メタボリックシンドロームは新たなデミングか

日本では、メタボリックシンドロームが本格的に管理される年になりそうですね。4月から健診の受診率、保健指導の実施率、生活習慣病患者の削減などの数値に基づき、健康保険組合に対して、財政支援の恩恵を与えたり、ペナルティーを科すと。これも、国民皆保険に限りなく近く、国の支配力が強い国だからこそできること。

ちなみに、メタボリックシンドロームと言う言葉の発祥の地であるアメリカでは、この言葉は医療関係者以外誰も知りません。というのも、「メタボリックシンドローム」そのものに効く薬がないから。国民の3人に二人が肥満、うち半分が病的肥満、というお国柄ゆえ、「生活習慣を改めましょう」などと言っても目立った効果は出ない。それで、治療できないものを診断しても仕方がない、という流れになったと。

(追記)70年代から同じ名前ってのがいけないのでは、とシンドロームXとかいろいろカッコいい名前を付けて広めようとしたが、今のところ努力は水泡に帰している。(「アメリカでメタボが言われないのはSyndrome Xと呼ばれるから、と書かれた方がいたので念のため追記しました。)(追記終わり)

(もちろん、医療関係者は知ってます。American Heart AssociationにもMayo Clinicにも紹介ページあり。)

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話は飛ぶがトヨタの品質管理の基礎となったことで有名なデミング博士。統計処理を利用した品質管理の礎を築いた重要な人物だが、この人のアメリカでの知名度はかなり低い。1993年に亡くなったとき、日本の製造業界ではヒーローだったが、アメリカではやっと「そんな人がいるの?」と思われてきたところであった模様。

デミングの緻密な理論的品質管理は、大変すぎて現場に応用不可と、アメリカ人は切り捨ててしまったから、とも言われる。ところが日本では、まじめにデミングの理論を応用し、見事に工業生産品の品質を向上した。
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話をメタボリックシンドロームに戻すと、これも食生活、運動と投薬を組み合わせて総合的に改善すべきなのは誰の目にも確か。特にアメリカでは、最近生まれた子供の半分近くが人生のどこかで糖尿病になると予測され、小学生にまで二型糖尿病の発症が見られる昨今。(2型糖尿病はメタボリックシンドロームの先にあるのが普通。)

しかし、この、誰の目にも明らかな生活習慣の改善が、アメリカではできないのであった。

ダイエットが盛んな国ではあるが、一方で「見た目で判断するな」「太っていて何が悪い」という意見も根強くあるし、そもそも、周り中肥満なので自らの肥満が認識できない人も多い。6−11歳の病的肥満の子供を持つ親のうち、自分の子供が太っていると認識している人は13%しかいない、という調査結果もある。

そのうえ、たとえ問題を認識して食生活を改善しようとしても、料理ができない人が多いという現実問題が。肥満が多い貧困層ほどその傾向が強く、健康改善の話になると

「健康的な食事をする金がない」

とのクレームが多出。マクドナルドだったら15ドルで家族5人が食事できる、と。

しかし実際は、きちんと安い野菜を買って調理すれば、アメリカは日本以上に安上がり。日本では、奥様向け雑誌に時々「一人当たり50円の夕食お惣菜」なんていう超絶メニューがある。その手の雑誌の一つ、オレンジページによれば、日本では家族3人で月2万円の食費でこなす人がいるらしい。一人一日200円ちょっと。マクドナルドで3食食べるより圧倒的に安い。

が、アメリカ人の貧困層の多くが、そもそも料理を知らないので、できあいのものを買う。健康的なできあい食品は、毎日日本のデパ地下で食事を調達するようなもので、これは高くて当然。

健康的な調理/食事の習慣は、今子育てをしている年代の祖父母、曾祖父母の世代で失われた、とNew York Times Magazineで嘆いている人がいた。家庭の食事に関する知識伝承が、取り返しのつかない昔に途切れてしまった訳です。

(共働きでなければ生きて行けない家族が多いので、気長に原料から調理している暇もない、ということもあるのだが。)

生活習慣改善のためには、「健康的な料理教室」「安上がりな健康的食料品買い物教室」なるものから始めないとならないわけで、非常に長い長い道のりなのです。(実際、そういう啓蒙活動をしているNPOもあるが。)

ということで、メタボリックシンドローム。アメリカでは生活習慣からの根本的改善は諦めモードに入っており、コレステロール降下剤、血圧降下剤、糖尿病の薬、などなど、個別の症状を薬でたたくのがメイン。

しかし、もちろん、きちんと生活習慣から改善した方がよい訳で、しかし、それができるのは日本の緻密さとまじめさが必要なのではないかと。

というわけで、デミング同様、メタボリックシンドローム(とその改善策)は、日本でこそ定着するのではないか、と予想する昨今でした。

[参考過去エントリー]
アメリアに集約するヘルスケアのイノベーション
健康保険を民営化してはいけない
地獄の沙汰も金次第

メタボリックシンドロームは新たなデミングか」への12件のフィードバック

  1. 明けましておめでとうございます。
    最近急に体重が増えたので、今日の話題、しっかり読まさせて頂きました。
    本年もどうぞよろしく。

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  2. >健康改善の話になると「健康的な食事をする金がない」
    日本だと「健康的な食事をする時間がない」ですね。
    コンビニ弁当をかき込めればいい方。
    手の込んだ食事を作る暇があれば5分でも10分でも休みたい。

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  3. 平凡を尽くすという非凡 – 書評 – トヨタ経営大全1 人材開発

    日経BP出版局黒沢様より献本御礼
    トヨタ経営大全1 人材開発(上下)
    Jeffrey K. Liker /
    David P. Meier
    稲垣公夫訳
    [原著:Toyota Talent]
    On Off and Beyond: メタボリックシンドロームは新たなデミングかというわけで、デミング同様、メタボリックシンドロ…….

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  4. 本筋とは全然関係ないところを突っ込むのもあれですが、デミング先生はアメリカでは超有名(らしい)ですよ。
    おっしゃるとおり、デミング先生は日本の品質管理の礎を築いた人で、日本の高度成長期にいなくてはならない人でした。
    その頃アメリカは低迷していて、何故日本がここまで成長したのかというと、それはデミング先生の提唱するTQM(トータルクオリティマネジメント)を実行したからだ、という答えにたどり着き、デミング先生に教えを請うようになったのだとか。
    その後、デミング先生はお亡くなりになる一週間前までデミングの3日間セミナーをやり続けたらしいです。
    ある州では幹部全員にそのセミナーを受けさせ、セミナーを受けなければ幹部になれなかったとまで聞いています。
    そのお陰でその後のアメリカは発展し続けた
    逆に日本はデミング先生のTQMを製造業にしか生かせなかった、Qを品質と訳してしまった(Qualityは本来『質』であって『品質』ではない)ばかりに、何かしらの物体を管理するものだと勘違いしたばっかりに、サービス業にまで生かせなかったので低迷した。
    と言うことをデミング先生の弟子の吉田耕作先生から直接伺いました。
    この辺の話は吉田先生の著作である「ジョイオブワーク」という本に書いてあると思います。
    もちろん吉田先生はデミング先生の身内と言っても過言ではないので、贔屓目に見ているのかもしれませんが……
    一応ご参考までに

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  5. デミング先生はアメリカでは超有名(らしい)ですよ

    ジョイ・オブ・ワーク~組織再生のマネジメント
     「On Off and Beyond」というサイトにメタボリックシンドロームは新たなデミングかという記事がありました。
     この記事は、「メタボリックシンドローム」という言葉の発祥の地であるアメリカではこれの重大さが歯牙にも…….

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  6. 自分で服を縫えることと、自分で料理をできること

    随分前にどこかで、 「昔は、みな自分の着るものを自分で縫っていましたが、いまは服…

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  7. 日本で「下流社会」というベストセラーを書いた三浦展氏が、NikkeiBPのインタビューでこんなことを語ってますね。
    http://www.nikkeibp.co.jp/style/biz/feature/aihara/060714_5th/
    >それは下流化した中流だけど、やっぱり中流だろうな。一生懸命、家族しようとしてるから、中流だと思う。それが面倒くさくなると、もっと個が肥大化してしまう。「子供のために面倒くさいことをしたくない」っていう自分第一の親たちが、本当の下流。そうなるとでき合いのものしか食べさせない。ヤマダ電機にお弁当持って並ぶのは微妙だけど、自力で家族をまとめようとしている限りは中流かな。
    今は母親が崩壊していて、結婚して子供ができても個が捨てきれない人も少なくない。逆に、子供にコンビニ弁当だけ与えてパートに行かなきゃならない低所得層もある。24時間体制の夫婦共働きですれ違っている人、ローンを払うために時給の高いジャスコの深夜枠で働いている母親なんて大勢いる。水曜の昼間に船橋あたりへ行くと、家族連れが大勢いる。土日に働く人が多いからです。
    日本においても健康的な調理/食事の習慣は、今現在、失われつつあるのかもしれませんね。30年後の日本は、アメリカ並みの肥満社会になってるのかも。

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  8. chikaです。
    コメントやトラックバックの多くがスパムフォルダに埋没しているのを発見して、過去3日分は発掘し直しました。(publish)。いつから埋もれてたんだろう・・・・
    さてさて、メタボとデミングですが、
    まず
    デミング、アメリカでも有名、という話に関しては、「それなりに」です。
    http://en.wikipedia.org/wiki/W._Edwards_Deming
    によりますと、1991年の公共テレビのドキュメンタリーで、Demingの日米のメジャー度の違いが語られたようです。いわく
    Despite being considered something of a hero in Japan, he was only beginning to win widespread recognition in the U.S. at the time of his death.
    「有名」といっても程度がありますので、例えば「テレビのドキュメンタリーが作られる程度には有名」だったわけで、それってかなり有名だ、と言われればその通りです。ただし、日本のレベルでなかった、ということです・・。
    こういう抽象的比較って難しいんですよね。ちなみに、大前研一さんは、日本の方が広く知られてますが、アメリカの方がprestigeが高かったりします。
    >弁当格差
    日本の週刊誌で、「こんなひどい朝食を子供に与えている」という特集があって、そこで語られたいろいろな朝食がアメリカだったらごく普通(っていうか、いい方)だったので笑った記憶が。日本の普通の弁当はアメリカの常識的にはアートレベルですからアメリカから急に日本に行ったら大変ですよね。
    >コンビニ弁当
    いやいや、コンビニ弁当はすばらしく健康的だと思います!いや、保存料とかいろいろあるかもしれないけど、脂っこくて野菜の全くない食事を連日連夜するのに比べればバリエーションもあるし。アメリカ在住の日本人の中には、日本出張の楽しみが、ホテルの近くのコンビニで買って食べる弁当、っていう人もいたりします。家庭的で心温まり、体にも良さそうな気がするから、と。。。
    というわけで、これまた「比較が難しい抽象的なもの」なのですが、アメリカ人の食生活のひどさって実態って気が遠くなります。この国の常で、「良い悪い」のdistributionが広いため、よい方の食事をしてる人は、ものすごく健康的なんですが(全てオーガニック、とか)、ダメな方がひどい。ダメな方、といっても、多分国民の半分くらいがそういう感じだと思いますが・・・。3日に2日ファーストフード、時々ポテトチップ一袋で食事の代わり、とか。日本でも引きこもり君にはこういう人がいるかもしれませんが、アメリカ人(のダメ食事の人たち)は、この食事で二つの仕事を掛け持ちしたりしてるんですよね。それはそれで感動します。
    そういえば、日本人って、民族比較すると太りやすい遺伝子を持っている、と聞いたことがあります。本当だったら、食事がダメになったら大変なことでございます。

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  9. 日本に住む我々が太りたくない理由のひとつとして、「太るとモテなくなる」というのがあるように思うんですが、アメリカでは肥満は恋愛に対するハンディキャップにはならないのでしょうか?
    あと、健康的な食事をする金が無いし料理の仕方も解らない。という状況は理解できますが、食べる量を減らそうという選択肢は無いのでしょうか??アメリカ人はそんなに我慢が嫌いなのですか?

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  10. chikaです。
    >肥満は恋愛に対するハンディキャップ
    難しいところなんですが、なにぶんにも国民の3分の2が肥満、しかも経済レベル・地域によって偏りが相当あるので、場所によっては本当にみんな太ってるんですよね・・。だから「これが普通」という判断が違う、というのがまずあります。あと、黒人の人たちに多いようですが、「太っている女の方がよい」という男性が結構いたりする。(抱き心地が良いから、らしいです。)
    ちなみに、私の日本の高校の時の友達の女性で、大学を出てずっとアメリカ暮らしをしてた人が、20代後半になってから日本に初めて里帰り、昔の友達にあったら
    「お前、そのデブなんとかしろよ」
    「いくら何でもみっともない」
    とかいろいろな人に言われたそうで、
    「二度と日本に帰りたくない」
    と傷ついてました。(そしてその後アメリカで、すらっとカッコいいナチスドイツの親衛隊員みたいな白人の人と結婚しました。)日本の「痩せてなければダメ」というレベルのプレッシャーはアメリカにはないみたいです。
    >そんなに我慢が嫌い
    うーん、そうですね。日本と比較したら、我慢が推奨されない、というのもありますが。それより、意思の問題かなぁ。本当に痩せなければいけない、と思っている人が日本に比べると圧倒的に少ない、という。
    ファーストフード等ばかりだと、食べる量は多いけれど栄養は偏って、実は栄養失調状態になり、体がもっと食べ物を欲してしまう、という説もあったりします。(去年、マクドナルドでスーパーサイズを食べ続けるドキュメンタリー、Super Size Meについて書きました・・・ご参考まで・・・・
    http://www.chikawatanabe.com/blog/2006/10/post_5.html )

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  11. デミング博士って!?

    とても興味深い投稿記事を見つけました。「On Off and Beyond::メタボリックシンドロームは新たなデミングか」がそれですが、デミング博士に関する記述がありました。
    投稿記事は、どうや…

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