低所得で優秀な生徒の進学を阻むものに関する私見

前回のエントリーで「低所得&優秀な高校生が一流大学に行かないのは、コストのせいでも学力のせいでもなく、情報格差のせい」と書いたが、私個人的には、ここで必要な「情報」とは、「ニュートラルをプラスにするもの(=知らない→知っている)」ではなく、「ネガティブをプラスにするもの(嫌だ→行きたい)」だと思っている。

冒頭のI’m Downという本は、「低所得家庭の優秀な子供」が何に直面して育つのかがよく描かれている、とある女性の自伝。

彼女が小さい頃に両親は離婚。彼女とその妹は、ウィークデイは父親と、ウィークエンドは母親と過ごすことになる。両親とも白人なのだが、父親は貧困層の黒人しかいない、いわゆる「ゲットー」的な地区に住んでいて、定職に就かず女にたかって生きている。結構モテモテでいろいろな女性が彼の人生には登場する。そしてある日「地下室を作るぜ」と玄関の前を3メートルほど掘ったところで「やっぱりヤーメタ」とそのまま放置して玄関を使用不可にし、ゲットーの住人すら驚くトンでもない家を作り上げるという、フーテンの寅さんもびっくりなオヤジである。

しかし娘はIQが高く、母親の尽力により「優秀な子弟のための特別な学校」に通うようになる。そしてその学校の生徒は白人しかいない。

・・・という背景のもとに行われる会話のシーンを以下抜粋。会話に参加しているのは自伝の書き手であるMishnaの父親と、父親の彼女のDominiqueと、Dominiqueの兄弟。Mishnaはたまたま部屋の外にいてこの会話を漏れ聞いている。会話内に登場するAnoraはMishnaの妹で、幼い頃から万引きしたり煙草を吸ったりする問題児、だけど人気者。

Dominique was saying, “They are not gifted kids, unless gifted is another word for bad.  The girl is b-a-d.” I knew she was talking about me.

Domoinque’s brother added, “That girl is no more gifted than any of my kids, and she’s disrespectful, thinking she knows more than grown folks.”

I waited for Dad to jump in and defend me.

“Yeah,” Dominique said. “Where do they get off filling that girl’s head with all that crap about being smart? It’s just gonna mess her up when she gets to the real world thinking she’s better than other people.”

Dad finally jumped in, “Yeah, that school is full of uppity brats…,” he said matter-of-factly.  “But even before she went there, Mishna thought she was better than everyone.  She’s just snotty like her mother. She’s her mother’s daughter… Now Anora…” Dad got a pride in his voice, “Anora is my girl,”

訳すとこんな感じ

ちょうどドミニクがこう言っているところだった。「あの子たち優秀なんかじゃないよ。それとも優秀ってダメって意味なわけ?あの子は全然ダメ。」私のことを話しているのがすぐわかった。

ドミニクの兄弟が付け加えた。「あの子の優秀さなんて別にうちの子たちと変わらないし。しかもあいつは大人をなめてて、自分の方が何でもわかってると思っている。」

父が私の味方をして反論してくれるのを待った。

「そうよ」とドミニクは言った。「一体全体どうして、あの子に自分が賢いなんてバカバカしいことを信じさせるんだか。社会に出た時に、自分が偉いと勘違いしてボコボコにされるだけなのに。」

父がついに口を開き、「だよなぁ、あの学校は傲慢なくそガキばっかりだよ・・・」とさも当然のことを語るかのように言った。「でも、あの学校に行く前からミシュナは自分が一番偉いと思っていたよ。あの鼻にかけた態度はあいつの母親と同じだ。あいつは母親そっくりだよ・・・でもアノラは・・・」父は自慢げな声で言った「アノラこそは俺の子だよ。」

その後の描写は、書き手であるところのMishnaが、この父親の言葉に立ち上がれないほどのショックを受けるシーンへと移る。(父親が大好きなのだ。)

さて、ここに凝縮されている「低所得家庭で育つ優秀な生徒が直面する問題」は2つあると思います。

1)子供が非常に勉強ができるということが親に中々理解されない

前も書いたが、「すごく勉強ができる」というのは、歌の世界で言えば、カラオケボックスで上手いと褒められるレベルでしかない。自分も同じような道を歩んで来た親だったら「カラオケレベルで十分」ということがわかるはず。しかしそうでないと、芸術やスポーツの世界の「天才」と同じレベルに勉強ができてはじめて「優秀」なのだと思ってしまうのではないか。芸術の世界の天才とは・・・・

リンク先の9歳のイギリスのKieron Williamson君の絵をご覧あれ。 (9歳で「回顧展」開催)

7歳の小林愛美ちゃんのピアノ演奏↓

これと同じくらいのレベルで勉強ができる、というのがどういうことかわからないが、イメージ的には2歳ですらすら本を読む、とか、4歳で外国語マスター、とかそういう感じ?

そんな天才逸話がない、時々宿題忘れたりするうちの子が優秀?いやだ、先生、何言ってんのー、みたいなのはとってもありがちでは。どれだけ良い成績をとっても「別にこの普通の学校で1番だって、それはハーバードに行くとかいうレベルじゃないでしょ、身の程知らずな」くらいにしか思わないのではないかと。

2)いい学校に行くと人間が歪むと思われる

大学に行くことが当たり前な環境で育って来た人の多くは「誰でも一流大学に行きたいはず」と思っているのではないでしょうか。でも、実際はそんなことはない。「大学なんかに行ってコマッシャクれた勉強をすると、人の心がわからなくなる」「いい大学に行くようなのは変人」「学校の勉強ができる人ほど無能」なんてのは、結構ありがちなイメージ。

加えて、ブルーカラー的な仕事をしている人たちの間には、「額に汗して地道に働く自分たちが正しい人間。高学歴で高単価な頭脳労働をしている人たちは、ぬれ手に粟のずるい人間」という倫理観、というか、世界観みたいなものもある。(そしてそれには正しい側面もある。)

(「女に大学はいらない」とか「女は短大に行け」みたいなのもこの2の派生系。)

その価値観からすると、「一流大学に行く」ということは「自分たちの正しい文化から外れる部外者になる」こととなる。

 

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知人で、お子さんがハーバード、ダンナさんの実家はデトロイトのブルーカラー、という人がいるが、彼女いわく

「夫の親戚に『息子がハーバードに行った』と言っても、はぁそうですか、という感じで全然反応がないのよねぇ。ハーバード知らないのかしら?」

と言っていたが、それはハーバードを知らないんじゃなくて、「えっ、そりゃまた変人の息子がいるもんだ」みたいなネガティブな心情を隠して「はぁ」と言っていたのではないかと勘ぐり。

 

私が育った東京の家には大卒がいなかった。6人家族のうち3人が公務員or準公務員として働いているという「3馬力」家庭だったので低所得ではなかったのだが。で、私が中学か高校の頃、親戚が集まった時に、家族の誰か(覚えてるけど秘密w)が、親戚のお兄さんを指差しながら耳打ちして来たことがあった。

「あの子、早稲田の理工に入ったんだって。きっとどっかおかしいんだよ。」

え、変な人なの?とちょっと動揺した。

中学の時私が「将来NASAのエンジニアになりたい」と言ったときは、その場にいた祖母+母+妹に、腹を抱えて笑われた。

「何言ってんのっ?!うちの子がそんなもんになれる訳ないじゃない!!!ばっかじゃないの!」

としばらく床に転がる勢いで笑われた。(関係ないけど参照:NASAエンジニアの知人

小学校のときは、本を読んでいると「みんながテレビみてるんだから一緒に見なさい!」と電気を消され、8時だよ全員集合!を見ることになった。♫風呂入れよ〜

とはいえ、中学から快く受験させてくれ、授業料も太っ腹に払ってくれて、その上留学までさせてもらった。「女だから短大」なんていう定番なことも決して言わなかった。だから、家庭環境のせいで何かが阻害されたということは全くない。むしろ、するなと言われるとしたくなる天の邪鬼心が刺激されて、勉学の励みになった気がする。

・・・ではあるのだが、世の人々が「なぜ学費も生活費も負担せずに一流大学に行けるのに行かないんだろう?」と首をひねっているのを見ると、「ああ、それはね」と一言いいたくなってしまうのでした。(そしてその一言の中身は上記1と2でございます)。

 

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ちなみに、冒頭のI’m Downの筆者のMishnaさんの妹で、イギリスで学位を取って俳優になったAnoraさん。

 

インパクトあるな。

 

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低所得で優秀な生徒の進学を阻むものに関する私見」への1件のフィードバック

  1. >そんな天才逸話がない、時々宿題忘れたりするうちの子が優秀?いやだ、先生、何言ってんのー、みたいなのはとってもありがちでは。
    そうですね。
    そもそも理学部や工学部なんかだと、小学校ではそれに相当する授業が無かったりしますから。
    絵が得意な子供が「美術の授業で5を取って、書いた絵が外部のコンテストで高い評価を受ける」とか、音楽が得意な子供が「リコーダーで凄く上手い」とか「親がお稽古事でピアノを習わせて県のコンクールで優勝する」とかになることもある。
    でも工学の才能がある小学生がいたとしても、その子が「自分で設計したFPGA回路で画像処理を高速化しました」だの、「外国のオープンソースコミュニティに参加して、プログラムの改良に努めた」だのは、有り得ない。
    理由の一つはピアノやお絵かきと違って、そこへ到達するまでの高等数学や物理化学や英語などの、基礎的な学力が不足しているのと、場合によっては機材を借りるだけで数万~数百万、時にはそれ以上の金がかかるからです。たとえどれだけ才能があろうとも、高等教育を受けてさえいない段階では目に見える成果を出すのは難しいでしょう。
    >どれだけ良い成績をとっても「別にこの普通の学校で1番だって、それはハーバードに行くとかいうレベルじゃないでしょ、身の程知らずな」くらいにしか思わないのではないかと。
    たとえば理学や工学はテストに含まれないので、テストの点数では並以下というのは珍しくないでしょう。
    表に見える部分だと、科学パズルを直感で解いたり、いろんな機械を分解して壊してみたり、教科書に載ってないエレガントな算数の解法を徹夜して考えてみたりと言った、普通の人から見れば「奇行」の部分だと思います。
    それは工学に興味のない一般の人からすると、「変人」や「バカ」にさえ見えるでしょう。
    そういえば、レゴのマインドストームを使って、チューリングマシンやバベッジの階差機関を作った人もいましたね。もし仮に子供がそんなことをやったとしても、それを正しく評価できる親は少ないでしょう。

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