ストックオプション費用計上がシリコンバレーにもたらすこと

日経産業新聞に4月6日に掲載いただいたコラムです。米国では、ストックオプションの費用計上が義務付けられ、それにあわせ日本でもトレンドマイクロがストックオプションを費用計上したようですが。このあたりは、磯崎さんの地獄を見るか?「ストックオプションの費用化」に詳しく書かれていますのでご参照あれ。

本コラムは、ストックオプションの費用計上の是非についてのものではなく、

A=「バリュークリエーションの場としてのシリコンバレーが技術のイノベーションを通じて生み出す価値」と、
B=「シリコンバレーに集まってくる富」

とのバランスが不均衡になったのを是正するひとつの現象かもね、という話。つまり

「A<Bに傾いてきたから、Bをちょっと小さくする方向にゆり戻す現象」かな、と。

もちろん、ストックオプション費用計上は、米国で上場する全企業にかかる問題ではありますが、一番あおりを食らっているのはストックオプション経済ともいえるシリコンバレーなので。では以下本文です。

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シリコンバレーでテクノロジー企業をやっていくのはコストがかかる。そして最近、そのコストをさらに増しているのが、ストックオプションの費用計上ルールである。ストックオプションの会計処理は、1990年代から問題になっていたが、2005年の6月15日以降に始まる会計年度からは一律で費用計上することが義務付けられた。

結果として、ストックオプションを減らすハイテク企業が増えている。シスコシステムズやインテルといったシリコンバレーを代表する9社だけで、少なくとも1億ドル分のストックオプションが減った。本来ストックオプションは、事業の成功で得られる利益を、汗を流した社員みんなで分かち合うためのものだ。以前、ストックオプションは出す時点では費用として計上しなくても良かったため、見かけ上安い費用で良い人材を雇う手段として多用されていた。

今回のルール変更に加え、社員数の多い大企業ではストックオプションを出しても業績向上につながらない、という調査結果が複数発表されたこともあって、上場企業でのストックオプションは当面減少傾向に向かいそうだ。未上場企業もその余波を受けている。

さて、ストックオプションは、シリコンバレーのベンチャー生態系を支えてきた鍵といっても過言ではない。なんと言っても、この生態系に欠かせないのは「技術者」。ソフトウエアプログラマー、半導体設計者、といった理系人材が大量に必要である。こうした人材は世界的に限られた資源だ。限られているのに、実際には経営側においしいところを取られてしまうことが多いのもまた事実。そうした技術者たちに、普通の会社勤めでは想像もできないような富を得る機会を与えてきたのがストックオプションである。

もちろん、自分の愛する技術を世に広める、という大志も重要な技術者の動機付けだ。しかし、一生懸命身を粉にして働いた結果富が生み出されたら、その正当な分け前を手に入れたい、と考えるのも理にかなったこと。シリコンバレーは、ストックオプションという「魔法の杖」で、技術オタクが技術を突き詰めることで大金持ちにもなれる、という夢を実現した。

一方で、「富が集積し過ぎてきた」というのも、シリコンバレーの現実。日本円にして数億円、数十億円といった住宅が当たり前に売られている。「二桁億円の資産があってはじめて中流階級、三桁億円あってやっと上流」と豪語する人もいるほどだ。そして、その富の原資は、公開・未公開含め、シリコンバレーのテクノロジー企業への投資として世界から集まった資金である。しかし、果たしてシリコンバレーのテクノロジーはそれだけの価値を生み出しているのだろうか?

ここで難しいのは、シリコンバレーに集積する富が、「将来の成長を見込んだ計算」に基づいたものである、という点だ。株価は、未公開・公開を問わず、まだ成長産業のテクノロジー業界においては、将来性を見込んでつけられる。その株価によって経済の基盤が成り立っているシリコンバレーは、将来性を食べて生きていく土地でもある。そして、株価は、将来を見越したものである以上、前提条件次第ではいかようにも変わりうる。

ストックオプションの費用計上は、シリコンバレーにもたらされた富と、実際にシリコンバレーが今後生み出すであろう富とを均衡させるための、揺り戻しの一つなのかもしれない。

ストックオプション費用計上がシリコンバレーにもたらすこと」への7件のフィードバック

  1. 隣の芝生は青い、だから自分にも公平に青い芝生をわけろ。
    と、富のバランスをとるのは、はたしていいことなのでしょうか?
    極端な話、資本主義対社会主義、共産主義の議論なのでは?
    アメリカは原則資本主義なので、自由に報酬を設定できるべき。裕福層に親愛な共和党政権中にこの法案が執行されるのに矛盾を感じます。
    今時「隣の芝生は青い」と、考えない人はよほど煩悩を自制する修行を積み重ねている人間でしょう。
    自由とフェアが共存するのは難しいですね。これもバランスですね。

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  2. >ストックオプションの費用計上は、シリコンバレーにもたらされた富と、実際にシリコンバレーが今後生み出すであろう富とを均衡させるための、揺り戻しの一つなのかもしれない。
    この揺り戻しによって、いったい何がもたらされるのでしょうか?
    A=Bにする必要があるのか?
    これを導入することで、誰が損をし、誰が得をするのか、その構造を教えていただきたいです。

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  3. 90年代に資金がシリコンバレーに集まりすぎてしまったために、そのあおりを食う形でアメリカ国内の電力インフラや発電所、鉱山などの整備・開発ができず、現在のコモディティー価格の高さにつながっている、という見方もあるようですね、、、

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  4. 日本では反対にストックオプションをどんどん活用してほしいですね。技術者が元気じゃないと、経済はよくならないと思うからです。松下、トヨタ、ホンダ、日立、東芝、オムロン、京セラ、日本の大企業も技術者が起こした会社が多いですもん。

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  5. GTS-san,
    >隣の芝生は青い、だから自分にも公平に青い芝生をわけろ。と、富のバランスをとる
    ・・・ことを勧めているわけではないのですが・・・・^^;
    資本主義の基本は、supplyとdemandとの価格が適切なポイントで折り合うこと。なぜそれが望ましいかといえば、資源の適切な配分が起こるから。
    しかし、その価格に投機的な価値が組み込まれると、バブルが起こります。しかし、これは資源の適切配分にはつながりません。供給過剰により、人々が必要としている以上のサプライが市場に溢れ、バブル崩壊へとつながります。
    というわけで、「現在のシリコンバレーに集まってくる富には、投機的側面が随分あり、実際に生み出しているバリューをかなり超してるのかもね」ということが主題でした。
    えー、もうちょっというと、資本主義が「神の見えざる手(自由に報酬を設定できるべき)」に頼れなくなるのはmarket failureが起こるとき。market failureの原因としては、以前エントリでも書いたpiblic goodsもありますが、情報がいきわたらないことも大きな要因です。(SECがやたらと情報公開、情報公開と大騒ぎするのはこのため・・)株主とマネジメントと社員は、会社の大事なconsituencyなわけですが、その誰もが情報を完璧にシェアしあっているわけではない。特に、ストックオプションとかトップの報酬とかは、イマイチそのやり取りが(株主の目から見て)不透明なんで、それを株主に一律にわかるように公
    開せよー、というもあるでしょうか。
    繰り返しになりますが、資本主義だからって、何もかも見えざる手に任せてはならないのであります。理論的にも。(果たしてストックオプションがその一つかは議論が分かれると思いますが)
    アントレ-san,
    ストックオプションを費用として計上する必要がある→企業が出すストックオプションが減る→社員(=シリコンバレーの住人)の収入が減る→シリコンバレーの人々の収入総計が減る、って感じ?
    halnoya-san,
    そうですね。バリューは適切に折り合うべきで、バブルはあちこちに波及効果がありますです。全体としてみたら、経済とは、なるべくバブルなどなく、淡々と成長していくべきものでありましょう。
    ぶらぶら-san,
    確かに日本ってなんか技術者の人が元気ないですよね。理系=地味、みたいな。

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  6. 要はシリコンバレーの社員が減給されたということですか。
    シリコンバレーの物価は高いと聞きます。
    果たして社員の方々は今までのような生活ができますかねw
    もちろん直接的に生活に影響がでるのは、まだ先の話だと思いますが。
    またストックオプションのために、仕事を頑張っていた方はモチベーションが下がるでしょうね。
    今そういう方たちは
    ストックオプションに変わる、新たな金融手法が編み出されるのを願っているのでしょうかねw

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  7. 偶然にこのブログを検索した、日本の趣味の研究開発コミニテー
    を主催しているエンジニアの技術公開です。
    Do you interest in this technology ?
    Thank You.
    Y.Arai (Real Netgame Planner & R/D Engineer
    in japan)

    http://blogs.yahoo.co.jp/ya1428/MYBLOG/yblog.html
    imrpv11@sun-inet.or.jp
    金勘定を超えて、各国の安全保障へ寄与させたい希望です。
    こんな分野の代理業務が可能ですか?
    すでに、米国内でコストパフォーマンスに優れたこの種の
    技術が存在している場合には、この掲示を無視して下さい。

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