書評:Real Education-人口の半分は平均以下

アメリカの学校教育のあり方についての本なのだが、もう「それを言ったらおしまいよ」的身も蓋もないデータの羅列。「がんばれば必ずできる!」と何でもかんでも褒め殺すアメリカ的には呆然、って感じですが。でも結論は至極まともです。

著者曰く、本書のメッセージは4つの真実で、それは「能力には差がある」「子供の半分は平均以下」(アメリカ的にはタブー発言!!)「大学進学率は高すぎる」「アメリカの将来は学力の高い子供をいかに教育するかにかかっている」と。

笑ったのは2章。

「ノンフィクションの、しかも公共政策に関する本の第二章まで読み進んだということは、あなたの学力(academic ability)はまず平均より上。」

と断言した上で、

「そんなあなたは、きっと小さい頃から勉強ができる人が集まる学校に行き、ホントに勉強ができない人を多分見たことがない。だから『勉強ができない』子供がどれほど勉強ができないかを説明しましょう」

とひたすら「勉強ができないとはこういうことである」と例を出しまくる。8年生(中学2年生)の標準テストの結果を示し、例えば

去年90人の従業員がいた会社で、今年は社員数が10%増した。今年の従業員は何人?
(A)9   (B)81   (C)91   (D)99   (E)100

という問題で間違った答えを選んだ生徒が62%。正解した38%のうち、当てずっぽうで正解した人もいるはずなので、その分を統計的に差し戻すと「わかってない中二」が77.5%と。

(余談ですが、日本の中3を家庭教師したとき、偏差値50を超してる子でも、速度×時間=距離っていうのがどうしてもわかんない子もいたなーとか思い出したり。時間=距離÷速度ってのももちろんわからないわけです。将来車を運転して遠くに行くとき、どうやってかかる時間を計るんだろう、とやきもきしましたが、それでも何とかなっちゃうんですねぇ。)

というわけで、延々一章をかけて「平均以下とはこれくらい勉強に付いて行けていないということである」と説明しまくる。

以下

  • 学力はIQと高い相関がある
  • 生まれもったIQを上げることはまず不可能
  • そもそも、アメリカの義務教育は実は結構ハイレベル。本当に「だめ」な学校はごくごく少数で、それ以外は公立の学校でも質が高い教育が行われている
  • これ以上金をかけても、学力は上がらない
  • 大学は国をリードする可能性のあるトップレベルの知能を持った子供をちゃんと教育する場所であるべき
  • 「国をリードする可能性のあるトップレベルの知能」は大雑把に言ってIQ120以上。これはアメリカでは全体の10% (実際のアメリカの大学進学率は50%)
  • このトップ層を対象として、大学は「賢人となるための倫理/徳」「正しい判断を行うための教養」を、よりぴっちり教育すべき
  • 一方、それ以下の子供たちについては、職業訓練を推奨すべし

IQと学力の相関、IQ120の根拠あたりは本の中では、あれこれデータを挙げて延々説明されてますので興味のある方は読んでください。ま、簡単に言うと推奨されているのは「セミ・ヨーロッパ型」ですな。一部の優秀な子供だけが大学に行き、残りは13−4歳から徒弟的に職業訓練をする、という国がありますが、そういう感じかと。

ではあるが、著者が強調するのは

「エリートだけを教育せよ、と言っている訳ではない」

ということ。コレ大事ね。

人口の10%というのはかなりな数で、アメリカで2005年に18歳になった人を母集団とすると41万人。一方でトップ40の大学の入学者数は4万8千人。ということで、普通に考えられるようないわゆる「エリート」だけではなく、相当広い対象者が「国をリードする可能性のあるトップレベルの知能」を持つことになる。

で、この「足切り(トップ10%)」レベルを凌駕したら、社会で成功するかどうかは、知能の問題ではなくそれ以外の様々な要因による、と。

この層を「よくできますね」と甘やかして育ててはいかん、びしびしとより高い挑戦をさせて、挫折するまで高みを目指せさせるべきである、というのが著者の主張。ま、これはよくわかる。

一方で、著者が考える「現在のシステムでは大学に行ってしまうが、本来は大学に行くべきではない人」の人生についての考察は中々含蓄深い。いわくこんな例が:

  • 学力的にはトップ30%レベルだが、手先が器用な18歳が、そのまま電気工になるか、大学を出てホワイトカラーのマネージャになろうかと考える
  • 2005年のマネジメントの平均収入は$88,450で電気工の平均は$45,630だ。これはマネジメント職に進んだ方がよいぞ、と思うが、そこには罠がある
  • 彼の能力を考えると、おそらくマネジメントに進むと大した実績は出せないだろうが、電気工としてはトップを狙えるはず
  • 収入は平均するとマネジメントの方がずっと高いが、実は内訳を見ると、下位10%レベルのマネジメントの収入は$37,800で、トップ10%の電気工は$70,800。この方が彼の将来としてより意味のある数字なのだ

加えて、「無形のやりがい」もある、と筆者は言う。

  • 自分の能力に限界を感じながら、平均以下の実績しか出せずに働くほどつまらないことはない。しかも来る日も来る日もオフィスの内勤。電気工として外で楽しく手を動かし、毎日きちんと問題解決しながら、しかも「できるヤツだ」と言われて働くのはやりがいのある素晴らしい働き方である

と。だからといって「お前は電気工にしかなれん」と決めつけるのはアメリカンドリームに反する訳だが、本人に上記の情報を提示して、

「・・・てなことがあるんだけど、どう思う?」

と考えさせるのは大事だ、というのはよくわかるなぁ。

終身雇用だと、「大学を出て、適当にどこかの会社に潜り込めば、少々能力不足でも一生その会社の給与レベルの収入が保証される」わけだが、レイオフ、解雇、転職で次々に職を変えるのが常態となると、「大学さえ出れば安泰」とはいかなくなるのが厳しいところ。

無理して実力以上の高学歴を取ると、最初の一回こそ「学歴マジック」でなんとか潜り込める可能性が高いが、その後は、かえって、本来その人に適した職では「overqualified=スペック高過ぎ」となり雇ってもらえず、学歴に見合った職だと「能力不足」として雇ってもらえない、という恐ろしい「谷間状態」になったりするんですよね。くわばらくわばら。

<追記:追加でRead Education続きーさらに身も蓋もない話しベルカーブはトンデモ本ではありませんというエントリーも書きました。ご参考まで。>

関連過去エントリー:
ミドルクラスの地盤沈下
大卒が安定雇用を得られた時代の終焉

日本の平均以下の生徒のおはなし(面白いデス)
中3を家庭教師した頃の話

書評:Real Education-人口の半分は平均以下」への17件のフィードバック

  1. >学力はIQと高い相関がある
    として、学力とマネジメント能力の相関もデータを上げて説明されているんでしょうかね?そこが抜けていると、結論が覆ってしまうような気がするのですが。

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  2. > 「子供の半分は平均以下」(アメリカ的にはタブー発言!!)
    知らなかったです。なぜ(どんな考えが元になっていて)タブーなんですか?

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  3. これ、日本でも妥当する可能性のある話じゃないですか?日本的にアレンジ加えるとすると、「詰め込み受験勉強で本来大学に行くべきでない人間に学歴マジックをあげてしまうことで、本人的にも社会的にもかえって損失になっている」なんで感じで。

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  4. 今の大卒の就職先って20年前なら高卒(技術系は別として)の就職先だろうってところ、結構ありますね。
    受験で費やす労力と4年の大学での費用を考えたらもったいないのではないかという気が。
    友人の高校教師見ていると進路指導なんて営業成績上げようとしてる営業マンみたいです。
    生徒の将来、というより「とにかく進学率上げろ」みたいな。
    この友人の勤務している高校は20年前には大学進学率2割以下だったのがいまは8割ほどになっています。
    別にレベルが上がったわけではなく多分単に大学いく生徒が増えただけなんだろうな、と思います。
    あと、どう考えても収入に直結しなさそうな専門学校も増えましたね。

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  5. この本を読んで、わが子を大学進学させるか迷う親って、日本でも少数だと思う。みんな、金があれば子供には、高学歴をつけさせようとしているから。

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  6. 今のまま人事部が既得権益に固執する限り、日本では学歴だけが物を言う時代が続くでしょうね。
    これって土地神話と同じ構図なんです。
    銀行がまともに融資先の評価をせずに、土地神話を信じて土地に対して金を貸す。借りる側は担保として確実だから土地を取得する。運転資金が続かなくなれば倒産ですから、土地の取得は経営上の重要事項になる。皆が取得するから土地は値上がりする。値上がりするから投機的に取得することもできるし、銀行はますます土地の値上がりを見込んで土地に対して融資する。土地神話の崩壊はバブルが破裂を待たねばなりませんでした。
    人事部が人材の評価をせず、採用の可否を学歴で決定する限り,日本における学歴神話は続くでしょう。

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  7. 「聖お兄さん」に続いて連コメですが、この本の発想はかなり僕好きですね。生命の不可避な分布的にかなりのボリュームで存在する「学歴的に頭が良いモード」”以外の思考パターン”を持っている人が、プライド持って「価値を出せるタイプ」の仕事を、「消費者側も結構喜んでる」っていう形で次々生み出して行ければ、社会内部のあらゆる「不公平感や貧困や過剰な政府支出問題」は”根治”すると思います。まあ、それが出来ればってことですがね。マスコミ文脈に乗らない日本のアンダーグラウンドでは、徐々にそういう機運満ちてきてると思いますよ。というか僕としては何とか道付けて行きたいと思ってます。
    ただ、ホストクラブで成り上がって自分の店持つ・・・・とか最近ならソフトウェア会社(と言う名のウェブサイト制作会社w)を起業する的な「既にあるルート」なら別に良いんですが、そうでない、しかしマスコミ的に筋目ではない場所からブレイクスルーを起こす人を見ていると、(聞いたことない大学名だとしても)かなりの確率で大卒(あるいは中退)であることが多いように個人的に思います。
    要は人工真珠作るのに石入れとくみたいなもんで、「変化のキッカケ」は大学卒者がかなり閉めてる感じがするって所ですね。その回りには「あの人は大卒”だけど”スッゲェ物事わかってる」って感じで集まってくる人が固めるんですが。
    ある程度コンセプチュアルなイメージに自分を賭けられるには大学って環境を経ることが大事な体験だが、研究者や政策立案者になるんでなければゴチャゴチャ机上のオベンキョウだけが高度に出来ても仕方がないので、そのへんゴマカシつつ「理想的な落としどころ」をみんなで空気で演算して作っていくってのが日本にとっての最適解なのかなと思います。一方でやっぱ勉強できる人がちゃんとした数いて知的階層を生み出さないとバランスが取れないので、学歴社会自体は悪くないと思うんですよね。それに対する反発勢力がちゃんとマットウな出口を見つけられて棲み分けられれば万々歳なんだと思うんですよ。今のようにテストの”平均点”を無理にあげようとしたりするのは一番良くない気がします。で、「農」にしても「介護」とかにしても、筋目の良い知性じゃないことがスゲー大事なブレイクスルーを生み出すチャンスは、潜在的にはもの凄くあると思うんですよね。その辺が日本社会が今後実に面白くなれるチャンスだと思います。アメリカほど「IQ」が全ー然尊敬されてない感じが逆に希望だというか・・・・(長文しつれいしました)

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  8. chikaです
    >学力とマネジメント能力の相関
    別エントリーで書きました。そちらをばご覧くださいませ。
    >リンクが切れています
    直しました。御指摘Thanks
    >「子供の半分は平均以下」(アメリカ的にはタブー発言!!)
    知らなかったです。なぜ(どんな考えが元になっていて)タブーなんですか?
    「何か一つができなくても必ずできることがある」「今は平均以下でも努力で平均以上になれる」みたいな考え方ですね。あと、
    「学習障害で成績が悪いだけ。本来的にはもっとできる」
    っていうのも流行。めったやたらと子供がADHA診断されるのはこのせいだったりもします。(そして、「学習障害だから、うちの子だけテストの時間を長くしろ」とか学校に要求してそれが通っちゃったりする。言ったもん勝ちですなぁ。)
    >人事部が人材の評価をせず、採用の可否を学歴で決定する
    といいますか、人事部が採用の可否を決定している事自体が間違いかと。採用決定は個別の部門で直の上司や先輩など一緒に仕事をする人がすれば、本当に能力が見られるのでは。アメリカの人事部は採用権限ないのが普通です・・・。(それでも学歴社会ですが)。
    >筋目の良い知性じゃないことがスゲー大事なブレイクスルーを生み出すチャンス
    お久しぶりです。そういえば、5年ほど前にMcDonaldのCEOが1年の間に二人立て続けに亡くなりましたが、どちらも高卒の叩き上げでした。あの業界は学歴的知性があんまり生きないですよね。(でもIQは高いんじゃないかな、と思いますが。street smart。)

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  9. 主題とあまり関係ないのですが、8年生の標準テストのところで社員数10%というのは今年基準(10/100)と去年基準(9/90)のどちらなんでしょうか?
    常識問題なのかもしれませんが分からなくて焦っています。(^^;

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  10. 「今年いる社員のうち10%は去年はいなかった。去年は90人いた」
    というのであれば、10/100でしょうね。
    「売上げを10%のばせ!」
    「今年の売上げは去年の10%増!」
    と上司が言ったら、普通既存の売上げの10%を伸ばすことを考えますですはないでしょうかです。ここで、「伸びた後の10%か、伸びる前の10%か」とかいうと・・・上司は怒るだろうなぁwww
    あと、全然関係ありませんが「平均」は「中央値」ではなく、標準偏差を出す時の母平均・・です。ま、結果的には同じっちゃー同じですがの。

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  11. >採用決定は個別の部門で直の上司や先輩など一緒に仕事をする人がすれば
    かつての日本外務省は、省の子弟ばかりでしたね。一般公務員と統一になり、子弟の採用者は消滅。
    米学者で、日本の人事部システムを賞賛している方もいますね。

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  12. IQの高い人だけに徳や倫理を教育によって求めるのはとても危険ではないでしょうか?徳や倫理とIQの間に相関が証明されない限り、この本の主張には無理があります。
    さて、IQと徳との相関ですが、仏教ではインテリは成仏し難い最右翼なんですがいかがでしょうか?

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  13. [政策]人口が減り続けるとどうなるのか

    日々激しく変動する毎日の動きを追いかけていると、短期的事象には敏感になる反面、長期的事象には鈍感になりがちです。日々の変化はごく小さく長期的には決定的な影響を及ぼすものがあります。それが人口です。 現在の日本は、人類史上類を見ない速さで少子高齢社会に突き…

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  14. 「子供の半分は平均以下」って、当たり前なのでは? だって平均でしょう? 数学的に絶対に半分が平均以下にしかならないもの。

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