アメリカ進出にあたってM&Aを活用すべき理由

アメリカで事業を始めるシリーズ。日本企業がアメリカに進出する場合で、売るものが決まっている場合は、ゼロから組織を立ち上げるのもありだ、と書いた。ありではあるのだが、そのためにはゴール設定を明快にして、高い報酬を払ってでも優秀なトップを採用し戦略のズレが生じたらこまめに話しあって方向修正をし、だめだったらトップを切って他の人にする、といったことが必要だ、と書いた。

これ、ムチャクチャ難しいですよね?

実行するためには、今は存在しない外国の組織の3年後をイメージする、ってなことが必要です。

  • 「そんな大言壮語するより、まず小さくやってみようよ」っていうのじゃだめなの?

ダメです。そういう人は、アメリカにこない方がいいです。失敗するから。こういう感じで来る会社を、大企業からベンチャーまで、たくさん見てきましたが、残念ながら

watch a train wreck in slow motion

です。「電車事故をスローモーションで見る」=惨事になるとわかっていながら、止めることができない、そして、なぜ事故が起こるかのディテールまでじっくり見えてしまう・・・ということ。なぜかというと

  • アメリカのビジネス社会は「体でわかる」というのがものすごく難しい

アメリカには、東京のように、人材も、会社も、役所も、文化も何もかもが集積していて、その辺を歩きまわるだけで、なんとなくイメージが湧いてくる、という場所がない。

1時間のミーティング一つするのに、悪くすれば1泊2日かかる。東海岸と西海岸は、東京とバンコクぐらい離れているので。シリコンバレーの中の会社同士だって、片道車で1時間、なんてのは結構ざら。遠いのです。(サンフランシスコとサンノゼは、東京から筑波山に行くくらいある。)

その上車社会なので、たとえ住んで・働いても、自分の家の中と、近くの日本食屋と、自分のオフィス(自分しかいないかも)しかわからない、てなことになりがち。

  • ゼロから組織を立ち上げるには、最初から大きな覚悟が必要

というわけで、日本から行った駐在員が小さく初めて、その成果を元に、日本の本社の意思決定者陣全員が納得行くような次のステップを取って・・・というやり方は、非常に厳しいわけです。(たまさか、駐在員の人がものすごく優秀で、ずばっと正解のプロセスを理解したとしても、日本側は「まぁまぁ、もうちょっとゆっくり行こうや」的になったり「オマエの言ってることわかんないし」的になったり、ということで時機を逃す。)

ゼロから組織を立ち上げるには、最初から大きなゴールを設定して億単位の資金を投下する意思決定をしないと、そもそもスピードの速いアメリカのビジネスのペースについていけない。

しかもその上、冒頭で述べたように、(良い評判があるとはいえ)海のものと山のものともつかないexecutiveを高給を払って雇って・・・と。

  • M&Aの方がリスクが小さい

それくらいだったら、既に動いているアメリカの会社を買って、そこを足がかりに事業を広げる方がずっとリスクが少ないではないですか。既にそれなりに組織もあって、事業活動も行われている。

「見て」

わかるわけです。

「でも、M&Aはなかなか上手くいかないし」

と皆さんいいますが、ゼロから組織を立ち上げたってなかなか上手くいきません。

特に大企業の場合、アメリカで新事業を始める難しさを過小評価していることが多い。前のエントリーにどなたかからコメント頂きましたが、新しい営業事務所を国内に一個増やす、ぐらいの気持ちなんじゃないかと思われ。

その点、買収するとなったら、日本のマネジメントも真剣に検討し、相当な決意をすることでしょう。本当はゼロから組織を立ち上げる時も、それくらい覚悟して欲しいわけですが。

特に、「集団で物事を決断する」という傾向が強い組織(=日本のほとんどの企業)においては、その意思決定者全員がアメリカ進出の難しさを理解できるとは思えないので、「買収する」という決断の迫り方(そして、決意の共有)は有効と思われるのでした。

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ちなみに、余談ながら、実は結構大事なことが

  • 「小さく始める」で就労ビザをキープするのは困難

世界中の殆どの国と比較して、アメリカの就労ビザ取得の大変さと言ったら、言語に絶する。これ、本当にやってみないと分からないと思うのだが。実は大商社の駐在員ですら、ちょっとイレギュラーな申請(別会社出向とか)だと却下されてることが結構あるのですよ。

既にアメリカで別事業で回っているオフィスがあり、そこに駐在員として出す、という場合はビザ手続き上は楽ですが、そうではなく、新しくオフィスを作る、という場合。これは、認可の基本が

「アメリカでどれだけ雇用を生み出すか」

ということになります。

E2とかL1Aというビザで来ることになると思いますが、いずれも、最初は1年しか認可が降りないことがほとんど。(ビザの詳細はこちらの日本人移民弁護士の方の解説サイトを参照)。で、1年たって延長申請出したところで、

「あなた従業員ぜんぜん雇ってないじゃないですか。延長却下」

となるケースが大いにあり。(本当に日本に帰らなければならない。単なる脅しじゃありません。)

しかし、「とりあえずアメリカに行ってみて考える」なんて感じで渡米すると、1年なんて何もしない間に経ちます。なので、1年・・・というか、実質半年強くらいで「将来像を決めて、日本の本社の稟議通して、アメリカで何人も人を雇う」、というのができる、と思う方だけにお勧め。

というわけで、「アメリカで小さくほそぼそやる」のは本当に難しい、という話でした。

M&Aの具体的な話はまた追って。

アメリカ進出にあたってM&Aを活用すべき理由」への3件のフィードバック

  1. >(たまさか、駐在員の人がものすごく優秀で、ずばっと正解のプロセスを理解したとしても、日本側は「まぁまぁ、もうちょっとゆっくり行こうや」的になったり「オマエの言ってることわかんないし」的になったり、ということで時機を逃す。)
    ああ、これってアメリカに限らず世界各地で見られる光景ですね。「ゆっくり行こう&わかんない」は典型的なレスポンスなので、思わず吹き出してしまいました。まあ、どの国の企業でも海外進出なんて案外適当なもんですけどね。

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  2. 「アメリカで小さくほそぼそやる」のは本当に難しい、渡辺さんらしいお話楽しませて頂きました。それにしても、YahooにしてもGoogleにしても最初はチマチマ(?)やっていた時期があった訳で、爆発する前の時期に彼らは何を考え何(準備)をやっていたのでしょうか?
    米国でのネタ(技術)探しのために、日本の大企業がいくつかのVCに小額出資するケースがありますが、こういうのって上手くいくものなのでしょうか?米国のVenture企業とつきあうのは本当に難しいと思います。共同開発にせよ合弁で事業を立ち上げるにせよ。まぁ、Venture企業の経営者、株主にしてみれば常にExitを意識している訳で、同床異夢になるからですかね。この場合も、Venture企業を丸ごと買ってしまう位の気合がないと上手くいかないのかもしれません。
    かと言って、M&Aした場合、日本の親元にそれなりの「知見」、「器」、「覚悟」等がないと、買った側と買われた側のどちらが親会社か判らなくなってしまいそうだし。買収後のControlどころか経営Checkもままならない状態になるのではないでしょうか。
    うぅむ、米国で事業を始めるのは本当に難しそうですね。

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  3. chikaです。
    >どの国の企業でも海外進出なんて案外適当なもんです
    んー、必ずしもどこの国も「ゆっくり行こう&わかんない」という「適当」さになるわけではないと思いますが。アメリカは割と「思い込み&突っ走り」みたいな感じになったりするような。
    >YahooにしてもGoogleにしても
    ああっ、それはぜんぜん違う話なのですよ。
    万に一つ当たればいいや、と有象無象が始めてみるのがこの手のベンチャー。YahooやGoogleが成功した影では、数千、数万のベンチャーが生まれてさっさと死んでいるのです。そういう確率で成功を出すなら、それだけの数をトライしないとならないことになります。
    一方、日本でそれなりの事業規模がある会社であれば、既存の資産(技術・製品・資本力など)を活かしてリスクを下げないととてもやってられない・・・と思うのでした。

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