国際人として必要な教養とは(IT業界版)

よく「国際エリートは教養が必要だ」、「日本の歴史や文化をよく知らずして国際人になれない」みたいなことを目にする。

ちょっと聞くと、そりゃそうだ、という気がするが、ホンマかいな。

が、しかし「国際エリート」というのがなんなのかよくわからないので、私の身の回りの観察に基づき、「シリコンバレー的インターナショナルなIT業界」で必要な教養知識は何かを考えてみた。

 

教養いらないかも

すみません、そもそもの前提が崩れちゃうんですが。IT業界においては、仕事以外のこと何も知らなくても別に問題ない気がする。

「国際人として必要な教養」というのは、

「それがあることによって尊敬され、人間関係が構築しやすくなり、そしてそのネットワークを元に仕事の場で活躍できる」

みたいなニュアンスがありやなしや。

しかし、シリコンバレー的な世界においては、「仕事以外の教養が深いことにより尊敬を集める」ということがあまりないのではないかと。なんか、こう、刹那的な世界なので、仕事関係の話だけでOKなのですよ。

ほんとにみんな仕事関係・業界関係の話しかしない。(それ以外はテレビドラマとゲームと子どもの学校の話くらい?)。

一度「文化的教養がある人達とお友達になりたい」と、ダンナと二人でヒューレット財団が催したフィランソロピーに関する集まりに参加してみたことがあるのだが、そこにはフィランソロピーを仕事でやってる人たちが集まり「寄付金集めの方法」などをひたすら語っているだけだった。がっくり。

いや、もちろん、私たちの知らないどこかで、文化的会話をしてる人たちがシリコンバレーのどこかにいるはず・・・・。でも、その辺のコーヒーショップやレストランで、周りの話に耳を澄ませば、ほとんどは仕事関係・業界関係の話。

というわけで、シリコンバレーの日常では、文化や歴史に造詣が深くってもso whatな感じ。逆に、仕事以外の話はどれほどつまらなくても、仕事が超一流だったら尊敬されると思う。

あえていうなら必要な教養は「現在のこと」

とはいえ、一応それなりに、仕事を離れたうんちく話で「おお、この人は教養がある」と思われるテーマはなんだろう、と考えると、それは現代社会に関することではないか、と。例えば、エジプト問題が勃発すれば、その歴史的背景、政治的背景を知ってる、とか。ユーロ危機が国際経済に及ぼす影響を語れるとか。

日本関係で言えば、どうして20年も失われた時代があるのか、とか、自民党と民主党ってどういう関係、とか、日本のバブル崩壊はなぜ起こり、それはアメリカのバブル崩壊と何が同じで何が違うのか、とか、そういう現代のことは、時として説明できると教養がある感はある。

要はEconomistとかに載ってそうな話ですね。

が、しかし、江戸時代の文化について語れる、とか、西郷隆盛の人生について語れるとかいうのは、あまり利用度が高くないニッチな知識な気がする。

そもそもそういう話題にならないんじゃないでしょうか。

敢えてそういう話題になるシナリオとしては、

英語力不足で普通の会話についてこれない日本人がいる

そんな日本人に気を使って、ガイコクジンが日本の文化や歴史に関する質問を振ってきてくれる

それすら答えられない!ヤバい!教養を疑われる!

・・・えてしてこんなのが「日本の歴史・文化について語れるのが国際人の教養」っていう発想の元だったりするのではないか、と勘ぐってみたり。

・・・だし、その手の話は、どんな嘘をついてもそうそうバレないから、適当に言ってもいいかも。例えば、ケニヤの人が真面目な顔で

「ケニヤ建国の祖は、ムバレ渓谷の土砂崩れをいち早く察知し、多くの民の命を救ったオモオモ氏である」

と言ったら、どれほどデタラメでも信じませんか。

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ま、しかし、これは「シリコンバレー的ITプロフェッショナル」の世界での話。政治の国際会議の後のパーティーとかでは、もしかしたら熱く歴史や文化を語ってるのかも。そこでは、春の七草や天皇制について深く知ってるのが大事なのかも。

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ちなみに、アメリカ人の17世紀より前の歴史の知らなさ加減はすごい。どうも、「アメリカ建国」で歴史の授業が始まるらしく、一応アメリカ建国に関わるようなこととイギリスの歴史はちょこっと知ってるが、「ゲルマン民族大移動」とか「ギリシャの都市国家」とか全然知られていない・・・気がする。(これもシリコンバレーだけで、ワシントンDCとか行くとみんな知ってるのかもしれませんが。)

一方私はといえは、中学・高校と原始時代から歴史の授業が始まったので、原人の種類や4大文明に関しては詳しいが、近代になるにつれ授業の時間が足りなくなって、18世紀後半から駆け足、19世紀はおざなり、20世紀に至ることなく終了、てな感じ。だいたい、1919年のベルサイユ会議(第一次世界大戦講和会議、ですな)ぐらいが最後の記憶。それ以降の激変が現代の問題の数々を生み出している中東関係の話など、極めて曖昧な知識しかなくてお恥ずかしい限りです。

20世紀の歴史はいつかもっときちんと知りたい、と常々思うのだが、こんなテーマの会話にとんとならないので動機付け弱し。

そんなことより、「LAMPはLinuxとApacheとMySQLとPHPだよね」、みたいなことを知ってるほうがシリコンバレー的な教養だったりするかも。

 

 

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国際人として必要な教養とは(IT業界版)」への12件のフィードバック

  1. シリコンバレーって世界中のいろいろな人が集まっていて、「一般教養」みたいなものがちゃんとある人もいるようなのですが、違う国から来た人同士では文化的背景でお互いにオーバーラップする部分がないので文化的会話というものも成立しないような気がします。。。
    それに同じアメリカ人といっても、育った地域や学区によって教わることが全然違うというのもあります。私の大学の同級生にベイエリア育ちの人がいますが、彼女の小学校や中学では美術や音楽のクラスが一切無かったそうです。

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  2. なるほど。理系の人と文系の人は違うだろうし、文系でもビジネス系とそうでない人では違うでしょうね。私は自分の業界が歴史だから、歴史とか比較社会論みたいなことが、会話に出てくることよくありますが。
    あ、でも、日本人が中国や韓国の人(や中国系・韓国系アメリカ人)とお友達になろうとするとき、太平洋戦争中に日本人がかなり大陸でやばいことをしたとか、詳しいことは話せなくても、知っているんだよ、って示さなくてはならないことは、時々ありませんか。そのあたりは、時々、歴史とは関係のない人と話していても、チラッと出てくる気がするのですが。

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  3. まぁ、シリコンバレーって(私もいっとき働いてましたけど)
    仕事おたく(Nerd)の集まりみたいなトコ、ありますからね~
    教養とか文化?ならそもそもEuropeへ行くべきだし、
    East Coast の New Englandと呼ばれるBoston辺りへ
    行った方がまだ、あるかもね、というのが私の印象です。

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  4. 「私の大学の同級生にベイエリア育ちの人がいますが、彼女の小学校や中学では美術や音楽のクラスが一切無かった」
    そうなんですよね。
    アメリカの小学校は体育も美術も音楽もありません。
    全て個人で塾みたいな別の「School」に通いますね。
    我が家の子どもたちがそうでしたからね。^^

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  5. >文化的会話というものも成立しない
    結局、「一般教養」だと一つの文化の人が思っていることも、隣の文化では一般ではない、ということでしょうね。
    >詳しいことは話せなくても、知っているんだよ、って示さなくてはならないことは、時々ありませんか
    ありませんねー・・・。実にありません。私の周りだけかもしれませんが。
    >おたく(Nerd)の集まり
    そうそう、ここはnerdが健やかにrevengeする場所なので。。
    >アメリカの小学校は体育も美術も音楽もありません。
    予算(親が寄付しまくる)がある学校はどれもちゃんとあるみたいですヨ。でも、私のダンナは、ハワイの小学校だったので、音楽の授業はハワイの歌しか歌わなかったとのことで、なーーーんの教養もありません。

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  6. 確かにクイズ番組風の知識蓄積が「教養」だと思って押し売りする人ってちょっと嫌だなって感じはしますね。聞かれたら応えられないと失格だから的な動機で「定説」を暗記したり「定番本」を読んでおかなくちゃみたいな。
    でもバブル崩壊後失われた20年はなぜ起きてアメリカとどう違うのかとか、ちゃんと考え始めたらそんな雑談で結論出せる話じゃないような気がするし、それこそそういうテーマと連関して歴史観が問われるならまあアリかなという感じがします。
    例のザッカーバーグ氏はギリシャ古典マニアで、会議中にあんまり文脈が謎な状況でも突然映画「トロイ」のセリフを叫びだす変な人って聞いたことがありますが、そういう古典風教養(と言っていいのか)が彼の強みであるロングタームの行動の一貫性のバックボーンになってる感じはなんとなくします。
    それがギーク知識でもアリの生態でもギリシャ古典でもアキバ文化でも西郷隆盛でも何でもいいんですが、主観的に選び取った人生への態度と深く結びついた知識体系があると、「今日明日の周りの人が言っていること」と全然違うスパンの一貫性を持って行動できる・・・っていうのが「教養」の存在意義だと思うし、「今僕たち”文化的”な会話してるよねえ」みたいな相互確認のための知識というのを「教養」と呼んでいいのかは難しい問題だと思います。
    とかこんなパンクロック風に律儀に考えるのも力入りすぎで、結局人間社会全体でちゃんと喫緊役に立ちそうも無い知識蓄積を絶やしてしまわないためには「教養って大事だよね」ってことになってるインセンティブが作用してないと困りますねってことかもしれませんけどね(笑)。

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  7. 大前研一が似たような事を言っていたような気がする。
    古典や歴史の知識なんかよりも、Youtubeで何が話題になっていたかのほうがよっぽど話のタネになってるとか。(例えば、ジョブズの感動的なスピチ)
    ジャック・ウェルチが会うたびに聞いてくるのは、以前会ったときと今で君の何が変わったか、何を新しく知ったかそれだけだ
    とか言ってました

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  8. 初めまして。本多です。少しコメントさせていただきます。
    ヨーロッパはアメリカと少し事情が違うかも知れません。
    私の場合、ドイツで周りが全部ドイツ人人という環境でそういうのを開陳する場面がありました。知り合ったときに、最初の話題として日本人の習慣とか日本の文化とかをきっかけになりました。
    別に日本の歴史や文化を話せなくても何も困りませんが、不思議そうな顔をされます。

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  9. >ありませんねー・・・。実にありません。私の周りだけかもしれませんが。
    あ、そうですか。千賀さん、旦那さんが中国系だから、旦那さんと出会ったときとか、親戚関係で、そういうことあったのでは、と思ったのですが、
    でも、確かにchika さんの、「『一般教養』だと一つの文化の人が思っていることも、隣の文化では一般ではない、ということでしょうね。」というの、正しいと思います。
    あと、歴史の知識というのも、あまり固定して考えない方が良いと思います。まー日本人だったら、「武士が政治を牛耳っていた時代があって、その一番最後のが、徳川時代だ」くらいは知っていて欲しいけど、歴史学の一番重要なことは、「物事を時系列に並べて考える力」だし、それさえ、できれば何でもいい、というところあるから。
    つまり、何で秋葉原にあんな電気屋さん街ができたのか、とか、新幹線がいつ、どういう社会状況の中から生まれたのか、とかでもいいし。かえって、そういう話ができる方が、世界中からシリコンバレーに集まってくるエンジニアに喜ばれそうですね。

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  10. いわゆる『教養』ではなく、サイエンス系の教養はどうでしょうか?
    数学とか物理とか。
    「えぇ!コルモゴロフの確率論の定義すらしらないの?」
    みたいな。

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  11. んー、どうですかね。そういう話題になるようなことがある業界だったら知ってたほうがいいんじゃないでしょうか。

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  12. 私もシリコンバレーで働いてましたがあそこは本当に話がつまらない人が多いです!耐えられなくて引っ越しました。話がつまらないというよりもうまともに話をできない人たちが多数ですね。なんというか相手がどう思ってるか推測しながら自身の話題の引き出しを開いて話をつなぐみたいなことができないんですよ。だから唯一しっている仕事の話に終始する。みたいな感じですね。
    私はイリノイ出身ですが小学校に体育も美術も音楽もありましたよ。Chikaさんのおっしゃるとおりカリフォルニア州は予算がないからそういったクラスがカットされたんでしょう。

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