男子の学問下等市民化

USA TodayのGirls get extra school help while boys get Ritalin
学力的にみて、男子が目だって女子に遅れを取りつつあるという記事。Ritalinは落ち着きがない子供に処方される薬。女子が様々なサポートを受けて勉強に精を出す間に、男子はRitalinで骨抜きになっている、という感じのニュアンス。

At last June’s graduation at Franklin High School just outside of Milwaukee, three of the four students who tied for valedictorian were girls. Among the National Honor Society members, 76% were girls. And girls comprised 85% of the students on Franklin’s 4.0 honor roll.
Milwaukee郊外の高校を1番で卒業した4人のうち、3人が女子。国レベルで優秀な学生を集めた組織のメンバーも76%が女子。

In 12th grade, 44% of girls rate as proficient readers on federal tests, compared with 28% of boys. And while boys still score slightly higher on federal math and science exams, their advantage is slipping.
高校3年生では読解力は断然女子が優位で、数学や科学での男子の優位もなくなりつつある。

56% of the students on campuses are female.
大学生の56%も女子。

なぜか。

One reason boys are losing academic ground to girls appears linked to a shift by schools to more word-based learning for which girls’ brains are believed to have an advantage.
学校での教育法方が、より言葉を用いたものになりつつあり、言語能力に勝る女子に優位、というのが一説。

85% of teachers are women.
先生の86%が女性(なので、女子に注意が行き届きやすい)ということも関係あるかも。

いずれにせよ、このままではいけないということで、様々な「男子救済策」が検討されようとしている。例えば、

…boys’ natural tendency to favor active learning by conducting more class work on the chalkboard and allowing more student movement within the classroom.
アクティブな学習を好む男子向けに、教室で動き回れるようにしたり、

because boys volunteer answers more slowly than girls do, teachers are told to count to 10 before calling on a student.
男子は手を挙げるまでに時間がかかるので、先生に、生徒を指すまでに10数えるように指示したり、といったこと。
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日本でも、同じような「学校の勉強女子優位現象」は随分前から起こっているのではないか。少なくとも「女の子だから男の子より勉強ができない」ということはないはずだ。その上、日本では、大学受験までは、勉強の場で男女差別などない。点数がよければ受かる、という大変公明正大、平等な世界だ。

それが突然社会人になると「女は男に比べて劣る」という摩訶不思議な「常識」が登場する。

男に比べたら、女は確かに体力と腕力は劣る可能性が高い。体力は持久力で「身体活動の積分値」、腕力は瞬発力で「身体活動の微分値」と定義しよう。体力のほうは、仰天するほどすごい底力の女性もいるが、まぁ腕力のほうはなかなか敵わない。

商社時代の総合職女性友達にはずば抜けた体力を持つ人たちがいた。一人は、20代の頃は「1週間でトータル10時間寝れば大丈夫」と豪語。もう一人も、毎日就寝時間が平均して3時を回っていたはず。その2人の間では残業あとの朝二時の長電話、という恐ろしいことが行われていたらしいが、私は平均睡眠時間8時間人間なので「10時以降は電話しないで」とお願いする軟弱さでありました。

もとい、その2人も、腕力では男性にやはり敵わない(はず)。

しかし、現代のホワイトカラーの仕事の場で「腕力」が必要なことは果たしてどれくらいあるのだろうか。もちろん、比ゆ的な意味でなく、「身体活動の微分値」としての腕力だ。まず必要あるまい。引越しの時など便利だが、それだって引越し屋さんにお願いすれば事たる。書類やPCくらいだったら、重いといってもさすがに持ち歩ける。

それにも関わらず、男性の優位を当然のことと思っている人が一杯いる。少なくとも私はたくさん出会った。「一体全体この自信はどこから来るのだろうか」と不思議に思ったものだ。それほどよく知らない同期に「働く女性というはきっと大変だろうから助けてあげよう」と面と向かって言われたこともあった。好意はありがたいのだが、彼にできて私にできないことはなんだろうか、とこれも不思議に思ったものだ。

やがて、どうもそこには、私が知らなかった「社会の一般常識としての男性優位概念」が、日本人全体にユング的普遍的無意識としてドドーンとある、ということを(遅ればせながら)薄々感じるようになった。

これは、思うに多分江戸時代の部落民制度のようなものではあるまいか。なんら他の人たちと変わらない一部の人たちを被差別階級とすることで、実は悲惨な生活を強いられている大多数の農民を「まだまだ自分たちなど幸せだ」と思わせる、というのが部落民制度の起源(と習った)。同様に、言われなき抑圧を受けている日本男性(=農民)に「それでも女(=部落民)よりは俺の方が優秀だ」と思わせることで、社会不安を防いでいる、という気がするんですが。・・・男も女も、みんな大変な国であるなぁ。。。。。

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