地獄の沙汰も金次第

臓器移植の間違いで17歳の女の子が亡くなった。しかも、信じがたい初歩的なミス。O型の血液型なのに、A型の人の心臓と肺を移植されたのだ。すぐに激烈な拒否反応が出て、1週間後に適合する心臓と肺の再移植を受けたが、結局亡くなってしまった。CNNの記事はこちら

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この移植手術の費用は50万ドル、6000万円だ。これに限らずアメリカの医療は高度だが高価。今日のSan Jose Mercuryにも、医療に関する特集記事がいくつか掲載されたが、その焦点も医療費用の高騰。国全体で、医療費は毎年8.7%で増加、2012年にはGDPの20%が医療費となると予測されている。
Health insurance costs more but covers less
Patients pay extra for better service
Uninsured pay dearly for care

(以下、この3つの記事からの抜粋データに基づく。)

生活実感としても「健康や命は金で買える」と感じることが多い。うちのダンナが、アレルギーで病院の外来に行って点滴一本打ってもらっただけで1000ドルを越した。半日入院した耳鼻科の手術では200万円。もちろん保険でカバーされたが、自己負担が10万円を越すこともあった。薬もえらく高い。保険が適用されたにもかかわらず10日分で1万円ということも。

それでも、保険を持つ我が家は幸せな方だ。日本のように国民皆保険ではないから、保険料が払えずに保険に未加入の人も多い。全米では14.5%、カリフォルニアでは19.2%が無保険。

しかも、たとえ保険に入っていても、全ての治療がカバーされるわけではない。

保険会社との対応は医者の頭痛の種になっている。「診療時間は一人10分」など、細かいところまで保険会社の規制がある上に、ペーパーワークが膨大だからだ。それで特に問題の多い特定の保険を受け付けない病院や医者も増えており、中には「保険診療一切お断り」というところもある。

一方、会費制で、優先予約や24時間電話相談受付などのメリットを提供するboutique medicineを標榜する病院も出てきている。1996年にシアトルで、50人のメンバーを対象に年会費1-2.5万ドルを徴収した病院から始まったboutique medicineだが、Palo Altoのダウンタウンに程近いPalo Alto Medical Foundationでも検討中とのこと。280人の医者を抱える大病院がboutiqueというのも大変なことだが、当面は一部の医者だけが対象で、年会費も5000ドル程度で始まるらしい。(診療費・治療費は会費とは別だ。)

「持つもの」と「持たざるもの」の格差が医療でも広がっていく。本当に「地獄の沙汰も金次第」だ。

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こうして、貧しい人に対して情け容赦なく見えるアメリカの医療だが、これがどんどん突き進んで、医療での貧富の格差が広がれば、社会不安につながる。John Qという映画では、子供に心臓移植を受けさせるために、人質を取って病院に篭城する貧しい父親をDenzel Washingtonが熱演したが、「金さえあれば助かる」という社会では、こういう犯罪が実際に頻発しても不思議はない。

こうした社会崩壊を防いでいるのが、「著しい善意を持つ個人」ではないか、と思うのだ。

例えば、冒頭の臓器移植の間違いで亡くなったJesicaはメキシコ人。「アメリカで臓器移植を受けなければJesicaが死んでしまう」と、両親はJesicaと共に密入国、臓器移植で定評の高いDuke大学の近くでトレーラーハウスに住みついた。しかし、心臓と肺の移植には50万ドル、6000万円もかかる。もちろん不法移民の家族にはそんなお金はない。しかし、彼らの苦難をニュースで知った近隣のアメリカ人Mack MahoneyがJesicaの手術のための基金を設立。建築業を生業とするMahoney氏は、部材を寄付で集めて、無償で家を建てたりまでして資金調達をし、やっと手術の運びとなった。

結果はとても残念なことになってしまったけれど、このMahoney氏のような英雄的善意が、弱肉強食で、弱者にとって救いのない社会へとアメリカ全体が落ち込んでいくのを防いでいるのではないか、と感じるのだ。

医療に限らず、アメリカという国は、ドライで恐ろしい面も多い社会なのだが、ところどころに著しい善意と熱意を持った個人が奮闘、ともすればばらばらに分解しかねない社会の楔になっていると感じることが多い。

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一方で、日本は、個人の事なかれ主義を、優れて統制の取れた全体のシステムが救う社会とも言える。今後、今のシステムが崩壊した時に、社会の楔になるような「個人」は生まれてくるのだろうか。

地獄の沙汰も金次第」への9件のフィードバック

  1. 保険高いですよね。
    会社員をやっていた時は意識していなかったのですが、独立してみて自分で払うようになってびっくり。うちはまだ夫婦二人だから良かったですが、子供がいたりすると月々の保険料だけでちょっと独立を思い留まっていたかもしれません。でも何かあってemergencyにかつぎ込まれた時のことなど考えると、無保険で暮らすのは恐すぎます。

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  2. その善意と熱意、Nobles Obligeに通じるものではと思います。保険も、Lloydsなどを見ればじつはNobles Obligeみたいな作りですよね。
    しかし翻って日本にそういうものは見られない。企業は自己利益優先で大きくなれば同族経営、政治家は地元利益優先、官僚はprematures at power。個人の善意の見えるものがあまりにも少ない。日本は国民年金の崩壊に始まって、国民健康保険もすでに1/3以上自己負担。たぶん1/2を越える日も近いでしょう。もし民間の健康保険でもっと良いものが出てきたら、すぐに乗り換えるたい人はたくさんいるのでは。
    システムはすでに崩壊し始めてるのに、支える個人の姿は見えてこない。そのこと自体が最大の不安要素。

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  3. Stanford大学に在籍していた1992~1994年に、何度かPalo Alto Medical Foundationを利用しました。特に、異国の地での長女の病気には、妻も私も神経質になっていたように記憶しています。保険は、大学が推奨していた(おそらく)学外の保険会社の学生向けの保険でしたが、そこそこの金額がカバーされ、生活費が十分とはいえなかったわが家でも、医療費で「破産?」するようなことはありませんでした。でも、今だったら、どうなっていたことか・・・。

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  4. shiroさん
    保険料高いですよね。家族で月1000ドル越す人もいるようです。
    gtさん
    国民健康保険1/3自己負担とは知りませんでした。元の医療費が馬鹿高いアメリカでそんなことをしたら、暴動が起きますね。日本の行方はどうなるのでしょうか。
    Fujiwaraさん
    Stanfordは、昨年でしたか、学生の保険の自己負担を思い切り増やすか、全額自己負担にするかという決定が学校側から下され、大変もめていました。。。

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  5. 「子供に心臓移植を受けさせるために、人質を取って病院に篭城する貧しい父親」
    こういう犯罪はまだ同情を集めるけれど、それなりに資産があって年収1千万を下らないと言われているNHK職員が、自分の資産は温存したまま娘の心臓移植費用をメディアを駆使して寄付金で集めたりすれば非難は免れないと思います。(通称「死ぬ死ぬ詐欺」。「死ね死ね詐欺」ではない。)
    やはりいろんな意味で次元が違いますね。

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