リアルネットワークス社
がスポンサーするオープンソースのHelixプロジェクト一つとっても、既に2万人の開発者が参画していることからも、いかに大量な人材の動員が可能かわ
かる。
このオープンソースというプロセスはまた、「新たなナレッジソサエティーの働き方」を体現するものでもある。
ドラッカーは、これからの社会を知識労働者が主流を占めるナレッジソサエティーであるとし、知識労働者の特徴として1)高度に専門化された知識を持
ち、2)勤務先よりも、同じ技能を持つグループに対して帰属意識を持ち、3)経済的安定以上に社会から認められることを望む、としている。オープンソース
プロジェクトに参加するソフトウェアエンジニアたちは、まさに知識労働者そのものなのだ。平たく言えば、「衣食足りて認知を求める時代」になったのであ
る。
人類の社会経済は、「奴隷制」という古代から、「封建制」という中世、「資本主義制」の近・現代へと移り変わってきた。そして今さらに「能力を持っ
た人々が無償で働き、代償として自己実現と社会認知を得る」という「社会認知制」とでも言うべき勤労形態が資本主義制と並立する時代が始まろうとしてい
る。
こうした中で、企業は、無料で喜んで働く世界の頭脳とどうやって対抗するか、いや、むしろどうやって共存していくかを考えなければならなくなるだろう。全く新しい時代の、全く新しい競合が始まりつつあるのだ。
はじめまして。
最近、渡辺さんのブログを知ったものです。
「資本主義制」に台頭するあたらしい勤労形態、非常に興味深く読ませていただきました。
いち労働者ととして、「資本主義制」には疑問を感じずにはいられません。
楽しみにしています。
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