作るは困難・使うは簡単-リアルタイム・エンタープライズ

新日本監査法人の季刊誌、IPOセンサー2006年1月号に掲載いただいたコラムです。

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シリコンバレーでソフトウェア産業に携わる人たちを見て感心するのは、「地に足の着いたこまごまとした開発」と、「個別の開発を思い切り抽象化した包括的ビ
ジョンの構築」との間を、自在に行ったり来たりする能力だ。アプリケーションの開発は、コードをがりがりと書く仕事。一方で、アーキテクチャをしっかりと
作り上げるには、個別の開発から何段階も次元を上げ、高いところから俯瞰する哲学的思考が求められる。そしてその両方を行き来することで技術が進歩する。
「現実の泥沼をかき分けて進む力」と、「体系化する力」の両方が求められる、知的力仕事だ。

一方、これをソフトウェアを使うユーザの側から見ると、「概念形成期には抽象的で難しいものでも、それがアプリケーションに落とし込まれた暁には、非常に簡単でわかりやすいものになっている」ということが起こる。

例えば、XML。「メタデータ情報を付加し、さらに非同期やサブスクライブ・パブリッシュといったメッセージングモデルを実現する」といった、何がなんだかよくわからない概念として語られていたのが90年代半ば。しかし、これが現実のニーズに落としこまれてみると、「お気に入りのブログを登録しておくと、その内容が新しくなるたびに自動的に表示されます」といった、ユーザに優しいサービスになっている。

そして今着々と進んでいるのが「リアルタイムエンタープライズ」の流れだ。数年前から、「これからのコンピューティングの姿」としていろいろな名前で語られているもの。製造、物流、金融、顧客といったさまざまなサプライチェーン参加者の間のシステムを結合、全参加者にすべてのデータが常に「リアルタイム」で提供されるようにする、という壮大なビジョンである。

そうした「リアルタイム・エンタープライズ」化が最近とみに目に付くのは、インターネットサイトである。しかしその姿は、壮大さなど微塵もないユーザーフレンドリーなもの。たとえばOpenTableというサイトがある。「レストラン予約サイト」だが、感心するのは10分後の空席状況まで「リアルタイム」にわかること。ちょっとまともなレストランが予約で一杯になる金曜の夜に、突然外食を思い立っても心配ない。地域と時間を指定すれば、すぐに空席のある店がリストアップされ、その場でオンライン予約をして店に直行できる。レストラン内で利用される予約システムと、OpenTableのオンライン予約システムとがリアルタイムでつながれているからできる芸当である。

Amazonをはじめとした物売りのサイトでは、もはや在庫の有無が瞬時に出てくるのは当然。「いったん予約を受けてしまってから在庫がないことが判明、顧客にその旨を伝えて処理をする」という人的手間を考えれば、リアルタイムなシステムを導入したほうが安上がりなのに加え、顧客満足も向上する。

さらには、顧客サポートもリアルタイム化、ショッピングしながら、オンライン・チャットでユーザーサポートスタッフと対話できるサイトも増えている。中には、こちらが何も質問しなくても、品定めをし始めて一定時間がたつとチャット画面が開き「何かお探しですか」などと聞いてくる、というリアル店舗さながらのオンラインショップまである。

ビル管理会社では、テナントからのメンテナンス要求をオンライン受付しているところもある。テナントがサイトで「壊れた空調の修理をして欲しい」といった要求を出すと、それが管理会社の適切な部署に直接連絡される仕組みになっている。管理会社の人たちはみな携帯端末を持ち歩いており、リアルタイムで直接要求を受け、処理状況を入力する。しかもその経緯は顧客であるテナントからも見えるようになっていて、誰が何をしているかが随時わかって安心できる。

もちろん、システムの開発にはそれなりの期間がかかる。たとえば、OpenTableのサービスを実現するには、単に見た目のよいサイトを作るだけでなく、サイトと連結した予約システムを作り、しかもそれをレストランに設置していかなければならない。それには準備期間がずいぶんかかる。

リアルタイム・エンタープライズに限らず、「概念は難しいがアプリケーションは使いやすい」というのはどんなIT技術にもいえること。抽象的なビジョンが語られている間に、それを手の届く実際の機能に落とし込んで作りこめる「知的体力」が、ITの作り手にも使い手にも求められる時代となったのである。

作るは困難・使うは簡単-リアルタイム・エンタープライズ」への11件のフィードバック

  1. 単に社内だけならまだしも、一般顧客まで含めたシステムを作ることを考えると気が遠くなりますね。日本のサービスは進んでいると思っても、こういった機動力のあるITサービスの点ではアメリカの方がまだまだ上と思います。でも、ほんとにメンテが来るかどうかは別ですが。

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  2. リアルタイム・エンタープライズ

    恥ずかしながら、初めて聞く言葉なのであるが、冒頭にある文章の視点がすばらしい。コードをがりがり書くこととアーキテクチャーを作り上げること、技術進歩はこの二つが一つのときに起る、いや起きてきたのだ。アーキテクチャーばかりの上滑りの議論は空虚である。コードをがりがりやるのも途中で飽きてくる。その両方があってこそ、本当に面白いものがある。技術とはそういうものである。 それにしても、渡辺千賀さんってこういうことも書く方だったんですね。どうもビジネススクール出というだけで馬鹿にしてはいけません。大きな誤解を…

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  3. Open Table・・・すごい。日本はまだまだ「ぐるなび」http://www.gnavi.co.jp/ぐらいで、手仕舞いは3日前です。リアルタイムで予約できるところがすごいし。
    それから、オンライン・チャットも。素人なので質問させてください。チャットって、携帯を使うのですか?

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  4. Ted Weapon-san
    ビル管理システムは、「社内システムを顧客にも開放してる」みたいな感じです。過去5年の間に、本当にアメリカのインターネットは便利になりました。なかったら死ぬーって感じです。
    一方、東京は、行く度に新しいビルが建って、新しい電車の乗り方があって(スイカとか)新しい携帯支払いシステムがあって、見た目はどんどん変わっていきます。こっちは、過去10年ほとんど何も見た目は変わってないです。
    Junko-san,
    こんにちは。チャットは、PCの画面でタイプするんです・・・。だだだっつと。

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  5. リアルの到達点。

    少し前のブログになりますが、渡辺千賀さんのOn Off and Beyondで「[http://www.chikawatanabe.com/blog/2006/02/post.html:title=作るは困難・使うは簡単-リアルタイム・エンタープライズ]」という記事がありました。リアルタイム・エンタープライズという言葉自体は、ERP関連のカンファレンスで耳にしたことがあり、実際に大手メーカーにおける開発事例などの解説を聞いたことがあったのですが、まずは冒頭の一文がよいと思いました。IPOセンサー20…

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  6. ↓は三年前のレポートですが、RTEというとCIOがでデジタルダッシュボード使ってるイメージだったんですよね。コックピットも開放されたんですね……。弊社などイントラでもそこまでいってないですが。:p
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    〈ケーススタディ〉GEのリアルタイムへの疾走
    ゲーリー・ライナーCIO(当時)は、訪問者をコネチカット州フェアフィールドにある広いオフィスの奥にある司令室に導いた。大きなテーブルの上には巨大なキーボードとプレステのコントローラのようなものが置かれ、壁には大きく細長いフラットスクリーンのディスプレイが据え付けられていた。
    上着を脱いで袖をまくり、襟元を開けた彼は、ゲームコンソールの前の子供のようにキーを叩いた。すると突然、スクリーン上に緑黄赤の数列が現れ、緻密な分析を経て、グラフに変わった。それは日々のオペレーションに不可欠なアプリケーションの状態を表すものだった。……
    Case Study: General Electric and Real Time
    http://www.cioinsight.com/article2/0,3959,686147,00.asp

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  7. ぞふぃーsan
    こんにちは。
    RTEで語られるメリットには
    1.マネジメントコンソール系
    2.サプライチェーン系
    の二つがあるかなーと思います。今回のは2、それも特に超わかりやすいところを持ってきて見ました、って感じです。
    日本人は起用で、システムがなくても結構きちんとモノが動いてしまうので、逆にRTE(とかSCMとか、SFMとか全て)は遅れるのでは、と思います。アメリカ人はこういうのがないと、全てが滅茶苦茶になっている状態なので、なんとかしないと!という必要に迫られて作ってる、という感じではないでせうか。。。

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  8. ていねいにありがとうございます。:)
    特に最後の一行がフに落ち過ぎて会社でニヤけてました(ハハ。
    しかし、ということは粗々の5割くらい?の精度で動いてるものをまともに動く(8~9割くらい?)ように高めるのがそういうものだったりするのか!と思うと、日本の会社はITってヤツを元々7・8割だったものを100%にするために使ってるのかも知れず、GEやDellを見て焦るのも何だかなあってことかなあ。
    算盤とくいだったのに電卓の方が正確だからって乗り換えるような私たちでありますもんね。なるほど。:I
    しかし、実のところキーワード輸入&翻訳が得意なSIerさんに先っぽのお客は取られたとしても、全体では負けてないというのは、日本のユーザーはそんなに踊らされてない(または興味がない)ってことでもありますね。
    もちろん私共としましても新しめのところで勝てないというのは大きな問題と認識しているわけですが……。:(

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